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「でもさ、描いた浴衣が途中で消えちゃったらヤバくない?」
アンナが不安げな表情を浮かべた。
「万が一のため、予備にもう一枚浴衣を描いとけばいいって昨日言ったやん」
「そりゃあ、分かってるけどさ。気づかずに浴衣が薄くなってたら、周りの人に下着とか見えちゃうじゃん!」
「三人で注意し合ったらいいと思います。とりあえず六時間は大丈夫だから時計を見てお互いに気づいたら声を掛け合えば、きっと大丈夫ですよ」
ユリは穏やかな口調でアンナをたしなめた。
「まぁね。どのみち実際の浴衣なんか高くて買えないし、売ってる店自体この島にないからさ」
「ところで、カスミ。この浴衣はどうやって着たらいいのでしょうか」
「正式な帯結びは時間かかるし、実はうちもよくわからんねん。でも作り帯っていう簡易式のヤツ使ったら簡単に着れるし安心して」
三人はジュリアやデイジー達との待ち合わせ時間まで、浴衣の着付けなどをし合いながら過ごした。
協会の敷地内にある木々からセミの合唱が聴こえる。
入道雲が青く透き通った空にそそり立ち、太陽の日差しが容赦無く地上に向かって突き刺さる。
時折、吹き抜ける風が、汗をひんやりと涼めた。
「ジュリア先輩!」
待ち合わせ場所である、本館正面入り口の外に立っていたジュリアがアンナの声に気づき振り向く。
「三人とも浴衣に着替えたんだね。よく似合ってるよ!」
ジュリアは紺の下地に白い桜模様がついた着物を着ていた。金糸の髪をお団子に結わえ、花の髪飾りを付けている。
——大人っぽいと、ジュリアの着こなしを見たユリとカスミは、同時に思った。
「ジュリア寮長も浴衣着るって言うてましたね。でも、その着付け……自分でやりはったんですか?」
「とんでもない。街の美容室で着付けしてもらったよ。美容師さんが日本人でさ、その人に頼んだんだ」
カスミの問いをジュリアは笑いながら否定する。
「道理で。あたし達の着付けより断然、綺麗だと思いました!」
アンナはジュリアに近づき目を輝かせて彼女を見つめたが、ジュリアはそれをスルーしてユリに微笑みかけると手招きした。
「ユリ、とっても可愛いね。髪飾りつけたら、もっと素敵になるよ。私が後で買ってあげる」
ジュリアはユリの髪を軽く撫でた。
「そ、そんな。悪いです」
「ふふ、そうだね。そういうのはデイジーにお願いした方が良いかな?」
彼女は意味深な顔で、ユリの耳元で囁くと嬉しそうにウインクした。
「え、えーと……。その……」
ユリは途端に頰を赤らめた。
そこへローランド、トオル、デイジーの三人がやって来た。彼らはボーダーやチェックのシャツにデニムやチノパンといったカジュアルな私服に着替えている。
「さぁ、みんな集まったし、そろそろお祭りに行きましょうか」
ジュリアは皆を先導し、バス停に向かって歩き出した。




