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第20話_決戦の時

第20話_決戦の時



百鬼夜行の潜む闇の中を走り続ける。

そこは、何か巨大な生き物の身体の中にいるような錯覚を感じる、どろどろとした真っ暗な空間。若宮さんが生み出した青い鬼火だけが、僕らの周りを飛び交って、僅かな明かりを照らしてくれていた。度々、黒い髑髏の群れに囲まれたけれど、若宮さんが変化した太刀を使うと一払いで消滅させることが出来る。



(元々はあたいの支配下にあった妖しだ。何匹集まろうが、今の広郷とあたいの敵じゃないっ。さぁ、そろそろ出口が見えてきたみたいだぞっ!)

自慢げに語る若宮さんと一緒に、闇の中を駆け抜けて、僕らは光の見える穴に飛び込んだ。



  ◇



橙色の火ノ玉の揺らめきが眩しく感じた。足の裏には硬い地面の感触。

「広郷君っ!」「にぃにぃ!」

利美先輩とすすきの声が真横で聞こえた。どうやら、タイミング良く夜桜様が張った結界の中に出られたらしい。



「無事だったのね、広郷君。背中に乗っているのは……もしかして若宮さん?」

利美先輩の声で気が付いたけれど、いつの間にか若宮さんが、霊剣から元の姿に戻って僕の背中に取り憑いていた。



「すすきより、小さくなってる♪」

両手を口に当てて、すすきが若宮さんを笑う。心外そうな声を若宮さんがあげた。

「犬っころ、小さい言うなっ!」

「あはっ、だって本当に小さいんだもん♪」

若宮さんを撫でるつもりなのか、すすきが僕の後ろの若宮さんに腕を伸ばした――瞬間、夜桜様が僕らの方を向いた。とても真剣な表情を浮かべていた。



「すすきっ、今はそんなことをやっている場合じゃないわ。松と一緒に結界を守って!」

夜桜様の必死な声が響くとほぼ同時に、周りの明るさに目が慣れてきた。

祝詞をあげて結界を張っている夜桜様。松は結界の隙間から入ってくる妖しを薙ぎ払い闇に帰している。すすきもそれに加わって――次の瞬間、利美先輩の式神の魚が群れになってラーミアの生み出した百鬼夜行に突っ込んで行った。



消え去った百鬼夜行の先に、黒髪の若宮さん――若宮さんを取り込んだラーミア――の姿が見えた。視線がぶつかると、どこか嬉しそうな微笑みを返された。

「あの百鬼夜行から生還できるなんて。広郷さんの霊能力者としての才能は、流石ですとしか言えません。若宮さんも、小さくなっていますが、お見事です♪」

皮肉るようなラーミアの言葉。でも、その言葉に驚きの色は微塵も感じなかった。

だから、すぐに理解できた。



「ラーミアさん、あえて僕と若宮さんを見逃して、心の小部屋に導いたのは貴女ですよね?」

僕の言葉に、ラーミアが苦笑する。

「ばれていましたか。なかなか広郷さんは勘が鋭い人ですね♪」



「なぜそんなことをしたんです? ラーミアさんは僕らをすぐに殺せたはずなのに」

「面白いからに決まっていますよ。貴方達は何をしても今の我には敵わない。それなのに、我の理想を完全否定してくれました。一回殺しただけじゃ、気が治まりません♪ だから苦しみながら死んでくれると嬉しいのですが」

ラーミアの言葉と同時に、百鬼夜行が再び現れた。



僕らのいる結界を取り囲むように、じわじわと数を増していく。

「このまま僕らを見逃したり、若宮さんに力を返してくれたりは……してもらえそうにないですね」

「ええ、ダメですよ、我が手に入れた力ですから、この世界を変える正義のために、使わないわけにはいきません。――ということで、そろそろ皆様には消えてもらいます♪」

ラーミアが両手を洞窟の天井に向けて、何かの呪文を唱える。百鬼夜行が白銀色に光って、津波のように押し寄せてきた。夜桜様の結界の前面が破れる。



「松、すすき、緊急結界を展開してっ!」

夜桜様の言葉と同時に松とすすきが前に飛び出して両手を突き出す。二人を支点として百鬼夜行の奔流が割れていく。その瞬間、夜桜様が叫ぶ。

「今よ、利美さん、式神をありったけ投入してっ!」



「地龍、燕、魚、蝶々――行きなさいっ!」

利美先輩が、ばら撒いた折り紙状の呪符から無数の生き物が具現化して、うねるように蠢きながら、白銀の百鬼夜行を引き裂いていく。



雪崩のような骸骨の群れの中に、ラーミアに向かって一つの道が出来た。

「広郷っ、突っ込むぞ!」

「はい、若宮さん!」

若宮さんと手を繋いで走り出す。

霊力を込めて、若宮さんを黒い太刀へと変化させる。



利美先輩の式神の後を追って百鬼夜行を通り抜けると――驚いた表情を浮かべているラーミアに式神が殺到する。それを右腕の一払いで燃やしつくすラーミア。若宮さんの霊力を上乗せした霊剣でラーミアに斬りかかる。刀身を右手で払われ、かわされた。続けて霊剣をまっすぐ突き出す。それも横に避けられてしまう。



ラーミアが愉快そうに口元を歪める。

「うふふっ、広郷さんが、たたり神を霊剣化するなんて想像もしていませんでしたよ。流石の我も大ピンチです。ここまで広郷さんが力をもっているなんて――さっさと殺しておけば良かったと後悔しちゃいました。でも、所詮素人。太刀筋が分かり易いですよ♪」

余裕の表情でラーミアが僕の刀を避け続ける。悔しいけれど完全に太刀筋を見切られているのが分かってしまった。



「松とすすきも手伝うよっ!」「苦戦するなんて、にぃにぃらしくないよ?」

夜桜様に霊力補給された松とすすきが戦いに加わる。

「あはっ♪ 数が増えても無駄です。動きがバラバラで、それぞれが足手まといにしかなっていないじゃないですか!」

嬉しそうに叫ぶと、松とすすきの攻撃も避け続けるラーミア。



ラーミアの尻尾が伸びて、三人まとめて薙ぎ払われた。地面に着地する。

「広郷っ、特訓した時のことを思い出して」

「松ちゃんと、すすきと、にぃにぃの得意技っ!」

その言葉で思い出す。若宮さんに何度も殺されかけた特訓の日々。若宮さんから少しでも長い時間を生き延びるために、何度も何度も松とすすきと協力して、試行錯誤した連携技。その動きは身体に恐怖という形で叩きこまれている。



最初に動いたのは松だった。一直線にラーミアに突っ込む。

「動きが単純で――」

ラーミアの言葉が途切れる。松の後ろに、すすきがぴったりとくっついていたから。

すすきが振り抜くように右手の鉤爪を突き出す。



「――甘いですわっ!」

毒蛇に変化した髪の毛で、ラーミアがすすきの爪を絡み取る。すすきが得意げに鼻を鳴らして、鉤爪でラーミアの髪の毛を鷲づかみにしてから、真横に跳ぶ。体勢を崩したラーミアが僕の目の前に晒される。松、すすき、そして僕の三連撃。

若宮さんの妖力と僕の霊力を込めた霊剣を振り下ろす。



ゆっくりと時間が流れたような気がした。ずぶりっと鈍い音を立てて刃がラーミアの左肩に吸い込まれていく。まずい。僕の太刀の動きよりも素早くラーミアが上半身をのけ反らせた。浅い。

空中で一回転した松の鉤爪が、ラーミアの頭部を狙う。毒蛇の塊に受け止められる。

僕ら三人とラーミアの動きが一瞬止まった。刹那、僕らの隙間をぬうように利美先輩の式神がラーミアの身体に突き刺さった。咆哮をあげるラーミア。



松とすすきが左右に跳んで、髪の毛の蛇を引っ張られたラーミアが大きくのけ反った。

ラーミアの身体が、十字架のように固定された。そして――今の僕は太刀を振り上げている。

(広郷っ、三秒間だけ耐えてくれっ!)

若宮さんの言葉で『何か』が来ることを理解した。

両腕に激痛が走った。若宮さんの生み出した規格外の妖力だとすぐに悟る。黒い霧が、若宮さんの百鬼夜行が、僕の両腕を侵食していた。



渾身の妖力と霊力を太刀に込めて振り下ろす。

僕の霊剣とラーミアの上半身の間に、ラーミアの尻尾が割り込んだ。固い鱗で覆われた尻尾を薄紙のように切り裂き、そのままの勢いでラーミアを両断する。信じられないという表情でラーミアの動きが止まった。

「なぜ、刀身が急に伸びたの?」

ぽつりと聞こえたラーミアの声。限界を超えて若宮さんの妖力を注がれた僕の両腕が、服ごと壊死し始める。それを見たラーミアが納得したような表情を浮かべた。

「ああ、人の身で、たたり神の領域を侵したのですね。愚かな」

皮肉るようにラーミアが口元を歪めた。



ラーミアの髪から毒蛇が消える。松とすすきが飛びのいてラーミアから距離をとる。

僕の両手がぐじゅりっと嫌な音を立てて崩れ落ちるのと同時に、ゆっくりとラーミアの身体が消滅していく。

「我は死ぬのか? 我はこんなところで歩みを止めなければいけないのか? 嫌だっ、我は世界を変えねばならないのに。使命があるのに。正義があるのに。それなのに――」



「ラーミア、諦めろ。みっともない死に際は、お前らしくないぞ?」

黒い太刀から人の姿に戻った若宮さんが発した言葉に、びくりっとラーミアの髪が跳ねた。

そしてラーミアの上半身が小刻みに揺れる。ラーミアは笑っていた。

「ははっ、たたり神風情が我に何を言いますか。言われなくても、もう取り乱さない」



すうっとラーミアが深呼吸をするように息を吸い込んだ。そして僕に視線を向ける。

「広郷さん、一言だけ良いですか? 貴方にも、いつか我の想いが分かる時が来るはずです。いつかきっと、少数派が虐げられる世界は、変えなければならないと」

ラーミアは満足そうに、にこりと笑って――闇に溶けるように消えて行った。……。その悲しげな瞳と誇りに満ちた表情を、多分、僕は一生忘れられないだろう。



  ◇



ラーミアが消えると同時に、若宮さんの身体が透けていく。

「あたいも、ちょっと無理し過ぎたみたいだな」

若宮さんが、そっと僕に抱き付いてくる。でも、いつもみたいなひんやりとした冷たさは感じられなかった。ゆっくりと若宮さんがため息をついた。

「無理し過ぎたって――若宮さんっ!?」



「さっきので妖力を使い果たしたみたいなんだ。口惜しいが、身体の維持すら出来なくなった。もう少しで、この場に満ちている妖力の波に、あたいも呑み込まれてしまうだろう。……広郷、そんな顔をするな。お前はあたいがいなくても、一人でやって行けるだろう?」

若宮さんは、はにかむように笑うと、ぐしゅっと鼻を鳴らした。気が付くと、若宮さんの目に涙がいっぱい浮かんでいた。



「若宮さん、そんなこと言わないで下さい」

「広郷、最後くらい、お姉さんを安心させてくれよ。たたり神はしょせんたたり神。あたいがいると広郷に迷惑をかけてしまう。だから広郷――あたいがいなくなるのだから、絶対に幸せになりなよ?」

そう言うと若宮さんは目を閉じた。若宮さんの目から涙が零れる。

僕をぎゅっと抱きしめる若宮さんの力が徐々に抜けていく……そして、ゆっくりと闇に溶けるように、若宮さんは消えてしまった。



「若宮さん?」

喉の奥から声が出た。

「若宮さん?」

気が付けば、同じ言葉を繰り返していた。

「若宮さんっ!」

洞窟に僕の叫び声が響いたけれど、返事は無かった。

瞳から液体が流れているけれど関係ない。若宮さんがいなくなってしまったら、僕は、僕は、どうしたらいいのだろう? 今度こそ一人ぼっちになってしまう。それは、そんなことは――



「にぃにぃ。泣いちゃダメ」

後ろから、そっとすすきに抱き付かれた。

振り返ると、心配そうな表情で僕を見上げるすすきと目線がぶつかった。



利美先輩や松、夜桜様までも僕のことを心配してくれているような顔をしている。

取り乱した自分が恥ずかしくて顔が熱くなった。若宮さんがいなくなってしまったけれど、それを悲しむのは今じゃない。僕には、みんながいる。一人じゃない。だから、今は、これ以上泣いてはいけない。



「えっと、みんなありがとう。何というのか、みんなのおかげで――」

言葉が途中までしか出なかった。世界が暗転した。立っていられなくて、足元から崩れ落ちる感覚。両腕が無いことを忘れていた。肩が崩壊する激しい痛みに、僕の意識は遠くなっていく。



……このまま僕も、身体が壊死して、死ぬのだろうか?



(第21話_一人じゃないに続く)

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