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描画具現者  作者: 綾瀬まひろ
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生きる意味 1

 俺は物心つく頃に、チルア島の北端に位置する孤児院に預けられた。 

 施設の人間が玄関先で泣いている俺を見つけ、そのまま施設で預かることになったらしい。

 戦時中では別段、珍しいことではない。

 孤児院は木造二階建ての薄汚い家屋で、外壁のベニヤ板もところどころ剥がれ落ち、ベージュの塗装も塗り直される事なく黄ばみきっていた。

 俺と同じ歳の孤児に、ユリ・フローレスという少女がいた。彼女は、同じ施設の孤児達によく虐められていた。

 ある日、窓から庭を眺めていると、庭の片隅にある花壇にユリがじょうろで水をやっていた。

 そこへいつもユリを口汚く罵っている、三人組の孤児達がやってきて、花壇の花を足で踏みつけた。

 俺は何故か、頭に血が上った。

 階段を駆け下り、彼らの前まで来ると「やめろ」と威圧を込めた口調で叫ぶ。

 彼等は太々しい顔でこちらを睨んだ。

「もう一度言うぞ、やめろ!」

 俺の発する怒気を感じ取ったのか、三人組はすごすごと立ち去っていく。

そんなやり取りを尻目に、ユリは意に介した様子もなく踏みつけられた花壇の花を手入れしていた。

 俺は彼女の隣にしゃがみ込み、何故あいつらにちょっかいを出されるのかと尋ねた。

「あたしのお父さん、描画具現者なの。この戦争が長引いてるのはお父さん達のせいだって。お前もいずれお父さんと同じ描画具現者になって、人を殺すんだろうって……」

 ユリは踏みつけられた花壇の土を、シャベルで盛り直しながら、小さな声で答えた。

 それを聞いた、当時の俺が抱いた感想は「馬鹿馬鹿しい」だった気がする。

 ——そんな訳あるか。あいつらは、きっと鬱憤を晴らしたいだけだ。八つ当たりで他人を攻撃し、さも事実であるかのように、適当な事を吹聴する。

 気づくと、ユリは俺の顔をじっと見つめていた。

「どうして、あたしに優しくしてくれるの?」

 彼女の質問に、俺は答えあぐねた。何故なら、自分でも良く分からなかったからだ。

 強いて言うなら——。

「ほっとけなかったから……」

 それを聞いたユリが微かに笑みを浮かべた。

「そっか。優しいな。あなたの名前、ベントレーだよね?何か苗字みたい」

 ユリの口調はおっとりしていて、鈴の音を聴くように耳障りが良かった。

 彼女の言う通り、ベントレーは恐らく苗字だ。

 俺がこの施設に捨てられた時、服のポケットに苗字が書かれた紙が入っていたらしい。

 そんな訳で、俺はこの施設でベントレーと呼ばれていた。

 ユリが花壇に咲いている、白い花を指差す。

「あのお花ね、デイジーっていうの。ヨーロッパの沿岸や地中海が原産って、前に院長先生に教えてもらった。あたし、このお花大好きなんだ。あのね、名前がないんだったら、これからあなたのことデイジーって呼んでもいいかな?」

 唐突な彼女の提案に、俺は面食らった。

「……別に構わないけど。何か女みたいな名前だな」

「ベントレーって女の子じゃないの?」

 ユリは、未確認生物を発見したかのように驚いている。

「僕は男だ!」

 顔を紅潮させながら、俺は立ち上がった。

「別の名前のほうがいい?」

 ユリは俺を見上げながら物憂げな表情になる。

 別に名前なんかどうでも良かったが彼女の暗い表情を見ると、むげに撥ね付ける気になれない。

「……いや、デイジーでいいよ」

 デイジーの返答を聞いたユリは、嬉しそうに微笑んだ。

 その後、例の三人組はデイジーに当たりをつけたようで執拗に絡んでくるようになった。

 鬱陶しくなったデイジーは、リーダー格の少年を殴りつけ、取っ組み合いの喧嘩をしている所を院長に発見された。

 デイジーと少年達はその日から三日間、夕食抜きの罰に処される。

 戦時下で配給もままならないこともあり、孤児院の食事は質素なものだった。

 成長期の少年にとって栄養が満たされるとは、とてもいえない食事に輪を掛けた夕食抜きは地獄だ。

 翌晩、空腹のあまりデイジーは寝付くことが出来ず、ベッドから抜け出すと窓をこっそり開け庭に抜け出した。

 庭に生えてある雑草でも食べたら、少しは空腹を紛らわすことが出来るだろうかと彼は考えた。

 褐色の土がむき出しになった地面を、月明かりがほんのり照らしている。

 鈴虫の鳴き声が、そこら中から聞こえた。

「お腹空いたな」

 デイジーは空に悠然と浮かぶ三日月を仰いだ。

 俺はこの施設に捨てられた。両親は自分のことが嫌いだったのだろうか。じゃあ、俺は何の為に生まれてきたんだ。なぜ、自分はこんな苦しみを負わなければならないのか。

 自己憐憫にふけっているデイジーの肩が、軽く叩かれた。

「——!?」

 突然の感触に叫び声を上げそうになるが、口元に手をやり必死に抑える。

「デイジー、あたしだよ」

 肩を叩いたのはユリだった。彼女は口元に人差し指を当てながら「しー」と言い、窓を乗り越えるとデイジーの横に座る。

「夕食、食べてないでしょ?デイジー、お腹空いてるかなと思って、これ持ってきたんだ」

 ユリは、薄っすら芳香を漂わせるベーグルを彼に差し出した。

「それ……。ユリの夕食じゃないか」



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