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第三百三十七話 理解者達

「粗茶でございますが……」

「あ、ありがとうございます」


 老紳士から紅茶を受け取るレイの手は緊張で震えていた。

 店の奥にある待合室は、最上級の調度品が上品に嫌味なく飾られ、ソファは滑らかな手触りとフカフカの柔らかさ。

 レイは王城勤めといっても、その生活は比較的質素。

 高級品には慣れておらず、壊したら弁償額はいくらになるのだろうと、戦々恐々だった。

 とても個人資産三億オルディオの思考回路ではない、と思うかもしれないだろう。

 だが軍隊にいた頃の渇き切った生活が、体の奥深くまで染み付いているから、どうにもならない。


「こういう場は慣れませんか?シュターデン様」


 老紳士はレイの前に腰掛け、柔和な笑みを浮かべた。


「……どうしてそれを?」


 レイの鉄面皮で、且つ平坦な口調で問いかけた。


「この店ですが……こういうと自画自賛に聞こえるかもしれませんが、良い店だと思いませんか?」

「はぁ……そう、ですね」


 老紳士はレイの質問には答えず、柔らかく微笑みで問いかけた。

 レイは少しお行儀が悪い質問に呆けた顔で答えた。

 正直、高級服飾店の良し悪しなんて分からない。


「ハハッ……やはり覚えていらっしゃらないようで。当然でございますね」

「失礼ですが、どこかで?」


 レイは目を丸くしながら問いかけた。

 老紳士の様子から面識がある事は理解したが、どうしても思い出せない。


「忘れるはずがございません。漆黒の髪と、同じく漆黒の鋭い瞳。あの頃よりも少し大人びておられますが、不愛想に見えて、優しい顔立ちはそのままです」


 老紳士が目を細め、懐かしむように声を漏らした。


「貴方様が覚えておられないのも無理はございません。あの頃、貴方様に助けられたグリセリアの民は数知れませんから……かくいうわたくし共も貴方様に助けられたクチでして」

「……」

「三年前。あの鉄の巨人のせいで、わたくし共は家と店を同時に失いました。幸い命だけは助かりましたが、老い先短い爺婆にとって、一生を賭して手に入れた全財産とも言える我が家を失ったのは耐え難い絶望でした」

「……」

「そんな折、女王陛下が貴方様を遣わして下さった。貴方様は瓦礫を片付け、家を建て、食料をもたらして下さった。

 先王を失ったばかりの女王陛下は、すぐさま国庫を開き、人を集め、復興に尽力して下さった。今のグリセリアの平和があるのは全て、貴方様と女王陛下のおかげ。当時、王都に居た者で恩義を感じていない者は一人もおりません」


 老紳士は穏やかに、瞳を涙で潤ませながら語った。

 レイもまた、目頭が熱くなった。

 グリセリアの人々は、ティアラの事を忘れていなかった。


「当店は富裕層をターゲットにした高価な服飾品を主に取り扱っておりますが、最近は貴方様が開発した魔道具のおかげで、安価で丈夫でオシャレな洋服も多くの人々に普及し始めました。今のグリセリアに冬の寒さに怯える者はほとんどいないでしょう」


 老紳士の言うように、そんな魔道具も開発した。

 ティアラの願いでだ。


 おかげでグリセリアは少しずつだが、確実に豊かになっている。

 だが、こうやって面と面を向かって称賛されると、些か気恥ずかしい。


「そういうご時世という事もあり、豊かになった人々がより良いモノを求めて、当店のような店をご利用なさる。有難い話です」


 言い切った途端、老紳士の雰囲気がガラリと変わった。

 ため息を漏らす彼の感情を一言で表すなら悲哀。


「陛下にとって、この三年間はおつらいモノだったでしょう。先王夫妻……ご両親を亡くされた後に女王としての重責。そして何より二年前のウィリアム様の死。あの時、我々は陛下の豹変ぶりに驚き、恐怖した……お恥ずかしい話です」


 老紳士が目を伏せた。

 その表情からは後悔の念がありありと窺えた。


「時折、陛下がお忍びで城下に降りられている事はご存じでしょうか?その時の陛下は普通の少女のようで、我々と何一つ変わらないと皆は口を揃えて言います。わたくしも何回か拝見した事がございますが、本当にその通りで……そんな年端もいかない少女に女王としての重責を押し付けていると思うと、大人として胸が苦しくなりました」


 老紳士の表情に濃い影が落ちた。

 彼は女王陛下ではなく、少女(ティアラ)の事を思い、胸を痛めてくれた。

 レイはその事がとても有難く思った。


「これは我々城下の人間の不文律なのですが……城下でお忍びの陛下に会った際は気づかないふりをする事。あの方の笑顔を曇らせないようにする事。あの方に対して、感謝の笑顔を忘れない事……」


 老紳士が言葉を区切り、深呼吸を一つ。


「あの方がいつ旅立たれてもいいように、自分の足で立つ事」


 レイは老紳士の言葉に、目を見開き驚愕した。

 城下の人々は全て知っていたのだ。


「シュターデン様。どうか大願を成就なさいませ。我らが女王陛下の為に」

「…………」


 老紳士は強い瞳でレイに懇願した。

 レイは息を詰まらせた。


「……はい」


 レイは瞳が潤みそうになるのを必死に堪えながら短く答えた。

 ティアラがしてきた事は、無駄ではなかった。

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