覚書/ブス姫様の婿語り(ペット豚のお店、その後)
こんな夢を見た――
先の戦の御手柄で、赤井の旦那様は、田村の殿様から、一五貫加増との沙汰があった。一五貫というのは銅貨一万五千枚相当の収益をもたらす耕作地を意味する。石高にすれば三〇石で漏れなく、三、四戸の隷属民がつく。
赤井様の新領民となった、「山影」という屋号の家の三男坊である私・ホムラは、口減らしのため、新しい御領主・赤井様の下男にやられた。
田村の殿様が、隣国と戦をすることになった。殿様の家臣である赤井の旦那様は、手勢二〇名を率いて参陣した。飯綱神社で、本隊に合流する手筈となっている。赤井様の下男である私は、雑兵として参加した。旦那様を真ん中に、先輩の足軽・雑兵たちが行く。私は列の一番後ろ、中刀一振りを貸し与えられ、糧秣の雑穀袋を背負わせた牛の手綱を引いていた。
先輩である足軽の井上さんが、私に声をかけてきた。
「旦那様には、姫様が二人おられるのを存じておろう。一ノ姫様は見目麗しく、『殿様のご側室にどうか?』って話がもちかけられているくらいだ。――問題は二ノ姫様だ。どこのお家からも嫁の誘いのない、三国一の醜女ときている。俺ら家来どもの誰かに、押し付けなさろうとしているって噂がある。まったく、ドン引きだぜ。――なあホムラ、一つ二つ敵の首級をとって来いよ。そしたら足軽に出世だ。そんな感じで、二、三の小競り合いに行くんだ。そしたらおまえは、旦那様の覚えめでたく、二ノ姫様をおまえの妻にくれてやるってことになるぜ。生き残ればの話しだがな」
故郷の村は、田村の殿様のご領地となっていて、殿様や赤井の旦那様を始めとする数人の武士が土地を分割していた。
旦那様の娘二人のうち、一ノ姫様は評判の美少女だったが、二ノ姫様は、口に乗せるのもはばかられる残念な方だった。赤井様にお仕えすると、一ノ姫様は家中の皆から愛され、私も何かと親切にされて嬉しく思ったものだった。比べて二ノ姫様ときたら奥座敷に引きこもり、絵物語ばかり眺めては一日をお過ごしになり、出てこようとなさらない。ヲタクだ。
井上さんが、私を冷やかすと、旦那様に呼ばれて、隊伍の真ん中に走って行った。
井上さんが行くと、牛の向こう側にいた乞食坊主がこっちへ回り込んできた。
「なあ、ホムラ、おまえ『アレ』が見えるんじゃろ? でも、相手にしちゃいけないぜ。相手にするとしつっこくからんでくる。一生知らんぷりを通せ」
乞食坊主は、次元坊と名乗っていた。
次元坊が言う「アレ」というのは、さっきから旦那様の列に付きまとっている物ノ怪ども。幽鬼というか妖怪というか、要は普通の人間が目にすることのない精霊たちのことだ。牛の積荷の上の小鬼が、私に声をかけてきた。
「なあ、小倅、片手にいいものを持っているだろう? うまそうだ、俺にくれないか?」
小鬼の言うように、私の手の中でモゾモゾ動くものがいる。小動物だ。
※ ※ ※
――寝室にいた私は目が覚めて、半身を起こした。
シルバー文鳥のカノンをかまっていて寝落ちしたのだ。カノンが、手の内に収まってヒョコヒョ動いている。
カノン――
行きつけのペットショップ店長が、ドヤ顔で、「手乗りシルバー文鳥四羽を入手したんですよと言った」
白文鳥や桜文鳥の手乗りはよくいるが、シルバー文鳥は珍しい。即刻一羽を戴くことにした。先輩のシルフィーの嫁にと思ったのだ。シルフィーもこの店で入手した。文鳥というのは元来、人間が好きで、成鳥を収めたゲージの蓋を開けておけば、部屋とゲージを往復し、数週間もすれば肩に乗り、そのうち手にも乗ってくる。勝手に手乗り化するものなのだ。――その話を店長にすると、
「そんなことはない。手乗り文鳥っていうのと、そうじゃない文鳥っていうのは、根本的に違うのですよ」
手乗り文鳥は、幼い雛時点で親から引き離し、飼育者が餌をやって、大きくなるまで、数か月間育ててやる。店主からすれば、シルフィーの件は、プライドを損ねるような話しだった。
自宅西側には里山があり、西日を遮ってくれる。遮るのはいいのだが、秋深まったころの午後三時にもなると、日陰にすっぽり収まってしまう。陽光に当たらないと体感温度は急激に落ちる。近所の年寄りがときたま脳卒中を起こす一因はこれであろう。
職場のある町にいたころの私は、日当たりのいいエアコン完備のアパート住まいだった。文鳥には比較的優しい環境である。ところが、母の面倒を見るため田舎に引っ込むと、環境一変、当時飼っていた白文鳥が病んだ。ペットクリニックに持って行って薬をもらい、例のペットショップでヒーターを購入し、一命をとりとめたが、体力が落ちて飛べなくなり、結局、一冬を越した初夏に亡くなった。
翌年、新たに手乗り白文鳥を飼ったが、それも、一年後に、同じ原因で亡くなった。
先輩シルバー文鳥シルフィーが不調になったとき、ゲージ用ヒーターを二機に増やし、ホームセンターで穴あきプラスチック板数枚を購入、箱形の蓋を作ってやり、ゲージに被せ、家庭用酸素バーのチューブを中に突っ込んで、酸素を送ってやった。
ペットショップの店主が、
「水槽に砂糖を混ぜてやるといいよ。それからね、小鳥用サプリ『カルビタ・バード』数滴をたらすのと、小松菜一枚を忘れずに」
と言うので、早速実行。甲斐あって、一命をとりとめた。
だが、ロクに飛べなくなくなった。飛べなくなると、人に構われるのも嫌になってくるらしい。手に乗せようとすると、死力を尽くしてあらぬ方向へ飛んで行き、天井やら壁やらにぶつかって床に落ちたものだ。
新たに入手した手乗りシルバー文鳥・カノンは、先輩のシルフィーが好きになったようで、彼のゲージの周りをうろついた。だが同じゲージに入れると駄目だ。シルフィーが気難しく攻撃してくるのだ。
文鳥は飼い主に馴れ易い反面、同族を敵視することが多い。つがいにしようとしても、相性がなかなか咬み合わない。――やっぱり駄目だった。しかもカノンは牡だった。幼鳥のころの文鳥の牡牝の見分けはほぼ無理である。カノンは、店主に無理をいって、牝の可能性が高い幼鳥を選別して貰って、持ち帰ったのだ。
※ ※ ※
初夏、ペットショップの店主が蜘蛛膜下出血で倒れた。以来、娘さんが、日・水・金だけ店を開けていた。九月七日の水曜日に、鳥サプリ「カルビタ・バード」が切れたので、店に行くとまた異変があった。狭い店内の棚にずらりと並んでいたペット、関連商品が、ほとんど姿を消していた。
「あ、ごめんなさい、品切れです。あれってこの辺のお店じゃ、なかなか手に入らないんだって。常連さんが残り五箱全部買って行っちゃいましてね」娘さんがそう言いつつ、レジ・カウンターに飾った、店主を写した小さな写真を収めた額を指さす。
「先日、父が亡くなったんです。入院中は、帰る場所として残しておこうと思っていたですが、土地代・維持費もかかりますし、残務処理をしたら、店は九月末に閉めるつもりです」
娘さんによると、店は三七年前に母親が始めたもので、常連客だった店主が見初めて一緒に経営するようになった。現在の場所に店を移したのは、三〇年くらい前のことだ。私は、まだ遠方で勤務していたころの二〇年くらい前から、帰省の度、文鳥やら餌を店で買うようになったが、腰を落ち着けるようになった一〇年くらい前からは、文鳥に関するすべての物資の大半を依存するようになっていた。
娘さんに、この店ができたばかりのころ、バスの窓から見えて気にかかったことを話すと、目を輝かしていた。
追伸
Amazonに注文していた鳥サプリが、昨日届いた。
ノート20220910




