コウスケVSシャズ
しばらく休憩を挟むと、二人のレースの話を聞き付けた試験開業参加者達が集まって来ていた。
その中には、エルネ、ミランダ、エドの姿もあった。
「体力は回復したぞ?始めようかコウスケ?」
集まって来た人達をコウスケが顔を引き吊らせながら眺めていると、そんなコウスケへシャズがそう声をかけた。
観客がいる事への気恥ずかしさを感じているコウスケだったが、仕方なく頷くとプールの端にシャズと共に並ぶ。
二人が準備を始めたのを見て、一層盛り上がりを見せる観客。
様々な声援が飛び始める。
「シャズナブル様!冒険者の実力、見せてやって下さいッ!」
と言う、野太い声援や
「キャアァ~!シャズナブル様ぁ~!」
と言う、黄色い声援が。
聞こえる声援の殆どがシャズへの物だという事に、表情を消すコウスケ。
しかし、そんなコウスケでも声援が欲しかったのか、見知った顔へと目を向けた。
「シャズ!がんばれッ!」
当然ミランダは、そんな声援をシャズに送っていた。
声援を求めて目を向けたコウスケだったが、流石にシャズを相手にミランダからの声援は期待できる筈もない。
逆に、必死にシャズへと声援を送るミランダを微笑ましげに眺め、隣にいるシャズを横目で見る。
すると、シャズもそんなミランダに目配せをしているのに気づき、更に表情を緩めた。
男としては、肌を晒すシャズとは並びたくない。近付きたく無いとすら思っているコウスケ。
しかし、ミランダとシャズを繋げたコウスケにとって、二人の仲が無事に進展している事は喜ばしい事だった。
水着姿でシャズと並び立つ事はコウスケにとって恥辱以外の何物でも無かったが、それが確認出来て僅かに平静を取り戻すコウスケ。
しかし、そんなコウスケの耳に
「シャズナブル様!そんなプヨプヨの兄ちゃんなんて、ブッちぎってやって下さいッ!」
そんなシャズへの声援が聞こえる。
それを耳にしたコウスケは、再び自らへの声援を求めて視線を動かす。
目を向けたのは、シャズを応援するミランダの隣にいるエルネだった。
コウスケが目を向けると、その前からエルネはコウスケを見ていた様で直ぐに目が合う二人。
そんなエルネに少しの感動を覚えるコウスケ。
すると、コウスケと目が合った事に気付いたエルネが動きを見せる。
コウスケがそのままエルネを見ていると、エルネは笑顔を作り、その笑顔の横で親指を立てた。
僅かに涙を浮かべるコウスケ。
シャズへの声援ばかりの中、エルネだけはコウスケを応援している。
そんなエルネの行動に、涙を拭い頷こうと再びエルネへと目を向けるコウスケ。
しかし、コウスケが再びエルネへと目を向けると、天を向いていたエルネの親指は地面と水平に横になっていた。
それでも応援には変わりない。そう考え頷こうとしたコウスケだったが、エルネの動きは止まらない。
横になった親指は、首の前まで持って行かれると、その首を横断する様に引かれた。
その仕草の意味を理解したコウスケは顔を顰める。
しかし、エルネの声援はそれだけでは終わらず、今度は親指を下に向けると大きく振り下ろした。
エルネはその手を保持したまま、笑顔で反対の手を振っていた。
それを見たコウスケの頭には、転移でエルネをプールへと放り込んだ記憶が甦る。
「・・・根に持ってんな?あとが怖い・・・」
そう呟いたコウスケは、恐る恐るエルネに手を振り返すと視線を外した。
残るはエドしかいない。そう思い、エルネの隣にいるエドへと目を向ける。
エドへと目を向けると、エドもエルネ同様コウスケを見ていた。
しかし、目が合ったエドは、微笑んでいるだけで何も言ってはいなかった。
エドの事だ。「二人ともがんばれ」辺りを叫んでいると思っていたコウスケは、黙ってコウスケを見詰めるエドを眉を寄せ見返す。
すると、不意にエドの口が動いた。
しかし、声は出ていないのか、コウスケの耳にエドの声は聞こえない。
更に眉を寄せたコウスケは、エドの口の動きに目を凝らす。
「・・・何だ?同じ動きを繰り返してる?・・・た、な、に?げ、た、な?・・・ッ!?」
エドの口を読んだコウスケは、背筋が凍る。
よく見れば微笑んでいるエドの目は、離れていても分かる程に瞳孔が開いていた。
ソッと顔を背けたコウスケは
(早く飛び込みたい!)
そう目の前の水面を見詰める。
そんなコウスケへ
「どうした?コウスケ。緊張か?」
隣にいたシャズが、そう声をかけた。
ホームの様な状況の中、程好く肩の力も抜け、鍛えに鍛えた体を自慢気に晒し、相思相愛の婚約者までいるシャズに声を掛けられたコウスケは、頭の中で僻みが膨れ上がる。
「随分と人気モンだな?俺への応援の声は全くねぇよ」
不機嫌さを隠す事無く、ため息と共にそう答えるコウスケ。
「オレは少し名前が知られているからな?だが、それは勝負とは関係無い事だ!オレ達はただ、どちらが早く泳げるのか競うのみだ」
そう返したシャズは、厚い胸板を張った。
そんなシャズに顔を顰めるコウスケだったが
「そりゃそうだ。まぁそんな人気モンを負かすのは少し気が引けるけどな?」
無い胸板を張って言い返す。
「負けるつもりは無いぞ?」
コウスケの言葉に、シャズがそう答えたところでスタート準備の声が掛かった。
その声に、二人は表情を引き締め身を屈める。
「このプールへ来る前に・・・」
スタート直前でシャズがそんな事を口にした。
それを聞いたコウスケは
(はぁ?エルネの事か?エドの事か?・・・両方か?)
そんな考えが頭を巡り、思わずシャズへ顔を向ける。
シャズは確りと水面を見詰め、集中している様だった。
「オレが泳いでいるところを、身を屈めて見ていたな?」
前を見たままのシャズは、そう続けた。
それを聞いたコウスケは
(そっちか・・・)
そう一つ息を吐くと
「バレてたか?」
と返した。
「当然だ。そして、オレの泳ぎを見たコウスケは表情を変え、オレの元に来た。勝てると思ったのだろう?」
一切コウスケの方を見る事無く話すシャズ。
「泳ぎながらそこまで見えてたのか?スゲェな?・・・まぁそんなトコだ。あんなゆっくり泳いでたらカメにだって負けちまう。いや、カメは泳ぐの早ぇか?じゃあ、うさぎにだって負けちまう。だな?」
そう答えたコウスケは、余裕からなのかニヤリと笑った。
「うさぎがどれ程の早さで泳ぐのかは知らんが、確かにアレでは無理だろうな?だが、先に言っておこう。アレがオレの本気では無いと言う事を」
そう言い切ったシャズは、ようやくコウスケへ目を向けると、ニッと歯を見せた。
(それはどう言う事だ?)
そう聞き返したそうな表情のコウスケだったが、僅かに早くスタートの合図が響いた。
その音に思わず反応したコウスケは、水面を目掛けて飛び込む。
隣からは同じ様に、シャズが飛び込んだ音がコウスケの耳に届いた。
短い距離を潜水で進む間に
(考えてても仕方ねぇな?集中、集中っと)
そう気持ちを切り替えたコウスケは、水面に浮上する。
シャズが本気を出そうとも、‘のし’と‘クロール’では勝負にはならないだろうと高を括っていたのだ。
しかし、コウスケが水面に浮上すると、直ぐ隣を泳ぐシャズの姿が目の端に写った。
そのシャズは、コウスケが偵察した時の‘のし’では無く、どう見ても‘バタフライ’で泳いでいた。
その光景に、思わず‘クロール’の息継ぎを全てシャズ側で行い、驚愕の目を向けるコウスケ。
そんなコウスケに、シャズも時折目を向けるとニヤリと笑う。
必死に泳ぐコウスケだったが、‘クロール’と‘バタフライ’では早さはそれ程変わらない。
それに加え、そもそも装備している装甲の出力が違い過ぎる。
コウスケは既に離され始めていた。
(ちょッ!!バタフライってマジかよッ!んなもん勝てるかッ!!諦めよっかな・・・いや、負けるのは癪だな?・・・ヨシッ!アレしか無いッ!シャズだって、あんな高出力の生体装甲着込んでんだ!俺だってこれくらい・・・)
徐々に離れていくシャズの姿を見て、そんな考えを頭の中で巡らせたコウスケは、そこで出た結論を行動に移す。
途端、コウスケの泳ぐ速度が上がり、離されていたシャズとの距離を縮め始めた。
目の端でそんなコウスケの姿を捉えるシャズ。
折り返しの向こう岸までは、まだ少し距離があった。
コウスケの勢いは、それまでにシャズに並ぶ、或は、追い抜いてしまうかと言う程だ。
すると、突然前を泳ぐシャズの速度が落ちる。
そして、シャズが速度を落とした事で、更に勢い付いたのか一気にシャズへと並ぶコウスケ。
コウスケに並ばれたシャズは、そこから速度を戻し、出来るだけコウスケと並んだ状態を維持しようとしている様だった。
そして折り返し地点。
前半とは形勢が逆転し、必死に食らい付いている状態のシャズ。
僅かにコウスケが先にターンをし、やや遅れてシャズもターンする。
「クッ!シャズが僅かに遅れているか?」
ゴール近くで二人の勝負を見ていたミランダが、ターンの順でどちらが先行しているのか理解し、悔しそうに声を上げた。
そんなミランダの隣で、同じ様に勝負の行方を眺めていたエルネは
「でもあれ・・・コウスケ光ってるよね?」
そう呟く。
その呟きを、更に隣にいるエドが拾う。
「うん。光ってるね?」
二人が言う様に、コウスケは光っていた。
要するに、身体強化の魔法を発動させていたのだ。
「そこまでするとはッ!!」
その光景に歯噛みするミランダ。
「でも折り返し前のシャズも、ちょっと変な動きしてたよね?急にスピード落としたって言うか・・・」
怒りに震えるミランダの気を逸らそうと、シャズの話題を振るエルネ。
「僕には出来るだけコウスケと並んでようとしてるみたいに見えたけどな?」
しかし、答えたのはエドだった。
「そんな事して何の意味が?魔法を使い始めたコウスケ相手には、それじゃダメじゃん?出来るだけ早く泳がなきゃ」
エドの言葉にそう答えるエルネ。
「う~ん・・・」
エドもエルネと同意見だったのか、そう首を捻っている。
二人で首を捻っていると、突然周りから歓声が上がった。
見ると、ミランダも拳を突き上げ騒いでいる。
「・・・成る程。そういう事か」
遠くを見詰めたエドが、そう呟く。
そんなエドの呟きに、勝負真っ只中の二人を振り返るエルネ。
「え?・・・うわぁ、スゴ」
戻ってくる二人の姿を確認したエルネは、そう声を漏らした。
折り返しのターンを決めたコウスケは、その後に目の端で捉えた光景に水を飲みかけた。
僅かに遅れて折り返したシャズが、折り返しと共に泳ぎ方を変えたからだ。
しかも、その泳ぎ方は‘クロール’だった。
シャズはコウスケが身体強化の魔法を使い追い上げて来た時点で、自らの泳法では体力が持たないと判断していた。
しかし、だからと言って途中で勝負を投げ出す事など出来ない。
そう考えたシャズは、速度は維持したまま今よりも体力の消費が少ない泳法をその場で編み出そうと考えた。
だが、流石のシャズもそれは無理だった。
そうしている内にも、迫ってくるコウスケ。
半ば諦め始めていたシャズ。
しかし、そんなシャズの目に、追い上げてくるコウスケの姿が。
そんなコウスケの姿を見たシャズは、競争相手であるコウスケに活路を見出だした。
泳ぐ速度を落としたシャズは、隣を泳ぐコウスケの姿を全神経を集中して観察した。
観察を続ける為、コウスケの並ばれた後は必死に食らい付いた。
そして、コウスケから僅かに遅れて折り返した時、シャズは‘クロール’を会得していた。
そこからのシャズは凄まじかった。
‘バタフライ’に比べて体力の消耗が少ない、程度に思っていた‘クロール’は両手で順に水を掻く事で絶えず進み続ける。
両手で同時に水を掻く‘バタフライ’の様に、減速する事が無いのだ。
そして、それはシャズの体に恐ろしい程馴染んだ。
僅かに遅れていたシャズは直ぐ様コウスケに並ぶと、身体強化の魔法を使っている筈のコウスケを引き離し始めた。
追い付かれ、更には引き離され始めたコウスケも必死に体をバタつかせるが、既に奥の手である魔法を使った後では、打つ術が無い。
その間にも、シャズはひと掻きで物凄い距離を進む。
終わってみれば、片道の3分の1程の差を付けられシャズが勝利した。
ゴールの壁に手を付いたシャズは、コウスケの位置を確認する。
そして、頭と顔の水滴を拭うと、観客に手を振った。
沸く観客。
ミランダも水面から顔を出すシャズを覗き込み
「シャズ、凄く早かったぞ!」
と、嬉しそうに声を掛けた。
そして、遅れる事20秒余り。
壁に手を付いたコウスケは、息苦しそうに顔を上げると、隣で待つシャズに目を向けた。
「同じ泳ぎ方で、魔法使って負けるってどういう事だよ?どんな体してんだ!化けモンかッ!」
そう悔しさを滲ませるコウスケ。
しかし、コウスケのそんな言葉を聞いたシャズは
「コウスケの泳ぎを真似してから速度が上がったんだ。あれはオレに合っている様だ」
そう言って肩を竦める。
「勝負の途中で相手の泳ぎ方を真似出来るなんて、それも異常だろ?」
Sランク冒険者のスペックに呆れたコウスケは、そう言って首を左右に振る。
「コウスケこそ、身体強化を使って追い上げて来た時は、なんて早さだ!と諦め掛けたものだ」
シャズはそう言って、コウスケの実力を称えた。
「魔法は反則だとか言わねぇのか?」
シャズにそう尋ねるコウスケ。
しかしシャズは
「ん?何故だ?それも実力の内だろ?」
そう言って首を傾げている。
「何だよ!じゃあ水魔法使って、ジェット水流でも起こして進めば良かった」
そんな後悔の言葉を上げるコウスケ。
しかし、それを聞いたシャズは
「いや、流石にそれは・・・泳いではないだろう?」
そう言って、顔を顰めるのだった。




