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覚書/四隅突出墓と前方後円墳
弥生時代に、方形、円形の周溝墓が築かれます。その末期・出雲王権において、四隅突出周溝墓が築かれ、王権首長連合メンバーズのプレゼンとして鳥取~福井県の豪族たちに広がりました。この伝統が次代の大和朝廷の前方後円墳に継承され、日本列島のほぼ全域に広がります。道教思想で前方後円墳の「方」は地皇を、「円」は天帝を意味します。両方を合わせて「天皇」となるわけです。「天皇」の語のもとになる「天王」は、中国・周代における国王の異称です。
四隅突出墓については、遺跡調査員経験のあるツィッター友の平中氏からご教示を戴き、その後、各資料を足して本文としました。
ノート20230511




