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もう一度妻をおとすレシピ 第11冊  作者: 奄美剣星(狼皮のスイーツマン)
覚書
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76/100

覚書/日本陶磁器について

YouTube動画を見ていたら、スゥエーデン王女が陶器を買うためお忍びで来日し、世界的注目を浴びているという内容。その中で、日本の陶磁器技術を関東大震災のどさくさに紛れて、中国が盗んでブランド化したというものがありました。――これは言い過ぎ。


               ***


日本陶器は中国陶器を模倣した、古代の奈良三彩、緑釉が出発点。磁器は16C末の秀吉による朝鮮出兵時に、九州の大名家が、彼の地で冷遇されていた陶工を士分で誘致したのが始まり。 古代・中世の庶民は須恵器系・土師器系の土器を使用。中世日本海沿岸の都市遺跡では、朝鮮磁器が多量出土し、レアものとして中国製磁器が出土します。 近世になり、日本唐津(有田)の陶磁器類は、中国景徳鎮と覇を競い合えるようになりました。一進一退。他方で、朝鮮の陶磁器は停滞します。日本の都市遺跡出土陶磁器は、ほぼ日本製で占められるようになります。


                                ノート20230511


――追記――


瓷器(しき);@Sweetsman7·2018年8月28日

奈良・平安時代の施釉した陶器を瓷器(しき)と呼ぶ。うち、稲藁を焼いて得た灰を水で溶いて器面に塗ったものを灰釉という。中国の白磁を意識してつくったらしく白瓷(しらし)と呼ぶ(1図)。対して、中国の青磁を意識してつくった緑釉陶器を青瓷(あおし)と呼ぶ。鉛釉を器面に塗っている(2図)。

挿絵(By みてみん)

1図 


挿絵(By みてみん)

2図 


山茶碗(やまじゃわん);@Sweetsman7·2018年8月29日

尾張・美濃・三河・尾張は、古代以来、陶器の一大生産拠点であった。うち、そこで、中世につくられた陶器を山茶碗と呼ぶ。山中を散策した人が、偶然に古窯跡に至り、焼成に失敗し遺棄された陶器を見つけるからだ。当時の陶器には、施釉されたものと、無釉のものとがある。3図は無釉陶器。

挿絵(By みてみん)

3図 


各挿図/(C)奄美

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