最終章 「なろう系」は、もう“なろう”だけのものではない
ここまで、
Web小説が本になり、
漫画になり、
アニメになり、
そして商業側の影響がWeb小説へ戻っていく流れを、
私なりに勝手に振り返ってきた。
では最後に、
最初からずっと使ってきた、
「なろう系」
という言葉について考えてみたい。
よく考えると、
今の「なろう系」はかなり変な言葉である。
なぜなら、
小説家になろうとは何の関係もない作品まで、普通になろう系と呼ばれているからだ。
昔の私にとって、
「なろう作品」
という言葉は、とても分かりやすかった。
小説家になろうに載っている作品。
ほぼ、それだけだった。
そこで読んだ作品が書籍化されたら、
「なろう発の作品」。
それが漫画になっても、
アニメになっても、
元をたどれば、
「なろうの小説」。
だから意味は分かりやすい。
ところが、いつの間にか、
少し違う言葉が使われるようになる。
「なろう系」
である。
「なろう作品」ではない。
「なろう系」。
この「系」が付いたことで、
範囲が一気に広がった。
例えば、
異世界へ転生する。
便利な能力をもらう。
ステータス画面が出る。
冒険者になる。
主人公がものすごく強い。
周囲から評価される。
美少女が仲間になる。
追放される。
実はものすごい能力を持っていた。
元いたパーティーが後悔する。
婚約破棄される。
悪役令嬢になる。
破滅フラグを回避する。
スローライフを始める。
店を開く。
領地を発展させる。
ダンジョンを攻略する。
配信する。
こういった要素がいくつか入っていると、
掲載サイトがどこであろうが、
「なろう系っぽい」
と言われることがある。
カクヨムでも。
アルファポリスでも。
商業書き下ろしでも。
場合によっては漫画原作でも。
つまり、
「なろう系」という言葉が、掲載場所ではなく物語の特徴を表す言葉へ変わっている。
これは考えてみると、
かなり面白い。
小説投稿サイトの名前が、
一つの物語形式を表す言葉になったのだから。
似た例を探せば、
「ジャンプっぽい」
とか、
「ラノベっぽい」
とか、
媒体のイメージから作品を表現することは昔からあった。
ただ、
「なろう系」はそれよりもう少し具体的な気がする。
タイトルを見て、
主人公の設定を見て、
あらすじを少し読んだだけで、
「ああ、なろう系ね」
と通じてしまう。
そこには、
十数年かけて共有されてきた、
大量の「お約束」
がある。
第一部で私は、
その「お約束」がどう増えてきたのかを振り返った。
最初は、
異世界へ行く。
それだけでも十分だった。
そこへ、
転生。
チート。
ゲーム的ステータス。
内政。
生産。
料理。
追放。
ざまぁ。
悪役令嬢。
現代ダンジョン。
配信。
いろいろなものが追加されていった。
そして一つの型が流行れば、
次の作品は、
そこにもう一つ何かを足す。
あるいは、
別の流行と組み合わせる。
そうして大量の派生作品が生まれる。
その結果、
読者の側も学習する。
主人公が追放された。
「ああ、後で見返すんだろうな」
鑑定スキルをもらった。
「どうせ実は凄い能力なんだろうな」
悪役令嬢に転生した。
「破滅フラグ回避だな」
無能扱いされている。
「はいはい、実は最強ね」
まだ何も起きていないのに、
先が何となく分かる。
でも、それでいい。
むしろ、
そのお約束を分かった上で楽しむ。
時代劇を見て、
最後に悪人が成敗されることを知っているようなものだ。
刑事ドラマを見て、
最後には事件が解決すると思っているようなものだ。
展開を知らないから面白い、
だけではない。
知っている型の中で、今回はどう料理するのかを見る。
なろう系も、
いつの間にかそういうジャンルになったのだと思う。
そして第二部で見てきたように、
その型を広げたのは、
Web小説だけではなかった。
書籍化される。
本屋に並ぶ。
コミカライズされる。
漫画アプリで読まれる。
アニメになる。
テレビや配信で見る人が増える。
すると、
小説家になろうを一度も開いたことがない人まで、
その「お約束」を覚える。
これは私の身の回りでも感じる。
昔なら、
なろう作品について話そうと思えば、
まず、
「小説家になろうって知ってる?」
というところから始まった。
今なら、
「異世界転生もの」
と言えば大体通じる。
「悪役令嬢もの」
でも通じる。
「追放系」
でも、
何となく話の形が想像できる人がいる。
原作小説を読んでいなくても、
アニメや漫画で同じテンプレートを何度も見ているからだ。
ここまで来れば、
もう文化としては、
投稿サイトの中に収まっていない。
そして、ここが一番面白いところだと思う。
本来は、
小説家になろうの中で流行った作品群
だった。
それが商業へ出る。
多くの人に見られる。
「こういう作品が人気なんだ」
と知られる。
今度は別の場所でも、
同じような作品が作られる。
そして、それらまで、
「なろう系」
と呼ばれる。
つまり、
「なろう」という場所から生まれた文法が、なろうを離れて自己増殖し始めた。
ようにも見える。
そうなると、
少し困ったことも起きる。
例えば、
異世界転生ものなら全部なろう系。
主人公が強ければなろう系。
長いタイトルならなろう系。
そんなふうに、
かなり雑に使われることもある。
「いや、それなろう発じゃないぞ」
とか、
「その構造はなろう以前からあるぞ」
と言いたくなることもある。
第一部の横道で触れたように、
異世界へ行く話も、
最強主人公も、
ハーレムも、
ゲーム世界も、
なろうが発明したものではない。
それ以前から、いくらでもある。
だから、
「なろう系の特徴とは何か」
と真面目に定義し始めると、
かなり難しい。
異世界転生?
異世界転移?
チート?
ゲーム的世界観?
長いタイトル?
俺TUEEE?
ハーレム?
追放?
全部当てはまる作品もあれば、
一つも当てはまらないなろう発作品もある。
逆に全部当てはまるのに、
なろうとは一切関係ない作品もある。
つまり、
きれいな線は引けない。
それでも、
「なろう系」
という言葉は通じる。
ここが面白い。
たぶん、
一つ一つの要素ではないのだ。
いろいろな要素が組み合わさった時の、
「なんとなく、この感じ」
なのである。
非常に曖昧。
でも通じる。
これこそ、
一つの文化が成熟した証拠なのかもしれない。
そして、
私自身の変化も面白い。
昔は、
なろうで面白い作品を探していた。
ランキングを見る。
新着を見る。
検索する。
そこで作品を見つける。
今は、
漫画から見つける。
アニメから見つける。
SNSで名前を見る。
友人から聞く。
そして、
「原作どこだ?」
と調べる。
すると、
なろう。
カクヨム。
アルファポリス。
商業作品。
いろいろ出てくる。
入口はもう、
どこでもいい。
第一部を書き始めた時、
タイトルに、
「はいはい異世界転生ね」と言えるようになるまで
と付けた。
これは半分冗談だが、
半分本気でもある。
十数年読んでいると、
本当にそうなる。
新しい作品を見て、
「ああ、この系統ね」
と分類してしまう。
でも今回、
第二部まで振り返ってみて、
もう一つ気付いた。
それが出来るのは、
長年なろうを読んできた私だけではない。
今では、
なろうを読んだことがない人まで、
同じことを言える。
アニメの新番組一覧を見る。
長いタイトルがある。
異世界。
最強。
追放。
悪役令嬢。
そして、
「ああ、なろう系ね」
と言う。
もしかすると、
その作品はなろう発ではない。
それでも通じる。
ここまで来て初めて、
「なろう系」というジャンルが、元になったサイトから独立した
と言えるのかもしれない。
考えてみれば、
これはものすごいことである。
個人が小説を投稿するWebサイトから始まったものが、
出版業界へ行き、
漫画業界へ行き、
アニメ業界へ行き、
ゲームやグッズや海外配信へ広がり、
最後には、
そのサイトを知らない人にまで通じる言葉になる。
私が昔、
パソコンやスマホの画面で黙々と読んでいた作品群が、
そこまで巨大な文化になるとは、
当時まったく考えていなかった。
もちろん、
この先もずっと今の形が続くとは思わない。
流行は変わる。
新しいテンプレートも出てくる。
今人気のものが飽きられることもある。
新しい投稿サイトが出てくるかもしれない。
小説の読み方そのものが変わるかもしれない。
そして、
今この文章を書いている時点ですら、
私の知らないところで、
次の流行がもう始まっているのかもしれない。
第一部を書いている時にも感じたが、
この十数年を振り返ると、
なろう系は、
同じことを繰り返しているようで、
実はずっと変わり続けている。
一つの型が生まれる。
流行る。
大量に増える。
飽きられる。
そこに別の要素が加わる。
また新しい型になる。
そして、
その中から面白い作品が出てくる。
たぶん、
これからも同じなのだと思う。
だから私は、
今後もきっと、
新しい作品を読んで、
こう言う。
「はいはい、このタイプね」
そして数話後。
「……あれ、これ面白いぞ」
結局、
また読む。
たぶん、それでいい。
この文章を書き始めた時は、
ただ、
「昔のなろうって、どんな感じだったっけ?」
と思っただけだった。
そこから、
異世界転移。
転生。
ゲーム世界。
チート。
内政。
料理。
追放。
悪役令嬢。
現代ダンジョン。
配信。
そして、
書籍化。
コミカライズ。
アニメ化。
ずいぶん遠くまで来た。
そして最後に残ったのは、
ものすごく単純な感想である。
面白いものは、やっぱり面白い。
テンプレだろうが。
流行ものだろうが。
長いタイトルだろうが。
なろうだろうが。
カクヨムだろうが。
漫画だろうが。
アニメだろうが。
自分が読んで、
「続きが気になる」
と思えば、それでいい。
たぶん私はこれからも、
大量に並んだ作品を見ながら、
「ああ、また似たようなのが増えたな」
などと言いながら、
面白そうなタイトルをクリックする。
十数年前と、
やっていることは大して変わっていない。
ただ一つ違うのは、
あの頃よりも、
ずっと多くの人が、
同じような物語を知るようになったこと。
そして、
かつて一つの投稿サイトの名前だった言葉が、
今では一つの物語文化を表す言葉になっていることだ。
「小説家になろう」。
そこから生まれた作品たちは、
本になり、
漫画になり、
アニメになり、
とうとう、
「なろう」という場所そのものから飛び出していった。
だから今、
「なろう系」とは何かと聞かれたら、
私はたぶん、
こう答える。
正確には説明しにくい。
でも、
読めばだいたい分かる。
それくらい、
私たちはこの物語の文法に慣れてしまったのである。
第二部は、
「なろう作品が外へ出ていったらどうなったのか」
をテーマに、
書籍化、コミカライズ、アニメ化までを振り返ってみた。
こうして並べてみると、
Web小説が商業作品になっただけではなく、
商業化した作品が今度はWeb小説側へ影響を返し、
さらに「なろう系」という文化そのものが広がっていったように見える。
もちろん今回も、
一人の読者が十数年分の記憶を掘り返して勝手に考えただけである。
「あれが抜けている」
「その認識は違う」
「もっと重要な作品がある」
いくらでもあると思う。
それも含めて、
この十数年の変化を思い出すきっかけになれば嬉しい。
そして私自身、
ここまで書いておいて何だが、
まだまだ読んでいない作品が山ほどある。
なので結局、
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そして、
「はいはい、またこのパターンね」
と言いながら――
たぶん今日も、
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