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第二百四十二話 フルダイブ

「では、行きましょう」


 時間は少し進んで昼過ぎ。

 昼食を食べ終えたレイはゴーグル型の端末をファラリスの頭部に取りつけながら、ジョニーに目配せした。


「あぁ」


 ジョニーも覚悟の決まった真っ直ぐな瞳でレイを見返した。


「ティオ。これからしばらく自分とジョニーさんの身体が眠ったような状態になる。すまないがアスと一緒に体の護衛を頼む」

「分かったわ。ファラリスちゃんの事、お願いね」


 レイの頼みに、ティアラが眉を吊り上げ、鼻息混じりに言葉を返した。

 意気込みは買うが、おそらく今回ティアラの出番はないだろう。

 前回は足を引っ張る者(フールレディオ)のハッキングをしていたので、アスを護衛に回せなかった。

 しかし、今回はフルダイブのモニタリングだけなので、レーダーと浮遊砲台を操るだけのリソースは充分に残されている。


 唯一の懸念は空の悪魔だが、このユルゲンは八意森羅のゲームの真っ最中なので、横槍が入るとは考えにくい。

 あの男は真性の邪悪だが、己の信念と快楽と娯楽には真剣に向き合っている……そんな気がした。


「どうしたの?」

「いや……何でもない」


 ティアラがアメジストの紫瞳が心配そうにこちらを覗き込む。

 どうやら、自分の思考が表情に出ていたようだ。

 自分で考えても背筋が寒くなるような思考。

 レイは八意森羅にある種の信頼を持っていた。


 もっと言えば…………


 レイ=シュートは八意森羅を理解していた。


 何とかいつもの平坦な声でティアラに返事をしたが、果たして誤魔化し切れている事か?


「シュターデン……無理しないでね」


 案の定、返ってきたのは気遣わし気な声。

 彼女とはもう四ヶ月以上の付き合いだ。

 いい加減、こちらがどういう心理状態かくらいは分かってきているのだろう。


「あぁ……分かっている」


 レイは今度こそ心を落ち着け、いつもの声色で返事をした。

 フルダイブによる情報アクセスで最も重要な事は平常心でいる事。

 ティアラに心配を掛けるような精神状態では、成功するモノも失敗する。


「行ってらっしゃい。無事に戻って来てね、シュターデン」

「ティオ、ありがとう。出来るだけ早く帰ってくる」


 笑顔のティアラにレイは小さく頷き、ゴーグル型の端末を装着した。

 

 ……途端、レイの身体は糸が切れた操り人形のように、ぐったりと動かなくなった。



 ファラリスの記憶領域。

 電脳空間にダイブしたレイが最初に目にしたのは、薄汚れたスラム街の中に佇む一軒あばら家だった。


「こちらシュターデン。ジョニーさん、聞こえますか?」


 レイは一緒にダイブしたはずのジョニーを呼びかけた。


「あぁ、聞こえるぜ。お前さんの真上だ」


 レイの頭上、声の方向に目を向けると、フワフワと浮かぶ半透明のジョニーがいた。


「ジョニーさん。昨日のレクチャーを憶えていますか?」

「憶えてねぇよ!あんな拷問みてぇな説明!」


 ジョニーはげんなりした表情で、レイを怒鳴りつけた。

 前もって電脳空間での注意点を、みっちり三時間ほどレクチャーしたのだが、流石に情報量が多かったか?

 己の本能に任せて、事細かく説明し過ぎたのが拙かったかもしれない。

 講義後、げっそりとした表情で項垂れたジョニーと、肩を竦めて呆れ果てたティアラの顔が今でも鮮明に思い出される。


「ジョニーさん……基本的には生身の時と同じように動けます。ただあくまでも自分達の意識を電子情報として処理しているだけですので、普段無意識で行っている行動を意識的にやる必要はありますが」

「つまり、地面に降りたいって思えば降りられるし、歩きたいと思えば歩けるわけだな」


 レイの言葉に従い、ジョニーがスタッと地面に着地。

 今は軽くジャンプしたり、手をグーパーしたり、ポケットの銃を抜き差ししながら、自分の身体の動きを確かめている。


「ジョニーさん。身体の動かし方は問題無いですか?」

「あぁ。大丈夫そうだ」


 こちらの問いかけに、なんともスッキリしない表情のジョニーが答える。 

 おそらく、現実と電脳空間での体の動きの差異に違和感を覚えているのだろう。

 初めてのフルダイブではよくある事だ。


「行きましょう。この家の中にファラリスの記憶があります」


 レイはもう一度、薄汚いあばら家を見据えた。


「あぁ……待ってろよ。ファラリス」


 レイの視線を追うように、ジョニーもあばら家に目を向けた。

 彼の不安げな瞳は、自分と同様の感想を物語っていた。

 こんなボロ屋に閉じ込められた少女の記憶……あまり楽しい予感はしない……と。


 それでもジョニーは意を決し、ドアノブに手を掛けた。

 するとそこには……


「お使いも満足にできねぇのか!この穀潰しがぁあああああ!」


 レイ達を出迎えたのは、濁声の中年オヤジの罵声。

 そして空の酒瓶が壁にぶつかって割れる音だった。


「うぅ……ごめん……なさい……うぅ……」


 瓶が投げつけられた玄関先には怯えてすすり泣く水色髪の痩せこけた少女がいた。

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