表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
230/317

第二百二十六話 ノイマン会

「ノイマンさん、客人だ。入ってもいいか?」


 薄暗い部屋の奥にある古びた扉をジョニーがコンコンとノックした。


「おう!開いてるから勝手に入れ!」


 扉の奥からドスの効いた野太い壮年男性の声。

 不機嫌そうな声に、ジョニーが肩を竦める。


「すまねぇな。最近、面倒事が多すぎて不機嫌なんだ」

「いえ、お気遣いなく」

「おい!ジョニー!うだうだ言ってねぇで、さっさと客人案内しねぇか!」


 ジョニーがコソコソと愚痴を零すと、部屋の中から怒声が響く。

 どうやらノイマンは地獄耳らしい。

 カミナリを落とされたジョニーは、これ以上機嫌を損ねまいと、慌てて扉を開く。


「ノイマンさん、こちらが客人だ」


 ジョニーがレイの背中を押し、部屋の奥に押し込む。

 躓きそうになるのを堪えながら、視線を前に向けると、右目に大きな刀傷と眼帯を付けた鋭い目つきの男。

 頬は痩せこけ、身体は骨と皮だけなのに、常人離れした圧力(プレッシャー)は百戦錬磨の強者のそれだ。

 圧倒的強者の気配にレイは思わず息を呑む。


「おいおい、ジョニー。何の冗談だ。よりにもよって大魔法使い様だぁ~」


 レイの顔を見た途端、痩せぎすの猛者の表情がこれでもかという程歪む。


「自分の事をご存じなのですか?」

「ったりめぇだろうが!テメェはテメェ自身の事を何だと思ってやがんだ!」


 レイが控えめに尋ねてみれば、返ってきたのはドスの効いた声。

 呆れ顔のノイマンが、癖の付いた白髪混じりの長い黒髪を乱暴に掻きむしりながら、言葉を続ける。


「まさか国の命運を握る怪物が俺の前にのこのこと現れるとはな……」

「怪物……ですか……」


 こちらの正体を知りつつ、物怖じしないノイマンの胆力と物言いに、レイは僅かに怯む。

 ノイマンの言う通り、自分は一般人から見たらバケモノだ。

 この男に恐怖は無いのだろうか?


「もしかして気を悪くしたか?いいや、するわけねぇよな~。なんせテメェはお姫様に惚れたって理由だけで、空の悪魔に喧嘩売る大馬鹿な童貞野郎だからよぉ~」

「…………」


 カラカラと愉快そうに笑うノイマンを、レイは不貞腐れた表情(かお)で睨みつけた。

 童貞で悪いか……こちとら軍務だけの十代を生きていて、色恋沙汰はさっぱりなのだ。


「ちょっ!ノイマンさん……いきなり客人煽って、どういうつもりですか?」

「そうでございますよ!もしシュターデン殿がお気を悪くされたら……」


 不敵な態度を崩さないボスに、今まで背景に徹していた呆れ顔のジョニーと慌てた様子のパトリックが苦言を呈する。

 だが、ノイマンはクツクツと笑うばかり。


「なぁ、シュターデン?なんでこんな舐め腐った態度のクソオヤジをさっさと始末しねぇ?その気になれば、俺なんて瞬きする間すら与えずぶっ殺せるのによぉ」

「何故そんな事をする必要があるのですか?」


 頬杖をついてニマニマと意味深な笑みを浮かべるノイマンに、レイはムッとしながら答えた。

 この男は自分を野蛮人か癇癪持ちか暴君か何かと勘違いしているのだろうか?

 レイの不機嫌な声にノイマンが笑みを深めた。


「シュターデン、俺は国葬にも参列しててな。その時の名前はワイアット=レンゲル子爵。一応ワイマール伯爵の従兄弟だし、貴族としての身分も持ってんだぜ」


 そう告げると同時に、ノイマンから不敵な笑みが消え、左目だけの真剣な眼差しがレイを見据える。


「シュターデン殿。貴殿の事は色々と調べさせてもらった。貴殿の為人はよく分かっているつもりだ。どうか頼む!従兄弟の仇を取る為に力を貸してくれ!」


 ノイマンが机に両手をつき、深々と頭を下げた。


「分かりました。まずはお互い情報交換をしましょう」

「……恩に着る」


 レイはノイマンの言葉を快諾した。

 こちらからしてみれば、本来の目的が何の交渉も無く達成されたのだ。

 断る理由はどこにも無い。


 ノイマンが感謝の言葉と共に頭を上げる。

 その表情(かお)には安堵と決意。


「では、自分が知っている情報から……」


 レイはヒョードル代官が無実であること、エクスト社がヒョードルの名を騙り悪事を犯している事、空の悪魔が上空からユルゲンの街を監視している事を話した。

 但し、ティアラとファラリスの所在については秘密だ。

 二人の情報は絶対に空の悪魔に漏れてはならない。

 秘密は持っている人間が多くなるほど、漏洩する可能性も高くなるし、彼らが空の悪魔に捕まり、拷問を受ければ話さないとも限らない。


「……自分の方からは以上です。そちらの情報をお聞きしても?」

「あぁ、勿論だ……」


 ノイマンは軽く頭を下げた後に言葉を紡ぐ。


「まず、前領主ワイマールを殺したのはエクスト社だ。あれは王都襲撃の一ヶ月後くらいだったか……従兄弟(ワイマール)は空の悪魔がワイマール領に侵入したと知り、その事を王都に知らせようと馬を走らせた。その動きを察知した空の悪魔がエクスト社をけしかけたってのが俺らの見解だ」

「空の悪魔がわざわざワイマール領に入り込んだ理由はなんだと思いますか?」


 苦々しい表情を浮かべるノイマンに、レイが努めて冷静に問いかけた。


「おそらく安定的な物資の確保だろう。空の悪魔は俺らの想像もつかない高度な技術を持っているようだが、それを維持するには大量の物資が必要だ。金と物資の流れを洗ってみたところ、エクスト社が大量の物資をどこかに流している事が判明した」

「それが空の悪魔だと?」

「あくまでも推測だが、まず間違いないだろう。特に食料が大量に流れている事から、空の悪魔は兵士を養う食料に苦労しているようだ。どう考えても狩猟や農業をしているとは思えねぇしな……ったく!奴らの買い占めのせいでユルゲンの経済はめちゃくちゃだ」


 ノイマンの言葉にレイは小さく頷いた。

 彼の推測はおそらく正しいだろう。


 空の悪魔の兵力はクローン兵も合わせれば、優に一万を超える。

 それらの兵站を賄うには、それ相応の物資が必要だ。


 古今東西飢えた軍隊が勝った試しは無い。

 略奪だけで物資を確保するのも限界があるだろうし、貿易港であるユルゲンを支配しようとするのはある意味必然なのかもしれない。


「それからこれは未確定の情報だが、この街のならず者が謎の失踪を遂げているとか。まぁ、行方不明になるのがならず者だから、あまり騒ぎにはなっていないが」

「……空の悪魔のモルモット狩りでしょうか」

「モルモット狩り?」

「…………」


 レイの言葉にノイマンが首を傾げ、ジョニーが黙り込む。

 ジョニーはフィーナルからの逃亡者だから、モルモット狩りの意味を分かっているのだろう。

 その表情に苦虫を噛み潰したような苦悶と静かな怒りが浮かび上がる。

 眉間にしわを寄せるジョニーを気にしつつ、レイはモルモット狩りの内容と、敵の首魁八意森羅のドス黒い性質について説明した。


「……想像以上の腐れ外道だな。胸糞悪りぃ」

「だな。こりゃ、ますます負けられねぇな」

「そうでございますな」


 話を聞き終えたジョニー、ノイマン、パトリックが決意に満ちた目で宣言する。


「シュターデン。俺らにして欲しい事はあるか?」


 ノイマンが真っ直ぐな左目でレイに問いかける。


「差し当たってはヒョードル代官との関係を改善して下さい。行政の担当者である代官が自由に動けないのではエクスト社に対抗のしようがありません」

「そうだな。パトリック」


 ノイマンがレイの指示に頷きながら、パトリックに短く命令する。


「承知致しました」


 そしてパトリックが慇懃に礼を執り、部屋を後にした。

 これでヒョードルの件は解決するだろう。

 あと問題は……


「それからノイマンさん達にやって欲しい事があります……」


 レイは()()()提案をノイマンにした。


「……分かった。やってみよう」


 ノイマンが渋々といった体で応じる。


 ……この後、二、三お互いの行動方針をすり合わせてから、レイはノイマンの部屋を退室した。



「おい!シュ……クオン君。ちょっといいか?」


 ノイマンの隠れ家を出たレイの背中に、こちらを引き留めるジョニーの声。


「どうしましたか?」


 振り返って問いかけてみると、蝋燭に浮かぶ彼の顔はなんともバツが悪い表情だった。


「えっとな……実はお前さんと路地裏で会った時なんだが、俺様もちょっと人を探してたんだ?心当たりとか、ねぇかなってな」


 支え支えポツリと呟く彼の声は、こんな時に申し訳ない……という気持ちが滲み出ていた。


「どんな人ですか?」


 レイはできるだけ相手に負担を掛けないように、いつも通り平坦な声で聞き返す。


「悪りぃな……実は探しているのは女の子なんだ」

「女の子?こんな真夜中にですか?」


 レイは訝しげに首を傾げた。

 どう考えてもまともな女の子が出歩いていい時間ではない。


「あぁ、名前は知らねぇが多分ストリートチルドレンだろう。水色の綺麗な髪と琥珀色の瞳が印象的な美人な女の子だ」

「っ!!」


 瞑目しながら、女の子の容姿を口にするジョニーの声色は愛おしげだった。

 きっとジョニーはその女の子に好意を抱いているのだろう。


 それとは裏腹にレイの心中は穏やかでは無かった。

 ジョニーが口にした女の子は十中八九ファラリスだ。


「その少女とはどうやって知り合いましたか?」


 レイは動揺を隠しながら、ゆっくり問いかける。


「あぁ、十日前くらいだったかな?その子が悪漢に襲われているのを助けた。その時、手に持っていたサンドイッチを渡したらすっかり懐かれちまってな……昨日から会えてないから心配でな」


 最初は楽しそうに語っていたジョニーだが、話が進むにつれ心配の表情が色濃くなる。


「なぁ、お前さん不思議な力があるんだろ?もしその子を見つけられるんだったら……」


 ジョニーが縋るような声でレイに懇願した。


「すみません。それだけの特徴では探しようが……」


 レイは苦々しい口調で嘘を吐いた。

 ジョニーにとって、ファラリスはか弱く可愛らしい少女であり、庇護対象なのだろう。


 だが、レイにとってはこの上ない危険因子だ。

 彼にファラリスの情報を渡すわけにはいかない。


「そっか……じゃあ、見掛けたらでいいから教えてくれよな……」

「……はい」


 肩を落とすジョニーにレイは力なく答えた。

 ファラリスを心配する彼の姿が、仲間とはぐれた自分と重なって映った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ