哀しき酒呑み
この日、少し遅めの朝食を摂った四人。
当然の様に二日酔いにならなかったエルネが先導し、その後を屍の様に食堂へと歩くコウスケとミランダが目撃された。
エルネと同じ様に二日酔いにはなっていない筈のモン爺が、コウスケとミランダの後を同じ様な表情で歩いていた。と言う話もある。
それはさておき
朝食を終え、エルネとミランダはギルドへと向かった。
そんな二人に、二日酔いで頭を抱えながらのコウスケが
「弓が無くて困ってるから作りに来たんだろ?なのに依頼受けに行くのか?」
そんな声を掛けた。
同じ様に二日酔いで辛そうなミランダを慮っての言葉だったのかも知れない。
しかし
「それはそうだけど、だからって弓が手に入るまで何もしないなんて嫌よ。体が鈍っちゃうわ!それにちゃんと、弓が無くても良さそうなのを選んで受けるもの」
そう答えたエルネは、足取り軽く出て行った。
それを聞いたコウスケは、そんなエルネを追い掛けようとしているミランダに
「ミランダは大丈夫か?二日酔いの時まで付き合う必要無いぞ?」
と声を掛けたが
「心配はいらない。動いた方が酒は早く抜けるんだ」
そう笑顔でコウスケに答えると、先を歩くエルネを追って行った。
二人を見送ったコウスケは
「タフだねぇ~・・・俺なら吐くぞ?」
そう呟くと、踵を返しモン爺が居るであろう鍛冶場を目指すのだった。
少し歩き鍛冶場にやってきたコウスケは、直ぐにモン爺を見つける。
コウスケの目には、何時もの様に鎚を持ち金床の前に座っているように見えたモン爺だったが、近付くにつれ様子がおかしい事に気付く。
モン爺は手にした鎚を振るう事無く、ただジッと見詰めていた。
その様子に戸惑うコウスケ。
しかし、戸惑いながらも意を決して声を掛ける。
「よ、よぅモン爺。何してんだ?精神統一的なアレか?」
その言葉に振り向くモン爺。その瞳は、酷く虚ろなものに見えた。
モン爺のそんな目を見たコウスケは更に戸惑った。
戸惑いを通り越し、心配にでもなったのか
「おいおい、大丈夫か?まさかとは思うけど、二日酔いとかじゃねぇだろうな?」
そう声を掛けた。
大酒飲みで有名な種族のドワーフは、基本二日酔いにはならない。
それ程酒精に強いのだ。
しかし、そんなドワーフでも酒を飲んで体調を崩す事がある。
それは、主に病気の時と言われている。
コウスケの言葉は、それを心配しての言葉だった。
しかし、モン爺から返ってきた言葉は
「・・・のぅコウスケ。昨夜は一体何があったんじゃろうな?何故ウチの酒蔵が空になってしもうたんじゃ?」
そんな呟きだった。
昨晩の酒盛りで酒蔵を空にしてしまったモン爺は、この工房の食を一手に引き受けているおばちゃんドワーフにネチネチと小言を頂いていたらしい。
そしてその時に
「空になった酒蔵は、モンブラントさんが一杯にして下さいよ?勿論自腹で!それまでは、誰にもお酒は出しませんからね!」
そう言われてしまっていたのだ。
そんな説明を聞いたコウスケは
「金、ねぇのか?」
そう尋ねる。
しかしモン爺は
「んな訳あるか!あの酒蔵を一杯にするくらいなら有るわいッ!」
そう声を上げる。
少しだけ何時もの調子を取り戻した様に見えたモン爺に、コウスケは安心したのか
「ならそうすりゃ良いじゃねぇか?金さえ払ってくれりゃ、何なら今からでも俺が一杯にしてきてやるぜ?」
そう冗談めかして言った。
そんなコウスケの軽口に
「・・・ウゥム・・・」
と、深く悩む様な息を漏らすモン爺。
髭を扱きながらのその姿は、まるで賢者が酷く難解な問題に頭を悩ませている様にも見えた。
コウスケもそう感じたのか何も言えない様子で、黙って賢者の出す答えを待つ。
賢者は数度顎髭を扱くと
「ワシがそれをしてしまうと、重大な問題が起きてしまうんじゃ」
そう重々しく呟いた。
重大な問題。その言葉を聞いたコウスケは
「な、何が起きるってんだ!?いよいよ、酒代でこの工房の経営が傾き始めたのか?それとも、飲み過ぎがここのドワーフ達の健康に関わるレベルにまで来ちまってんのか?」
咄嗟に思い付いたのか、そんな事を言って焦る。
確認だが、この工房はモン爺一人の稼ぎだけで莫大な利益を上げている。
そして、ドワーフという種族は恐ろしい程に酒を飲むのが当たり前の種族だ。
飲み過ぎて体調を崩す事よりも、飲まずに体調を崩す事の方が多い程に。
従って、コウスケが口にした様な事は、少なくともこのモンブラント工房では問題にはならない。
つまり、賢者が口にした‘重大な問題’とは、それ以外の事を指している。という事だ。
しかし、そんな事を知らないコウスケは、固唾を飲むと、再び賢者の言葉を待った。
コウスケの言葉を、目を閉じ聞いていた賢者は、ゆっくりと目を開くとコウスケを見る。
コウスケもその目を見返し、心の中で構える。
そして、賢者の目に力が籠ると
「ワシ個人用の酒が買えんようになるッ!!」
そう叫んだ。
「この酒呑みめッ!」
コウスケも反射的にそうツッコんだ。
「今更じゃな。ワシは昔から酒呑みじゃわい」
賢者の雰囲気など消え去った酒呑みが、至極真面目な顔で答える。
そんな酒呑みの態度に、額に青筋を浮かべたコウスケは
「んなもん、金が出来るまで我慢すりゃ良いだけの問題だろが!どこが‘重大な問題’だッ!!」
まるで叱り付けるかの様に言った。
「バカ言えッ!‘ドワーフの隠し酒’って言葉を知らんのか?そんな言葉がある程、ドワーフにとっちゃあ何時でも飲める酒を懐に忍ばせておく事が大事なんじゃ!心の支えなんじゃッ!!」
そう熱く返す酒呑み。
「アル中かッ!!」
そう叫ぶコウスケ。
しばらくそんな不毛な言い合いが続いたが
「チッ、分かったよ!今回の仕事が終わったら、何本かやるから!それで良いだろ?」
コウスケが折れた。
しかし
「何本か。そんな物で足りるかッ!もっと寄越せ!大体、昨夜のアレ。ありゃあオメェの仕業だろ?ワシにばっかり酒を出させよって・・・半分出さんかい!」
そう、欲をかく酒呑み。
「はぁ?何言ってんだ?俺はなんもしちゃいねぇよ!ありゃエルネだ、エルネ!俺は出された酒を飲んでただけだよ!」
そう言い返すコウスケ。
それを聞いた酒呑みは
「あぁ?オメェ嬢ちゃんに擦り付ける気かッ!」
と、憤った様子だ。
しかし、そんな酒呑みを哀れな物でも見るような目で見たコウスケは
「やっぱり気付いて無かったのか・・・」
そう言うと、大きく首を左右に振った。
そんなコウスケの様子に
「・・・本当か?本当に嬢ちゃんなのか?」
そう詰め寄る酒呑み。
そんな酒呑みにコウスケは
「まぁ次からは酒、巻き上げられねぇ様に気を付けろよ?」
優しく微笑みながら、そう言った。
コウスケの言葉に、話の終わりか、話題が変わる様な空気を感じた酒呑みは
「待て待てッ!どうやった!嬢ちゃんはどうやったんじゃッ!」
そう縋りつく。
しかしコウスケは
「じゃあ昨日の話の続きなんだけど・・・ちょっと見てほしい金属が有るんだよね?」
縋りつく酒呑みの言葉を無視して話を変える。
「頼むッ、教えてくれぃ!教えてくれんと気を付け様が無いじゃろッ!」
他のドワーフ達も居るこの広い鍛冶場に、そんな酒呑みの哀れな叫びが響いていた。




