第二百三十五話 ファラリス?
一方、レイとの会話を終えたティアラは……
「あのノンデリ朴念仁……ホント最低……人の気も知らないで……」
怒りに肩を震わせていた。
自分だって、男の家にノコノコついていくのは危ない事だと分かっている。
でも選りにも選って、ウィリアムの事を引き合いに出すなんて……
「ホント……最低……」
ティアラは唇を噛み、苦々しく呟いた。
果たして最低なのは誰なのか?
レイは確かにノンデリだが、言っている事は正論だ。
ティアラはウィリアムという相手がいながら、レイに二心を持つ自分に自己嫌悪を抱いていた。
責任と恋慕……自分はどうすれば…………
「どうしたの?お姉ちゃん?顔色悪いよ」
沈み込むティアラの瞳を、ファラリスの琥珀色の瞳が心配そうに覗き込む。
「ううん、何でもないよ。男の人の家って初めてだから不安なのかな?」
ティアラは思考を無理やり打ち切り、ジョニーに目配せしながら冗談めかしに応じる。
「おいおい、疑ってんのか?こう見えて俺は美人には紳士的なんだぜ」
「さぁ~、どうだか?おじさんって女なら誰でもよさそうだし」
「お・に・い・さんだ!どこで覚えた!そんな言葉!」
すまし顔でティアラに応じたジョニーも、ファラリスの心無い誹謗中傷にはタジタジだ。
いや、これだけ過剰反応をすると言う事は心当たりありなのか?
「ティオさん?もしかして疑ってる?」
「いえいえ、そんな事は……」
「うわぁ!ヒッデェ~!絶対疑ってるよ、この子!」
ジョニーがオーバーリアクションで絶望の声を上げる。
ついさっき、悪漢を追い払った気障で少しかっこよかった男は何処へやら。
愉快なジョニーにクスリと笑いが込み上げる。
「おじさんって、ホントに二枚目半だよね」
「おにいさんだ!いい加減覚えろ!この鳥頭!」
滑稽なやり取りをするティアラとジョニーに、呆れ顔で肩を竦めるファラリス。
ジョニーもこれには少し傷ついたようだ。
涙目で情けなく抗議の声を上げる。
「……」
……異変は不意に訪れた。
ファラリスの琥珀色の瞳が、虚ろにジョニーを覗き込む。
「おい?チビファラリス?どうした?」
ファラリスの変調に気付いたジョニーが膝を屈め、ファラリスの瞳を覗き返す。
「おにいさん……ダレ?」
「はっ!?」
ファラリスの口元がニヤリと歪な笑みを浮かべる。
その歪んだ表情は今までの無垢な少女とはまるで別人。
いきなりの豹変にティアラもジョニーも脳みそが追い付かない。
「あぁ……アイツが……アイツが来る!ティオお姉ちゃん!おじさん!逃げてぇえええええええええ!」
ファラリスが怯えた泣き顔で、両手で頭を抱え蹲る。
この瞬間、ティアラは得体の知れない恐怖に襲われた。
ファラリスが口にしたアイツとは……
「おい!ファラリス!どうした!しっかりしろ!」
ジョニーが慌てて、ファラリスの肩を揺さぶる。
「ダメ!ジョニーさん!ファラリスから離れて!!」
ティアラは必死にジョニーに手を伸ばした。
このままだと、ジョニーがアイツに……
「ちょっとオジサン?イカ臭ぇ手で私に触れんじゃねぇよ」
ファラリスの口から、妖艶で底冷えするような悍ましい声が漏れる。
そして……
「ぐふっ……ファ……ラ……」
呻き声を上げるジョニーの左わき腹と背中が深紅に染まる。
真っ赤な血の華の根元には鋭利な刃。
いつの間にか右腕から銀色の刃を生やしたファラリスが、ジョニーの腹を貫いた。
ジョニーがトレンチコートを真っ赤に染めながら、自ら作った血の海に溺れる。
「ファラリス……なの?」
ティアラは目の前で繰り広げられる凄惨な光景に心が追い付かずにいた。
ただ一つ分かる事……目の前のアイツは、今まで一緒に過ごしていたファラリスじゃない。
アイツは……
「拷問狂……ファラリス」
拷問狂が震えるティアラを見上げながら、ニヤリと醜悪に嗤う。
「ご明察。おバカな女王陛下」
拷問狂が血で真っ赤に染まった右腕をペロリと舐めながら、こちらを一瞥する。
「あの臆病者の虫けらも少しは役に立ったわね。まさかお姫様を一本釣りするなんてねぇ~。キャハハハハハハァアアアアアアアアア」
狂乱する拷問狂に、ティアラは……
「……訂正なさい」
静かに吠えた。
「ハッ?ナニを?」
拷問狂が耳に手をかざし、小馬鹿にしたような声で聞き返す。
「訂正なさい!あの子は虫けらなんかじゃない!」
ティアラは咆哮した。
ファラリスを侮辱された事に……ファラリスにジョニーを傷付けさせた事に……腹の底からグツグツとマグマが吹き上がるような、激しい怒りに駆られた。
「お前だけはワタシがやっつける!みんな!力を貸して!」
ティアラの全身が眩い光を放つ。
憤怒と共に三体の契約精霊を召喚。
祈祷師の少女の背後には羽の生えた子供、炎の鳥、風の衣をまとった妖艶な踊り子。
ティアラは真っ直ぐな決意の瞳で拷問狂を見据えた。
ジョニーを救い、ファラリスを取り返す為に……




