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「お邪魔致します」
二人は女性に案内され、家のリビングに通された。
「お茶をお持ちしますので、どうぞ座って待っていて下さい」
女性がキッチンに向かうと、ヤカンを沸騰させる音が聴こえだした。
「さっきはありがとな。にしても依頼ってどんな内容なんだ?」
デイジーが小声で耳打ちする。
「いえ、分かりません……。でもきっと大丈夫です。ジュリアさんが私に頼んだ仕事なんだから。私でも絶対出来る内容の仕事だと信じています」
「ジュリアって人を偉く信頼しているんだな」
「はい、とてもいい人です。いつかデイジーにも紹介しますね」
二人が話していると、リビングの奥にあるドアが開き赤毛の少女が出てきた。
「あ、お姉ちゃんっ!」
ここに来る途中、二人が出会った少女だ。
「あら、リリー。お知り合いなの?」
女性がトレーに紅茶の入ったティーカップを乗せリビングにやって来る。
「うん、この人たちがさっき助けてくれたの!」
「そうだったのね。この度はうちの娘がお世話になりました。申し遅れましたが私が依頼者のソフィア・ブルックスです。この子は娘のリリー」
リリーはビッコを引きながら、二人の真向かいにある椅子に座ると親しげな顔でユリを見た。
少女に見つめられたユリは、日向のような暖かな笑顔でそれに応える。
「いえ、そんな大層なことはしておりません。ところでご依頼の件を伺ってもよろしいでしょうか」
「ええ、そうでしたね。実は先月、私の母が亡くなりました。娘はお婆ちゃん子だったので大変悲しがりまして……。もう一度お婆ちゃんと話がしたいと聞かないもので。ピクチャー協会の方ならそうした事も可能と伺ったので依頼したのです」
「そうだったのですね……失礼なことをお聞きして申し訳ありませんでした」
「いいえ、依頼したのは私ですから」
「お姉ちゃん、びょうがぐげんしゃだったんだね。私、もう一度おばあちゃんとおはなしがしたいの!!できる、かな……?」
ユリはリリーに向かって頷いてみせると、ソフィアに祖母の写真や日記などを見せて欲しいと頼んだ。
ソフィアが祖母の使っていた部屋にユリを連れて行くと、リビングにはリリーとデイジーだけが残された。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんも能力者さんなの?」
リリーはお茶を飲みながら、デイジーを上目遣いで見つめる。
「いや、俺は……。なんていうか、ピクチャー協会の関係者……かな」
「そっかぁ」
ユリはソフィアとリビングを離れる際に「三十分程かかります」とディジーに告げていた。
その間どうしようかと、デイジーは考えあぐねる。
「リリー、フローレスさんが呼んでいるわよ」
ソフィアが廊下の奥にある、祖母の部屋から出て来てリリーに声を掛けた。
「はーい」
リリーが行ってしまうと、デイジーはショルダーバッグから文庫本を取り出し読書を始めた。
しばらくするとユリ達がリビングに戻って来た。
「では、デッサンを始めます。場所はこのリビングで宜しいでしょうか?」
ソフィアが頷くと、ユリはケースから携帯用の折りたたみイーゼルとカルトン、鉛筆と画用紙を取り出しリビングにセットし始めた。
「祖母の部屋で何をしていたんだ?」
「生前の祖母に関することをソフィアさんとリリーさんに教えてもらっていました。あとは祖母の写真や日記などを見て人柄を確認したりとか——」
ユリは彼に説明しながらデッサンする準備を整え、ソフィアが持って来た椅子に腰掛けると祖母の絵を描き始めた。
彼女が描画を始めた途端、デイジーは奇妙な感覚に囚われ出した。
空気が重い。ユリを中心にこのリビングが別空間にでも飛ばされたような錯覚すら覚える。
それらは彼女の能力によって発生しているものとは違う気がする。
一心不乱に鉛筆を動かしている彼女の姿が、それを観ている者を別の世界に誘っているんだ。
画用紙の上に祖母の面影が現れていく。
ピクチャー協会での訓練の賜物だろうなとデイジーは思った。
先程までざっくばらんに会話していた彼女がまるで別人に見える。
ソフィアとリリーも俺と同じ感覚におちいっているのだろうか。二人は彼女の様子を固唾をのんで見守っている。
ユリはイーゼルに立て掛けたカルトンに画用紙と祖母の写真をクリップではさみ、描き続ける。
数分後、彼女が鉛筆を画用紙から離すとそこには写真に映っている祖母の絵が出来上がっていた。
次の瞬間、鉛筆で描かれた祖母が淡い光を放ちながら画用紙から浮き上がる。
気がつくと、ユリのそばに紺色の地味なドレスを着た白髪の老婆が立っていた。
「おばあちゃんっ!!」




