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第二百三十六話 ティアラの初陣

「キャハハハハハハ!お姫様?今なんて言った?このファラリス様をやっつける?」


 薄暗い月明かりが、返り血で赤く汚れた花柄のワンピースと、残忍に嘲笑う拷問狂の醜悪な顔を映し出す。


「スオロ!」

『ガッテンショウチ!』


 ティアラの呼びかけに背中にトンボのような六枚羽を生やした子供が、緊迫した現状とは場違いな陽気な声で応える。

 ティアラと最初に契約した精霊にして、最近土の中級精霊に昇格したスオロだ。


『これでも喰らえ!』


 スオロが威勢よく手を振ると、地面が巨大な蛇のようにうねり、無数の土のロープとなって、拷問狂に襲い掛かる。


「キャハハ!ノロマが!そんなので捕まるかよ!」


 拷問狂が高笑いしながら、右手の銀の刃を振り回す。

 途端、土のロープは粉微塵に切り裂かれ、元の土くれへと還る。


 レイのような技も洗練された動きも無い力任せの駄々っ子のような斬撃。

 だが、技術なんて必要が無いほど、拷問狂の身体能力は圧倒的だった。


「まだまだ!フェネクス!」

『お任せあれ』


 次にティアラが呼びかけたのは、国葬の時もお世話になった炎の鳥フェネクス。

 火の中級精霊は女性歌手のような美しい声で応じつつ、その真っ赤な翼から炎の羽ばたきを拷問狂に放つ。


「キャハハ!バッカじゃねぇの?そんな温い風がギラニウム装甲製の私に通じるかよ!」


 血に汚れたワンピースが焼かれ、メラメラと火だるまになりながら、それでも拷問狂は醜悪に嗤った。

 殊更、ティアラに己の無力を叩き込むかのように……


「まだよ!エアリアル!」

『オッケ~、マスター♪』


 ティアラの呼びかけに、夜の踊り子のようなひらひらの透明な衣装を纏ったセクシーな妙齢の女性が応じる。

 風の中級精霊エアリアルは、踊るように風のスカートと羽衣を翻し、高濃度の酸素を拷問狂に投げつける。


「なっ!?」


 火だるまの拷問狂は小さく狼狽した。

 エアリアルが投げつけたのは、炎の燃焼に欠かせない酸素。

 炎は酸素と結びつく事で、激しく燃焼する。


 赤色だった炎が青色に変化し……そして爆音を轟かせた。


「これならどうかしら!」


 これはティアラが出せる最大火力の魔法だ。

 レイ曰く、この摂氏一万度の大爆発なら、ギラニウム装甲相手でもそれなりに打撃は与えられるとか……

 実際に拷問狂は爆風で吹き飛ばされ、炎に包まれた状態で地面を転がっていた。


「熱い……熱いよ~……お姉ちゃん、どこ?……熱いよ~……痛いよ~……助けてよ~」


 拷問狂の口からもだえ苦しむ()()()()()の声が漏れる。


「ファラリスちゃん!」


 ティアラはハッと叫んだ。

 ファラリスが正気を取り戻した?

 ティアラは精霊の炎を消し、慌てて少女に駆け寄った。


「ファラリスちゃん!しっかり!」


 ティアラがぐったりとした少女を抱きかかえようと(ひざまず)いた、その時……


「残念でした~~~。脳みそお花畑のバカひめさま~~」


 服を焼かれ一糸纏わぬ姿になった拷問狂が、その幼くも美しい肢体とは真逆の醜く歪んだ大人の顔でティアラに飛びつく。


「ぐぅっ!」


 ティアラの白く細い首に、馬乗りになった拷問狂が手を掛ける。

 灼熱の手のひら、万力のような握力、気管が焼かれ潰される感触。

 ティアラのアメジストの紫瞳にじわりと涙が浮かんだ。

 痛い、熱い、苦しい、息ができない…………悔しい。


「キャハハ!泣いてやがる!そんなに嬉しいか!慈悲深いファラリス様がすぐ死なないように手加減してあげているのが!」

「…………」


 悔しい……ファラリスの名前を(かた)る悪魔のツラが目の前にあるのに、ビンタの一発も叩き込めない無力な自分が……


「どう?カワイイファラリスちゃんの胸の中で死ねて嬉しいか?でもザンネン。お前はこんなところでやすやすとは死なせない」


 悪魔がニヤリと嗤い言葉を紡ぐ。


「これからお前はお持ち帰りされて、八意のペットとして調教されるんだ。私がされたみたいにグチョグチョに凌辱されて、体中いじくり回されて、生まれてきた事を後悔するような恥辱と苦痛にもだえ苦しんで、世界の全てを呪いながら死ぬんだ!」


 ティアラは消えそうな意識の中、奇妙な感覚に囚われた。

 悪魔の言葉が泣いている子供の声に聞こえた。


「私はお前を許さない!生まれた瞬間から何もかも持っていて、みんなから蝶よ花よと持て囃されて……その癖、薄汚いガキンチョを見掛けたら、可哀そう可哀そうって駆け寄って!

 お前のような偽善者を見ると虫唾が走るんだよ!最初から持っている物をひとかけら恵んであげて善人気取りか!惨めな私を見下して悦に浸りやがって!普段は私の事なんて路傍の石とすら思っていない癖に!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!」


 拷問狂の手の力がどんどん強くなる。


 苦しい……けど、それ以上に心が痛い。


 これまでファラリスと過ごした数日間は偽りだったのか?

 ファラリスはずっと自分の事を憎んでいたのか?


 苦しくて、悔しくて、悲しくて、ただただ涙が止まらなかった。


「……お姉ちゃんを……イジ……メるな……」


 不意に聴き慣れた声がティアラの耳を突く。

 それと同時に万力のように首を絞めていた拷問狂の力が消えた。


「なんだ!?左手が勝手に!」

「お姉ちゃんを……イジメるな!」


 呼吸が一気に蘇る。

 ティアラは新鮮な空気を求めて咳き込みながら、目の前の異様な光景に混乱した。


 ()()()()()の左手が()()()の首を絞めていた。


「お姉ちゃん!逃げて!」

「チッ!私に全てを押し付けた臆病者の癖に!」


 少女の口からファラリスと拷問狂の声が同時に響く。

 二重人格……少女の身体には二人の人間が存在した。


 そして、ファラリスは拷問狂と必死に戦っている。


「アァ!ウザったい!役立たずの分際で!」


 拷問狂が右腕を銀の刃に変え、左腕を切り落とす。


「うぅ……痛いよ~。死ぬほど痛いよ~。八意のクソ野郎。痛覚センサーのオンオフ機能くらい付けとけよ~」


 ボロボロと琥珀色の瞳から涙を零しながら、拷問狂が怨嗟の言葉をティアラにぶつける。

 少女からファラリスの気配が消えた。

 左腕が切り離された事で、ファラリスもいなくなってしまったのか?


「もう任務なんてどうでもいいや。これからお前は私のオモチャだ。肉体的にも、精神的にもグチョグチョにして、ボロ雑巾みたいになるまで遊び尽くしてやる!」


 怒り狂った拷問狂が銀の刃と化した右腕を振り上げた。

 絶望で呆然とするティアラの瞳には、刃に反射する眩い光だけが映った。

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