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描画具現者  作者: 綾瀬まひろ
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17

 アグリジェの方面へ、高速で向かっていたジュリアの視線の先に、赤色と黄色が混ざった煙幕が微かに見えた。

「——あれは、ピクチャー協会員の緊急連絡信号!」

 彼女は足元のオワシに「あの信号弾の方へ」と声をかける。

「ユリ、デイジー。無事でいて……」

 ジュリアを乗せたオワシは、翼を羽ばたかせ信号弾が打たれた場所に一路、飛んでいった。



 信号弾に気づいたデイジーが発射元を見ると、そこにはユリの姿があった。彼は愕然とする。

「逃げろって言っただろ!」

 まだ敵が、どこかに残っているかもしれない。

「ユリ!」

 デイジーは彼女の元に走り出そうとした。その刹那、二人を分かつ地面が爆発を起こし、激しい衝撃音が鼓膜に鳴り響く。

「……何だっ?」

 デイジーは、前方にいるユリの無事を確認した後、凍えるように波打つ海上に目を向ける。

 爆発の直前、海の方角から何かが飛んできたのを、彼は視認していた。デイジーは目を凝らす。

 真っ暗な海上の先に、巨大な大砲を艦載した軍艦の姿があった。

「……嘘だろ。あんなものまで用意してたのか」

 ——どうやって島の領海まで侵入したんだ。この国の沿岸警備隊や海軍はザルか。

 そんなデイジーの思考は、軍艦が放つ第二波の砲撃によりかき消された。

 艦砲射撃が、デイジーとユリの後方にある倉庫に直撃し、コンクリートを粉砕する。

「あいつら、この一帯全てを吹き飛ばす気か!」

 ——もし髭面の司令官が、あらかじめ作戦の失敗を予想していたのだとしたら。ユリの確保が困難と判断した奴らが、自分達もろとも彼女を始末しようとするのは、思惑の帰結として当然かもしれない。

「どこまで用意周到なんだ……。感服するよ」

 デイジーは悔し紛れに舌打ちした。

 ——今、俺が取れる対処法は二つだ。一つは海上を突っ切って、あの軍艦に乗り込み、叩き潰す。だが、その間ユリが完全に無防備になる。そんなリスクは取れない。

 もう一つは——。

「ユリ、その場でじっとしてろ。すぐ、そっちに行くから!」

 彼は俊敏に地面を蹴りながら、ユリの元に走る。

 雪上を駆けながら軍艦の方に目をやると、砲口がユリの居る倉庫に狙いを付けている。

「デイジー」

 ユリがこちらに向かって叫んだ。

 ——ユリ、お前のことは俺が絶対に守るから。

 砲弾が発射され、倉庫のコンクリートが粉々に砕かれる。

 なおも砲撃を続けようとする軍艦の船内に無線が入る。

「本艦に向けて急速接近中の飛行物体あり。おそらく例の死神と思われる。本艦はこれより、全速で作戦域を離脱する。オーバー」



 ——耳鳴りがする。視界がもやに包まれていた。

 微かに俺を呼ぶ、ユリの声が聴こえる。

「……イジー。デイジー、しっかりして。すぐに救援が来てくれます!」

瞼を開けると、ユリが涙を浮かべながら俺を見つめていた。

「……ユリ……怪我は……無いか……?」

 声がかすれて上手く発音できない。言葉と共にデイジーは吐血した。

「私は大丈夫です!でもデイジーが……」

「……そう、か。無事か……。よかった」

 そうだ、俺はユリのすぐ傍で爆発した砲撃を、障壁で防ごうとした。

 だが俺の『不完全』な障壁では銃弾などは防げても、大規模な爆発などは防ぎきれない。

 自分の怪我が、どの程度かは察しがついた。骨が砕け内臓に突き刺さっている。痛覚は遮断しても感覚は残る。恐らく、持って数分か。ユリとの約束。全て話す時間が無い。

 ユリは上着を破り、血だらけになったデイジーの腕や足に巻きつけた。

「だめ……血が止まらない」

 彼が途切れた声で「ユリ、もういいんだ」と言った。声を出すのも苦しそうに。

「嫌です。絶対に!嫌、いや、イヤ!」

 地面の雪をすくい、彼の傷口に押し当てた。そんなことをしても、血は止めどなく溢れ出てくる。

「何で、何で止まらないの……。私、どうしたら……」

「……ユリ、聞いてくれ。どの道、俺はそう長く……生きられない。それより……これから、お前との約束を、果たすよ……」

 ひたいから血を流しながら、デイジーは弱々しく彼女の目を見つめた。

 ユリの双眸から、大粒の涙が流れている。

 デイジーは、血に染まった指を小刻みに震わせながら、彼女の額に円の図形を描いた。図形が光を放ち、ユリの額に溶け込むように消える。

「……ユリ。額を……俺に当ててくれ……」

 ユリは涙をボロボロと流しながら、デイジーの額に頭をくっつけた。

 彼の禁術『以心伝心』(チェイン・メモリーズ)が発動する。

 次の瞬間、彼女の頭の中にデイジーの記憶が、走馬灯のように渦を巻いて流れこんだ。

 どこか遠くの方で、彼の囁きが響く。


『今まで、隠してたことがある。ユリ、お前が俺を描いたんじゃない。俺がユリを描いたようなものなんだ』


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