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描画具現者  作者: 綾瀬まひろ
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 彼はベッドに仰向けになり、真っ白な天蓋を見上げた。

「ユリもここに連れてきてあげたいな」

 その時ドアが開く音がし、叔父が部屋に入ってきた。

「明日から特訓を始める。朝は早いぞ」

 叔父はそれだけ言うと部屋から出て行く。特訓とは何の事だろうか、とデイジーは思ったが長旅の疲れもあって、その日は早々に眠りについた。

 次の日から、彼にとって地獄としか形容しがたい日々が始まるとも知らずに。


 黎明れいめいより前に起床し、腕立てや筋力トレーニングを何百回とこなした後、描画具現能力についての教育や実践訓練、それに加えて描画具現能力の中でも禁忌とされる禁術の勉学を受けた。

 叔父は自分の期待にそぐわないと、容赦無くデイジーを鞭で打ちつけた。

 後で知ったことだが、ベントレー家は描画具現者の中でも、稀有な存在である禁術を受け継ぐ一族であり、主に暗殺を生業にして財を成していたこと。

 そしてこの叔父は、俺を痛めつけることに快感を得ているということだった。

 彼が教わった禁術には、様々な種類の技があったが、何より重視されたのは『体速超越』(トランス・オーバー)と呼ばれる術式である。

 それは数式に用いるプラスの図形を指、もしくは自身の血で額に描きながら「自分の身体能力、五感を極限まで高める」とイメージすることで、脳神経内の電気信号を意図的に増大、加速させ常人を遥かに超える身体能力を引き出すことを可能とした。

 この技は暗殺を遂行するには、もってこいといえる。誰の目にも捕らえられることなく要人に近づくことを可能にするからだ。

 何故、描画具現能力の中で禁術というカテゴリーが存在し、一部の者しかその能力を知り得ないのか。

 そこには二つの理由がある。

 一つ目は禁術を使用する際、通常の描画具現能力と違い、『使用者自身の寿命を削らなければならない』という点。このリスクこそが『禁術』とまで呼ばれるゆえんだ。

 二つ目は優位性を確保するため。禁術は教わったからといって、誰もが使える訳ではない。

 現在、知られている限り禁術は特定の一族しか使用出来ないとされている。

 それでも、禁術がもたらすリターンを第三者、他の描画具現者達に秘匿することは、自らのアドバンテージを確立する為に必要不可欠であり戦術の初歩ともいえる。『体速超越』は禁術の中でも、リスクが低い部類に入る。

 どちらかというと、寿命より身体への負荷の方が大きい。

 そのような理由で『体速超越』は、必然的に禁術使用者にとって使用頻度が高い技となっていた。


 屋敷周辺の森林で、暗殺対象を尾行する訓練を毎日のように強いられた。叔父が俺の尾行に気づけば、厳しい懲罰を受ける。殴られ、蹴りつけられ、地下牢に一日中閉じ込められたこともあった。

 デイジーの身体には、日常的に青アザが絶えなくなる。だが抵抗などする気には、一切なれない。それほど彼にとって叔父の存在は恐怖だった。

 狂気に彩られた日常を、俺はサディストの叔父と二年間過ごす。ときおり、許された読書がデイジーにとって、唯一の心の支えだった。だがその忍耐が、ついに臨界点を超える出来事が起きる。

 ある夜、容貌が女性的なデイジーを、以前からイヤらしい目つきで見ていた叔父が慰めものにしようとした。我慢できなくなった俺は、叔父が寝ている隙を見計らって屋敷から逃げだす。

 行くあてなど何処にも無かった。だがここには死んでも居たくなかった。屋敷を後にした俺は、この先どうしようかと考えた。当て所もなく道路を歩いていると、目の端に軍が駐屯している小規模な基地が見える。

「まだ戦争は終わってないのか……」

 道路脇にある、家電量販店のショーウィンドウに据え付けられたテレビから、泥沼に陥った大戦がもたらした悲惨な光景やニュースが流れる。

 大戦も末期に差し掛かっていた頃、疲弊した国々は一様に終戦の必要性を訴えていた。

 だったら最初から戦争なんかすんじゃねーよ、と心中で毒づく。だが、同時にある妙案を思いついた。


 駐屯地にある司令室のドアが開き、年端もいかない少年が入ってきた。司令官は不遜な態度で少年を睨みつける。

「誰だ、お前は?どうやってこの部屋に入ってきた!」

 司令官の威圧的な声に、少年は全く臆する様子もない。

「俺の名前はデイジー。フリーのピクチャーズで特級能力者だ。素性は言えないし詮索も受けない。だが俺を雇ってくれたら、あんた達の期待に応える戦果を上げてやる」

「お前、気でも狂ったか?」

 司令官はテーブルにある電話の受話器を手に取り「誰か、私の部屋に侵入した子供をつまみ出せ」と怒鳴ったが応答がない。

「誰も来ないと思うよ」

 司令官はデイジーを押しのけると、ドアを開けて何かを叫んでいたがすぐに閉口する。部屋の前にいた見張りの兵はもちろん、百人以上いた駐屯地の兵士達は、見事に全員気絶していた。

 立ち尽くし唖然としている司令官の横で、デイジーが呟く。

「どうです。俺を雇う気になりましたか?あ、別にお断りしてくれても良いですよ。あなた達の敵側に雇ってもらうだけなんで」



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