読書/コナン・ドイル 著 シャーロック・ホームズ 『ボヘミアの醜聞』(短編)
ホームズは女性に対して親切だが、親切な行為はすべて騎士道精神からくる男のエゴだった。そんな上から目線の探偵をギャフンと言わせたのは、彼が「あのひと」と呼ぶ女優アイリーン・アドラーだ。
ワトソンは結婚し診療所を開業していたのだが、あるとき、ふと独身時代が懐かしくなってルームメイトだったホームズのアパートを訪ねて旧交を温めていると、ボヘミア国王が事件の依頼を持ち込んできた。――ボヘミア王国は架空の国で、当時同地方を領有していたのはオーストリア帝国であるから、ハプスブルク家当主をモデルとしているのであろう。――最初、国王は仮面を被って伯爵と名乗っていたが、ホームズはすぐに正体を見破った。
国王は言う。
皇太子だった彼は、五年前、女優アイリーン・アドラーと交際していたが、即位後、スカンディナヴィア王国――北欧三国のいずれかをモデルとする架空の君主国――王女と政略結婚することになった。当時の欧州は貴賤結婚を嫌っていた。そのため国王は邪魔になった女優を捨てた。
国王の婚約が決まると、女優は嫌がらせで、昔の恋人にツーショット写真を送り付けた。こんな醜聞を花嫁方に知られたら破談になる。――ビビった国王は、エージェントを派遣して、脅したり、家探しさせたりしたが、問題の写真を見つけられなかった。――ついに万策尽き、ホームズに仕事の依頼を持ち込んだというわけだ。
ホームズは、ツーショット写真回収の依頼を引き受けた。
まず探偵は辻馬車の御者に変装して情報収集。ゴドフリー・ノートンという弁護士が頻繁に女優の家を訪れていることを知る。どうやら弁護士は女優の恋人のようだ。変装したホームズが弁護士の後をつけていくと、教会にたどり着く。なんと、女優は弁護士と教会で結婚式を挙げるところだったのだ。しかも牧師が、通りかかったホームズを見つけると、立会人までさせてしまう。
ホームズは、新郎新婦が新婚旅行に出かけると予想。その前にワトソンと、ツーショット写真回収を成功させねばと思い立ち、一計を案じる。
花嫁の女優が教会から家へ戻って馬車から降りようとしたとき、道端で男達が喧嘩を始めた。男達の群れが女優をのみ込もうとしたとき、司祭に変装した探偵が庇って顔面を負傷。おびただしく血が流れる。さらに別の一団が喧嘩の仲裁に入ってこれを収め、女優に、あんたの家で司祭様を介抱して差し上げろというので、彼女は至極当然と同意した。そういうわけでホームズはまんまと女優の家に侵入することに成功した。
他方、ワトソンは、女優の家の外で待機していた。そしてホームズの合図を受けてで発炎筒を女優の家の窓へ放り込んだ。煙が上がる。そして野次馬達と一緒になって火事だと叫んだ。
刹那、女優は、ツーショット写真の隠し場所――玄関ドア上の壁に掛けられた額縁に――駆け寄ったので、仰向けに寝かされていた司祭姿のホームズの知るところなる。
実を言うと喧嘩をしだした男たちや野次馬たちは、ホームズが雇ったエキストラだった。
ツーショット写真のありかが判ったので、翌日、ホームズは、ボヘミア王を誘って女優の家に行くと、すでに花婿と新婚旅行に出発した後だった。写真の隠し場所には、別な写真――女優のプロマイド写真――と、書置き手紙があった。手紙を拡げてみると、ホームズと国王宛のメッセージがあった。
喧嘩・火事騒ぎのときは、一瞬、ホームズの術中にはまったものの、途中で図り事と気づき、こんな芸当ができるのは有名な探偵ホームズだけだと読んだ。そして、二人が家を訪れる前にロンドンを立ち退くこと、自分は結婚して幸せだから写真の悪用はしない。だが護身用として今後も手元においておくと書いてあった。
ホームズと国王は、してやられたとばかりに立ちすくむ。
国王は身分が釣り合っていれば、かの女優を王妃に迎えていたのにと嘆息した。そして、探偵への謝礼として、封土なり、あるいはそれに匹敵する価値をお持つ自らの指にはめたエメラルド指輪をホームズにやろうとするのだが、探偵は申し出を断り、女優が残していったプロマイド写真一枚を報酬として受け取るのみだった。
かくして女優の写真は、戒めとしてホームズの部屋に飾られ、探偵は女性蔑視の言動を控えるようになった。
――本作は、ポオの名探偵デュパン「ぬすまれた手紙」を発展させたオマージュとみていいだろう。
ノート20211116




