第二百三十四話 心配性の近衛騎士
ティアラがジョニーと接触している頃。
月明かりが仄かに差し込む客室。
レイは座禅するかのように目を瞑り、意識をレーダー魔法に集中していた。
(ふぅ~……アス。エカチェリーナの追跡は?)
(ユルゲンの東に潜んでいた潜水艦にて、オールドラント大陸から脱出した模様。目的地はフィーナル大陸と推測)
(本拠地まで追えるか?)
(潜水艦はシーサーペントと同型と推測。この型の潜水艦にはジャマー機能が搭載されている為、距離を取られた場合、正確な位置を判別するのは困難)
(チッ!またシーサーペントか……)
レイはアスの解析結果を聞きながら、心の中で舌打ちした。
タイムスリップ前に、一番苦戦した空の悪魔は間違いなくシーサーペントだ。
あの時生き延びられたのは運が良かった事と、ガ=デレクがこちらを舐めてくれたおかげだった。
また戦えと言われれば勝つつもりだが、正直、トワ達の助けが無い現状では余り相手にしたくない。
水中に隠れられて、艦載機で人質でも取られたら目も当てられない。
(マスターレイ。そちらの結果は?)
レイの思考が横道に逸れそうになったところに、アスが軌道修正。
シーサーペントの事を頭の隅に追いやり、直近の問題に目を向ける。
(足を引っ張る者の所在については全て把握した。どうやら足を引っ張る者には生物の思考を鈍らせる装置の他に、偵察機の役割も果たしているようだ。それに加えて、動力として核エネルギーを使っている……つまり攻撃した途端、熱核兵器に様変わりだ。全く忌々しい)
レイはここにいない八意に悪態をつきながら、奇妙な感覚に襲われていた。
本来、情報収集はアスの役目。
魔法での索敵の方が、アスの機械的なレーダーより傍受されにくいので、ユルゲン内部はレイが担当しているが、これでは役割があべこべだ。
(マスターレイ。情報を解析したいですので、データを送って頂けますか?)
(分かった)
レイは出掛かったため息を引っ込めながら、頭の中でメールを送るイメージで、アスにデータを送信した。
それから間もなく……
(解析完了。足を引っ張る者は思考妨害用電波と偵察用電波とは別に、ユルゲンのとある箇所に特殊な電波を送っているようです)
(とある箇所とは?)
アスの解析結果に、レイは訝しげに問いかけた。
はっきりしない物言いがアスらしくない。
(マスターレイ……送信先はファラリスです)
(ファラリスか……)
レイは首を傾げた。
空の悪魔であるファラリスと足を引っ張る者が連携していても、何もおかしい事は無い。
何故、アスが言い淀むのかが分からない。
(ファラリスはユルゲンで発生している数百倍強力な足を引っ張る者を受けています。端的に言えば、急速に記憶が奪われております)
「はぁ!?」
レイは思わず間抜けな声を漏らした。
八意は何故、わざわざ味方の記憶を奪うのか?
あまりの不可解さに開いた口が塞がらない。
いや……あの男を理解しようなんて言うのがそもそもの間違いなのだが……
(今の内ファラリスを破壊しておくか……)
(非推奨。ファラリスの破壊は足を引っ張る者の自爆に直結)
(チッ!やはりか……)
レイは予想していた答えに歯噛みした。
レイはファラリスについて、ある疑問を持っていた。
空の悪魔の中では極めて戦闘能力が低いと思われるファラリスを、前回の周藤嶺が取り逃した理由だ。
ファラリスはサイボーグ。
自爆装置や他の兵器との連結等も容易。
今回のギミックを前回も使っていたと考えれば納得がいく。
(ファラリスは今どうしている?)
(ティアラ様とジョニーと共にいます)
(ジョニー?)
レイはわけが分からず、盛大に首を傾げる。
(どうやら偶然遭遇したようです。今、ティアラ様の通信機からのデータを表示します)
アスの声と共に、レイの脳内に大通りを歩くテンガロンハット男と、仲睦まじく手をつなぐ水色髪の美少女の姿が浮かび上がる。
ティアラのプラチナネックレスに内蔵された通信機からの映像だ。
『訳アリってわけか。分かった。俺の隠れ家に案内しよう』
ティアラの通信機が、苦々しく呟くジョニーの声を拾う。
(アス……いつでもジョニーを射殺できるように準備しておけ)
(マスターレイ……不要な心配かと)
(アス……やれ)
(……了解)
ティアラの身を案じるレイに返ってきたのは、アスの呆れた返事。
レイは危機感の足りない相棒に内心憤りながら、マスター権限を行使した。
『……レイやウィリアムに知られたら怒られそうね』
ポツリと呟くティアラの声がレイの耳に届く。
(全くだ。君は少し危機感が足りなさすぎる)
『ひゃあ!』
レイの諫言にティアラが素っ頓狂な声を上げる。
映像は無くても慌てふためいているのがありありと伝わってくる。
『ティオさん?どうかしたのか?』
『ううん……何でもない。ちょっとゴキブリがいただけだから』
『えっ?ゴキブリ?お姉ちゃんゴキブリ苦手だったっけ?』
『うん……昔から虫はちょっとね……』
『……そうかい』
大声を上げた事で、怪訝な顔をしたジョニーと、不思議そうにコクリと首を傾げるファラリスが、ティアラの方ににじり寄る。
あたふたとしながら、彼らに弁明するティアラには申し訳なく思いつつ、レイはクスリと笑う。
(レイ!全部あなたのせいだからね!)
そして案の定ティアラからのカミナリがレイに落ちる。
通信を繋ぎっぱなしなのは周知の事実だから、いい加減慣れて欲しいモノだ。
(いったい何の用よ!いきなり!)
ティアラが怒りに任せて、レイの脳内に捲し立てる。
これは憤怒と羞恥心が混じった時の、割と尾を引く怒り方だ。
(すまない。非常事態だったから焦っていた。ジョニーはいつでも撃ち殺せるから安心しろ)
(どこを安心しろっていうのよ!このアンポンタン!!)
素直に謝罪したが、返ってきたのは罵声だった。
本気で顔を真っ赤にしているティアラが、瞼の裏に思い浮かび、レイは顔を蒼くした。
(ティアラ……君にはウィリアムという婚約者が……)
(それ以上言ったらぶっ飛ばすわよ!)
ティアラは博愛精神でジョニーを庇っているが、自身の危険に気づいていないみたいだ。
レイが危機感の足りない護衛対象に苦言を呈すれば、爆弾のような怒声でカウンター。
文字通り直接脳に響く大音響に視界が揺れる。
(ティアラ。自分もこれからそちらに行く)
(エッ?駄目よ!ファラリスちゃんがいるんだから!)
(心配するな。見つかるようなヘマはしない)
レイは困惑するティアラとの会話を打ち切り、ホログラフで透明化した。
(アス、念のため消音装置と熱センサージャマーも起動しておいてくれ)
(了解)
完全に世界から姿を消したレイが、宿屋の窓から飛び降りる。
疾風となって、不用心な姫君の下に向かって……




