第20話 倒した後を拾う者が、いちばん儲ける
倒した後を拾う者が、いちばん儲ける。
魔王の遺骸の一件が片付いて、ひと月。俺は、王都の一角に、工房を構えた。
借りられなかった工房ではない。買った。御用解体師組合が、独占の崩れたあと、手放した一番大きな建物を、まるごと。皮肉なものだ。俺を締め出した組合の本拠が、いまは、俺の工房になっている。
そこに、人を、集めた。
地方の街の、裏通りで燻っていた解体屋。買い叩かれるしかなかった、下働きの連中。それから、王都の若手。誰も見向きもしなかった「解体しかできない」者たち。
倒した後を、見る職人。倒した後の価値を、拾える者。そういう職人を、育てる場所だ。
ノクスは、残った。今では、若手の中でも、見積もりの速さは群を抜いている。数字を見る目は、解体の世界でこそ、活きるらしい。「今さら、だが」が、口癖だ。だが、その「今さら」を、こいつは、毎日、刃を握って、埋めている。
ボズは、迷った末に、剣を選んだ。「魔王の解体、入口で見てたよ」と、ぽつりと言った。「お前が抜いてた、あの素材の山。……俺、あれを、泥だと思って、踏んで歩いてたんだな。金貨の山を、ずっと。剣しか見てなかったから、足元の金が、見えなかった」それから、頭を掻いて、笑った。「でも、俺は、刃より剣だ。斬る方が、性に合ってる」と、工房を出ていった。それも、いい。斬る者と、拾う者。役割が、違うだけだ。少なくともこいつは、最後に、倒した後を、一度ちゃんと見た。
ジークは——街を、出た。
最後に、一度だけ、工房に来た。土下座ではなく、ただ、立っていた。
「俺は、剣を、捨てられなかった」ジークは、言った。「お前の言う通り、倒した後を見ないなら、ここに居場所はない。それは、分かった。だから、出ていく。……もう一度、討伐者として、やり直す」
「そうか」俺は、答えた。
「ダグ」ジークは、出ていく間際、振り返った。「お前を切ったのは、間違いだった。……四年、お前が、何を支えてたのか。今は、分かる」
「遅いよ」俺は、笑った。「四年、遅い」
ジークは、苦笑して、出ていった。恨みは、もう、なかった。あいつは、討伐者として、生きる。俺は、その後始末を、拾って、儲ける。それぞれの場所で。
勇者パーティは、誰かに倒されたわけじゃない。倒した後を見なかった、ただそれだけのことで、勝手に、ばらばらになった。完全に赤字になり、名声も崩れて。淡々と、それだけの結末だった。
工房の窓から、王都の通りが見えた。
俺の工房で解体された素材が、適正な値で、王都中に流れていく。薬師が、商人が、職人が、もう、組合の言い値に怯えなくていい。倒した後の価値が、正しく、金になる。そういう市場を、俺が、握っている。
「倒すのは勇者、儲けるのは俺、ですね」セルカが、隣で、台帳をめくりながら、言った。王都の相場を、もう、半分は諳んじている。半人前は、卒業しつつあった。
「王都を、助けた——じゃ、ないんですよね」セルカが、こちらを見た。
「握ったんだ」俺は、答えた。
「分かってきたじゃないか、ですよね」セルカが、先回りして、笑った。
「……言うようになったな」
倒す者は、英雄として、讃えられ、去っていく。だが、倒した後の価値を、拾える者だけが、国に残り、富み、必要とされる。
その夜。工房に、封蝋のついた依頼書が、一通、届いた。
差出人は、北方封印地。王都からも遠い、忘れられた土地の名だった。依頼の文面は、たった一行。
《勇者遺骸の、解体を願う》
《備考:その死体は、まだ、脈打っている》
俺は、封書を、閉じた。
魔王の、次は——勇者の、後始末か。百年前に魔王を倒した、あの勇者の遺骸が、いまも脈打っている。倒した後を、誰も見なかった。また、同じことだ。
各地の遺骸に眠る、もっと古いもの。倒した後を拾う仕事は、王都だけでは、終わらない。世界は、倒しっぱなしの後始末で、満ちている。
なら、稼ぎは、尽きない。
俺は、新しい刃を、手に取った。
左手の三本は、細かい感覚が、戻らない。だから、柄の巻きを、少し太く変えた。それだけのことだ。仕事を、やめる理由には、ならない。
慌てる理由は、ひとつもない。
《所持金:金貨五万枚/権限:王都素材市場の差配権》
《工房:設立(裏通りの解体屋・若手・ノクスを育成)》
《次の遺骸:北方封印地・勇者遺骸/“まだ脈打つ死体”》
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました!楽しんで頂けたなら幸いです!




