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第二百二十七話 あなたのいない世界を選べない

「ねぇ、アス?今、シュターデンはどうしてるの?」


 レイがノイマン達と接触していた頃と時を同じく。

 暗い宿屋の客室の隅っこで、寝間着姿のティアラが膝を抱えながら、レイから貰った通信機入りのプラチナネックレスに話しかけた。


(ティアラ様。音声での会話はファラリスひいては空の悪魔に聞かれる恐れがあるので非推奨)


 アスから返ってきたのはいつもの小言。

 一人きりにされて不安になった心に平坦な声が突き刺さる。


(……こんな時でも口うるさいのね。ホント主従そっくり)

(ティアラ。アスは自分の相棒だ)

「ひゃあ!」


 口を尖らせながら頭の中で愚痴を零すティアラに、平坦なレイの声が不意打ちする。

 ビックリして思わず素っ頓狂な声を出してしまったが、これは絶対にレイが悪い。


(ちょっと!いきなり声を掛けないでよ!ビックリするじゃない!)


 ティアラは頭の中でレイを怒鳴りつけた。

 小さな怒りと大きな安心感を吐き出すように。


(ティアラ、何をそんなに怒っている?お互いの状況が分かるように、随時通信状態にすると説明しただろう?)

(分かってるわよ!そんな事!)


 ティアラは無神経な質問に、再び頭の中で怒鳴った。

 さっきまでのティアラは不安だった。


(ねぇ、レイ?もしかして怒ってない?)

(……かもしれない)


 ティアラは朝一番、レイを罵る()()をした。

 勿論、目的があっての事だし、レイもその事を分かっている。

 だが、実際に絶交なんて言われれば、演技でもショックだろう。

 レイが自分の言葉を真に受けていないか、ティアラは心配で仕方なかった。


(多分、自分は怒っている。君がした無茶な提案に)


 だが、レイはティアラが思っていたのと別の理由で怒っていた。


(君自身がファラリスを油断させる為のエサになろうだなんて)


 レイの怒りを押し殺したような声が脳内に響く。

 思えば、彼に本気で怒られるのは今回が初めてかもしれない。


(分かってる。でも空の悪魔を引きずり出す一番手っ取り早い方法だと思ったから)


 ティアラの声が弱々しくなる。

 本気で心配してくれるレイへの申し訳なさからだ。


 ティアラは自分の隣ですやすやと眠るファラリスに視線を落としながら、昨晩のレイとのやり取りを思い出した。


 ティアラはあらかじめファラリスが何者で、できれば監視したいというレイの意向を聞いていた。

 正直レイの言葉には今でも半信半疑だ。

 布団の中で無垢な笑顔を浮かべて眠るあどけない少女が、拷問を趣味にする外道だなんて想像もつかない。


 今日一日彼女を観察したが、常に気弱で何かに怯えている事以外は普通の少女だった。

 彼女が空の悪魔に虐待を受けて、周囲を怖がるようになったというなら納得もできる。


 だが、嬉々として人を苦しめるような子には見えない。

 レイのいた未来のファラリスと今のファラリスは別物ではないか?

 それがティアラの見解だった。


 その事を素直にレイに伝えると……


(そうかもしれないな)


 平坦な声の返答は意外にも肯定だった。

 どうやってレイを説得しようかと考えていたティアラは、肩透かしを食らった気分だった。


(ティアラ……もし未来が……いや、何でもない)


 レイが何かを言おうとして辞めた。

 重々しい口調から、彼の葛藤を感じた。

 レイはきっと……


(ねぇ、レイ?未来を変えるのって怖い?)


 ティアラは思った。

 レイは自分の知っている未来を変える事を怖がっている。

 彼とはおよそ四ヶ月の付き合いだが、人生の中で最も濃密な時間を一緒に過ごした仲だ。

 彼の悩みそうなことはだいたい分かる。


 彼は自分の知っているファラリスと全く別人のファラリスを見て、変化を恐れているのだ。

 彼の知る未来には、彼の大切な人達がいるから……


(あぁ、怖いよ。自分の選択一つで、トワが、クオンさんが、アヤメさんが、ルミナスのみんながいなくなるかもしれない)


 レイの震える声がティアラの頭の中をいっぱいに埋め尽くした。

 初めてだった。

 レイが初めて弱音を口にした。


(でも逆に救う事もできる()()()()()()。自分はそれが堪らなく怖い)


 ティアラはレイの本音を黙って聞いた。

 両親を失ってすぐ、泣きじゃくる自身の言葉を黙って聞いてくれた不器用な彼のように……


(今のレイ=シュートは無数の周藤嶺の屍の下に成り立っている。今までの周藤嶺は全員失敗している。もしかしたら正解なんて無いのかもしれない。在りもしない救いを求めて永遠にループするかもしれない事が……どうしようもなく怖い)


 レイの言っている意味はサッパリ分からなかった。

 でも現状を変えたい気持ちと、これ以上状況が悪化する恐怖との板挟みになっている事は理解できた。


 自分だってもし過去を変えられたら……と常に思っている。

 魔法の力を持ったまま過去に行ってお父様とお母様を救えたなら……


 でも……


(レイ……ワタシ、あなたに会えて良かったと思ってるわ)


 両親を救った世界にはきっとレイはいない。

 根拠は無いけど分かる。


(ワタシはあなたのいない世界を選べない)


 ティアラは誰に言うわけでも無く、頭の中だけで呟いた。

 きっとこの声はレイとアスには聞こえているのだろう。

 でも呟かずにはいられなかった。


 ティアラは隣で眠るファラリスの細くしなやかな水色の髪をそっと撫でながら、言葉を続けた。


(レイ、一緒に探しましょう。あなたにとって一番の未来を……みんなが幸せになれる未来を……)


 レイは残忍な()()()を未来の為に生かすか、この場で殺して禍根を断つか、それともあどけない少女の命と心を守るか……英雄シュターデンは俯瞰した場所で悩み苦しんでいる。


 だから彼に必要なのだ。

 英雄(シュターデン)(レイ)に引きずり下ろす誰かが……


(ありがとう。君に会えて良かった)


 レイの声が少し笑っているように聞こえた。


(ファラリスの様子はこちらでもモニタリングしている。君の事だから、止めろと言っても聞かないだろう。もう止めはしないが無茶だけはするなよ)


 レイの口調はいつもと同じ淡々としたモノのようで、でも少し柔らかかった。


「うん、分かってる」


 ティアラは口元を緩ませながら()()()

 そして布団に潜り込み、ファラリスのひんやりとした体温を感じながら思考した。


 目の前のいたいけな少女と、今もこの街の為に奔走している不愛想な(レイ)が同時に幸せになれる方法を……

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