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デイジーは指で額にプラスの図形を描き、ピクチャー協会支部に向かって走り出した。
——心がざわつく。嫌な予感しかしない。何故だ?ニュースでは終戦協定が大陸で結ばれたと流れていた。
今更、この島を空襲する理由が解らない。彼は疾風の如き速さで、瞬く間に街から数キロ離れた協会支部の建物にたどり着いた。
満天の星空のもとで、建物が明光に包まれている。
「あれは、障壁か——」
恐らくピクチャー支部に在籍する、高レベルな能力者が障壁を張っているのだろう。
——良かった。ユリがあの障壁内に居るのであれば、まず大丈夫だ。
嫌な予感が、杞憂で終わって何よりだと、デイジーが胸を撫で下ろしたとき、空が真昼の様な光を放つ。
光輝の合間から出現したそれは、俺はもちろん、地球上の誰も実際に観たことが無いであろう古文書やイコン、ファンタジーの存在。
眩く神々しい光を放つ翼を広げた天使の軍勢。漆黒より深い色をした尖った鉤爪、翼、そして醜悪な顔面から長く伸びた牙を剥き出し、吠える悪魔の群れ。
天空の光点から、次々と具象化された天使と悪魔は、空中を飛来する戦闘機を襲い始めていた。
「何なんだ。あれは……」
俺は思わず呻いた。描画具現者の中でも特級と呼ばれる連中は、物理法則を完全に無視した存在を具現化出来ることは知っている。
かつて、戦場で交戦した特級能力者も自分の周囲数十メートルに存在する動植物、戦車、打ち込まれた銃弾を全て朽ちらせ塵埃の様に消滅させた。その、攻防一体の能力に、デイジーは攻撃どころか近づくことさえ出来ずに、撤退を余儀なくされた。
死の恐怖を味わい、上には上がいると痛感した瞬間でもある。だが、あの物体、いや現象と表現する方が正しい。あれらは一体誰が創り出しているのか。
彼が思考を巡らしていると、協会支部の障壁が消え、正門から二人の男性が走って出ていくのが見えた。彼らについて行こう。デイジーは即時に、そう判断した。
気配を完全に絶ち二人の後を尾行する。頭上では、すでに数十機はあった戦闘機の大半が、炎と煙を吐きながら墜落していた。森の木々を伝い、二人を追っていたデイジーの視界に、岬の影が入ってくる。
そこには眩く光る人影があった。
「あれは……。もしかして、ユリか……?」




