4
デイジーは軍に雇われることに成功した。
本来ならばあり得ないことだ。それが通った理由は、この国が子供の人権など無視した発展途上国だということ。
実際、彼とさして歳の変わらない少年達が、ロクな装備も与えられず、突撃銃のみ手渡され、各要衝の警備につかされていた。
正常な神経なら、それはまさしく狂気の沙汰に映るだろう。だが長引く戦争で疲れ果てた人々からすれば、倫理や道徳感など完全に麻痺してしまうものだ。
別の理由として考えられるのは、ハイレベルのピクチャーズが一人いるだけで周辺国とのパワーバランスを容易に崩すことが出来るという事実。だがデイジーは、この時の判断が甘かったと後悔することになる。
戦場は彼が思うより、遥かに残酷で凄惨さに満ち溢れていた。
自己弁護するならば、あの時の俺には他に選択肢がなかったんだ、とも思う。
サディストの叔父から教わった禁術で、一旗揚げることが出来るかもしれない、という想いが無かったと言えば嘘になる。
だが訓練と実戦はまるで違っていた。そして戦争とはいえ人を殺すという罪悪感は、思春期を迎える少年にとって、一生忘れることの出来ない、深い心の傷を残すことになる。
その頃から毎晩、悪夢を見るようになった。
所属する国家を守るという、大義名分で敵兵を殺した時に感じる、生き残ったという喜び。と同時に沸き起こる虚脱感と罪の意識。
戦場に赴いて理解したことは、俺は人殺しをする兵士に向いていないという事だ。最も、向いている人間などいるのか甚だ疑問ではある。
だが今更、抜け出すことなど出来ない。軍隊に所属する事で最低限の衣食住は常に保証されるからだ。
「……まさに自縄自縛だな」
前線から少し離れた場所に陣取った、軍事キャンプ。ドラム缶の中で燃えている炎を眺めながら俺は呟いた。
漆黒の闇を赤々と炙り出す炎は、何故か神経を落ち着かせる。
「落ち着くだろ?」
見上げると上官に当たる少尉が、温和な表情を浮かべながら、デイジーの横に座った。
「お前の働きにはいつも驚かされてばかりだ。描画具現者ってのは、みんなお前みたいな動きが出来るのか?」
「いえ……そうでも無いと思います。俺は、少し特殊です」
少尉の賛辞に、デイジーは素っけなく答える。少尉が「……そうか」と一言返す。
「人間は暗がりで火を見ていると、なぜか心が落ち着くらしい」
「言われてみれば……確かに落ち着きます」
「人は原始的な生活をしていた頃から、一日の終わりにこうやって火を見ることで、日中の張り詰めた心を癒していたのかもな」
彼の言葉に、妙な納得性を感じた。闇夜を照らす焚き火が爆ぜる。
その音に混じって、何処からか音楽が流れてきた。どうやらキャンプ内の兵士が、スマートフォンにスピーカーを繋げて、曲を流しているようだ。
聴いている内に、デイジーは鳥肌が立つのを覚えた。こんなにも魂を揺さぶる音楽が、この世界にあるのか。
デイジーは少尉に「この曲は何という題名か」と尋ねた。
「これはベートーヴェンの交響曲第九番だ」
少尉はデイジーの心の機微を読んだのか、立ち上がるとキャンプ内にある天幕から、何かを手に持って帰ってくる。それは、携帯用の音楽プレイヤーだった。
「この中にはベートーヴェン以外にも、有名なクラシックの作曲家が作った名曲が沢山入っているよ」
「クラシック……」
イヤホンから流れる旋律に感動したデイジーは、これを売ってくれないかと少尉に頼み込んだ。
彼は笑いながら「タダでやるよ」と言い、デイジーの元から去っていく。
俺の中で『音楽』という生きる意味が、また一つ増えた。
そんな一時の安らぎさえ奪うように、戦争という名の煉獄は彼の心を容赦無く引き裂く。戦場にきて、既に二年近くの月日が過ぎようとしていた。デイジーに目を掛けていた少尉は、別の部隊に異動した。
ある時、デイジーが所属している部隊が敵対する勢力の、とある街を占領する。
半壊した建物や、逃げ惑う人々を見渡しながら叔父の屋敷で読んだ、ある本の内容を彼は反芻していた。内容全ては覚えていなかったが、強烈に記憶に残る一節があった。
それは『人類の歴史は戦争の歴史である』という部分だ。本には戦争がもたらす様々な悲劇について綴られていたが、どの内容もデイジーにとって吐き気を催すものばかりだった。
だが、自分が戦場のただなかにいる現在において、それが決して虚実では無かったと確信できる。
「助けてっ!」
突如、響き渡った悲鳴に、デイジーは思考を遮断する。
四人の兵士が、黒髪の少女を窓ガラスが砕け散った廃ビルに連れ込もうとしていた。
少女は俺と対して歳の変わらない、あどけない顔を恐怖に引きつらせている。一瞬、少女と目が合う。どことなく面影がユリと似ている。デイジーは、男たちの後を追って廃ビルに入った。
兵士たちが少女の口を押さえ、衣服を引っ張り剥がそうとしている。奴らが何をしようとしているかは一目瞭然だった。「やめろ」と俺は兵士達に告げた。
彼らは振り向き、一斉に俺を凝視する。デイジーはもう一度、同じ台詞を兵士達に言う。
「つれないこと言うなよ。お前も仲間に入れてやるからさ」
一人の兵士が、デイジーに近づき肩を叩く。その手を俺はねじり上げた。
兵士が悲痛な声を上げる。他の兵士達が腰の拳銃を引き抜き、デイジーに向けた。無数の銃声が、廃ビルから鳴り響く。




