終章 1
ピクチャー協会支部の一室。ハワード支部長とクラーク教官が愁然とした様子で椅子に座っている。救難信号を頼りに、二人の元へジュリアが駆けつけた時、赤く血に染まった氷雪の地面にユリが倒れていた。
だが、デイジーの姿は何処にも見当たらない。ユリはすぐ病院に担ぎ込まれたが身体に異常はなく、間も無く意識を取り戻した。ユリから、事の次第を聞いたハワード達は驚愕した。
「まさか、デイジー君が禁術を用いてユリちゃんに命を分け与えていたなんて。しかし何故、彼は現場から姿を消したのでしょうか?」
首を絞めつけているネクタイを、ハワードが指で緩める。警察や軍による必死の捜査にも関わらず、チルア島で同時多発テロを起こした首謀者の素性や、関与した国などの情報は一切出てこなかった。
そしてテロリストからユリを庇い、瀕死の重傷を負ったとされるデイジーの姿も現場周辺から見つからないままだ。
「禁術は関しては、とにかく謎だらけじゃからな。だがユリの話を聞く限り、デイジーが生きている可能性は低い。彼の遺体が現場に無かったのは、術者が死んだ後に作用する、自己消滅プログラムか何かが働いたのかもしれん……」
クラークは、低くしゃがれた声で、ハワードの問いに答える。
「しかし腑に落ちないのは、ユリちゃんが描画具現した時にデイジーが現れた点です。実在し生きている彼が何故、瞬間移動でもするように彼女の元へ飛ばされたのか……」
ハワードは両手を組みながら、肘をテーブルに乗せた。
「それに関しては……わしの推測じゃが、ユリの思い描いた強烈なイメージが、デイジーという想い人を磁力のように引き寄せたのかも知れん。なにせ彼女は特級レベルの潜在能力を持ちおそらく特異体質も兼ね備えておるからな。逆に、デイジーの施した禁術が何らかの作用を起こし、彼女のところへ飛ばせたと考えることもできる。だが……それも今となっては確認しようが無いな」
二人が話している部屋の外にローランド、アンナ、トオル、カスミの四人が悲壮な表情を浮かべ、佇んでいた。
ローランドが廊下の窓から、夕焼けに染まる雲を見つめる。
「あのバカ、一人でカッコつけやがって……」
ピクチャー協会支部。赤茶の屋根にジュリアが座っていた。沈みゆく陽の光を浴びながら、彼女は岬の方を眺めている。
「デイジー。ありがとう。私の家族を守ってくれて……本当に、ありがとう」
ジュリアは、ローランド達の想いを代弁するかのように呟いた。
——月日は流れる。そう、時間と死は、この地球上に生きる人間に等しく平等に降り注ぐ。
島の北東、ピクチャー協会支部とよく似た立地の丘に佇む邸宅。そこに住む親子が、本日の依頼主だ。
息子を溺愛していた母が病で亡くなり、引き籠りがちになった青年。彼の為に生前母親がピクチャー協会に依頼していた内容は『自分の死後、酷く落ち込むであろう息子を励ます為に私自身を描画具現して欲しい』というものだった。
邸宅の玄関ドアが開き、黒髪の少女が出てくる。彼女は、携帯用のデッサンセットが入ったケースを両手に持ち、深々とお辞儀する。




