10
リリーは目の前に現れた祖母に、ビッコを引きながら近づき抱きつく。
ソフィアは口元を抑え、立ち尽くしていた。
「おやおや、リリーじゃないか。どうしたんだい。また学校でイジメられたのかい?」
祖母は優しげな眼差しで、リリーを見つめながら、孫の頭をゆっくりと撫でる。
「おばぁちゃん!私、おばあちゃんが死んじゃった時すごく悲しくて……ずっと、ずっと泣いていたの。私が虐められて泣いて帰ってきた時、いつもお婆ちゃんが頭を撫でて話を聞いてくれたから……。それが私の心の支えだったんだよ……」
リリーはエメラルドの瞳から大粒の涙を流し、祖母の顔を見ていた。ソフィアの目にも涙が浮かんでいる。
「リリー。あたしが居なくなっても、お婆ちゃんはいつもリリーの傍にいるよ」
「……私のそばに?」
「そうだよ。お婆ちゃんはいつでもリリーの《《心の中で生き続けている》》んだ。だから、また誰かにイジメられて悲しくなった時は、あたしのこと思い出すんだよ。リリーはとっても可愛くて優しい心をした、お婆ちゃんの自慢の孫だよ。ソフィア、あんたも夫が亡くなって一人で心細い時もあるかもしれないけど、しっかりリリーを育ててあげるんだよ」
「……はい。お母さん……」
ソフィア夫人はハンカチで涙を拭いた。
祖母の姿が徐々に色褪せ薄まりだす。
「おや、もう時間だね……リリー、決して負けちゃいけないよ。誰がなんと言おうとリリーは……あたしの自慢の孫……だよ……」
そう言い残すと、祖母は煙のように消えていった。
「お婆ちゃん!いっちゃやだ……おばあちゃん……」
リリーは抱きしめていた祖母が消えた後も、そう叫びながら泣き続けていた。
デイジーがふとユリを観ると彼女の肩が小刻みに震えている。ユリの瞳から、一筋の涙が色白の頬を伝って地面に落ちた。
「ピクチャー協会をご利用頂きありがとうございました。では失礼致します。」
「あの……フローレスさん、本当にありがとう。娘も感謝していると思います」
ソフィアと玄関で挨拶を交わすと二人はブルックス家の庭を出る。
「お姉ちゃん!」
振り返るとリリーがビッコを引きながら玄関の外に出て来ている。
「ありがとう!お婆ちゃんを生き返らしてくれて……本当にありがとう!」
リリーが二人に向かって手を振ると、ユリは屈託のない笑みを浮かべて返した。
「なぁ、ユリ……。描画具現者って、死者をこの世に呼び戻す事もできるのか?」
ブルックス家を離れると、デイジーが気になっていた疑問をユリに投げる。
「いえ、そんな大それたことは出来ません。実体化する人物についての情報……。例えば写真とかホームビデオなどを見せてもらったり、後は本人の趣向、性格とかを家族の方などに聞きイメージをつかんで、それらを想像しながら本人の絵を描き具現化したに過ぎません」
「でも、あの祖母は……まるで本人が生き返ったかのように孫のリリーと会話していたぞ」
「実体化するモノの詳細な情報を事前に知っておくほど、この能力の精度はあがるんです。でも……別れ際、あの子にお礼を言われた時……複雑な気持ちになりました。私が具現化したのは、所詮『紛い物』。決して生き返らせたわけじゃないんです……」
彼女は少し悲しげに顔をうつむける。
その様子をみかねて、デイジーはブルックス家で感じた感想を述べた。
「でも、あの子はユリに感謝していた。だったら例えそれが『紛い物』だとしても、あの家族にとって幸福な一時をユリは与えてあげられたんだ。少なくとも俺はそう思うよ」
「ありがとうございます。デイジー」
ユリは元気を取り戻したようで、微笑みながらデイジーにお礼を言った。
「でもユリが実体化させたあの祖母、十分くらいで消えちゃったな」
「はい、私がまだ未熟なのもあるんですが……。人を実体化させるのは難易度の高い部類に入るんです」
デイジーが思い立ったようにふと立ち止まる。
「だとしたらさ。ユリが——」
「あ!あいつらだよ。兄貴!!」
彼が続きを言いかけた時、少年の声がした。二人が声のした方を見ると、ブルックス家に行く途中でリリーをイジメていたガキ大将がこちらを指さしている。その隣には大柄でイカつい形相をした男が立っていた。
「おー、お前らか。俺の弟に喧嘩売ったのは」
イカつい男の後ろにヤンキー風の男が数名ぞろぞろと姿を現す。
「その子のお兄様ですか。先ほどは大変、失礼致しました」
ぺこりと頭を下げ、ユリが謝罪すると男が笑い始めた。
「おぉ、こりゃ偉くベッピンさんじゃねぇか。隣の彼氏を叩きのめしたら、その後で俺たちとゆっくり遊ばねぇか?」
イカつい男が手を伸ばし、ユリの顎を指で触ろうとした瞬間——デイジーが凄まじいスピードで男の急所を蹴り上げた。
「うぎゃあぁぁっ!」
男が絶叫し、もんどり打ってその場に倒れる。
「兄貴!?」
後ろの男たちが、近づいてくるより早くデイジーは前方に突進する。 男たちはナイフやバットを手にデイジーに飛びかかったが、彼はそれをやすやすと避け瞬く間に数名の舎弟たちを倒していった。
最後の一人にデイジーが蹴りを繰り出そうとした時、ユリが叫んだ。
「デイジー!暴力はやめて下さい!!」
彼女の声にデイジーは硬直し、蹴りを途中で止める。蹴りを寸止めされた相手は、その場で崩れ落ちた。
「いや……。でもこいつらもどうせ、何言っても分からないタイプだったぞ」
「そんなことありません!話せばきっと分かり合えます!!」




