カエル村民になるってよ
村で失踪事件が起きたのは、いつ以来だろうか。自分が村長となってから、こんなに大きな事件は無かった。
夕刻のことだ。ターニャが村1番の腕自慢のピレモンと共に慌てた様子で飛び込んできたのだ。
「村長!サニャが帰ってこないの!お昼ご飯食べるって言ってそれで...それで...!」
娘がいなくなった彼女は混乱しているようだ。
ここは共に来ているピレモンに聞くべきだろう。
「ターニャ。落ち着くのだ。サニャは必ず帰ってくる。あの子は強い子だ..ピレモン。君はなぜここに?」
「最初に俺のとこにターニャが来たんだ。サニャが居なくなったってな。たまたま俺は昼過ぎにサニャが村外れの方に走って行ったのを見たんだ 」
「ほう」
「カエルがどうのこうの言ってたっけかな。それで、サニャと仲の良いうちの倅に聴いてみたんだ。てめぇなんか隠してねぇか!ってな」
(息子が可哀想だな...)
「それで、村外れの柵の建てつけが悪いとこがあって、そこからよく村の外に出てたって吐きやがった。あのチビ女の子を危ない目に会わすなんざ、男の風上にもおけねぇ」
幼い息子を散々に言うピレモンだが、これでも愛妻家で子煩悩な親として知られている。それだけに厳しいのだろう。
「なるほど。分かった。ピレモン
男衆を集めてくれ。手分けして探そう。」
こののどかな村で、こんな事件が起こるとは思ってなかった。昼ご飯時から今まで...5時間程度か。
「...覚悟をしておくべきかもしれないな」
前を歩く二人に聞こえぬよう呟いた。
捜索は時間との勝負だ。既に日が落ちてきた。男衆を正門前に集め、篝火を用意し、松明を持たせる。
「皆!既に聞き及んでいると思うが、ターニャの娘サニャが外に出たまま帰ってこない。時間がない。3人1組で動くぞ」
戦いに長けた者を均等に割振る。
残りの者は、斧でも鍬でもなんでもいい。ゴブリン1匹程度なら相手に出来るだろう。
その時、門の方向を向いてる者達が騒ぎ始めた。
「村長ありゃなんだ!何かこっちに来るぞ」
皆が一斉に警戒し武器を構える。
そこへ...
「みーんなーどうしたのー!?お祭りー!?」
という間の抜けた少女の声が響く。
何かが跳ねて来るのが見えたと思ったら、砂埃と共に、目の前に虹色のカエルの背に乗った「捜索対象」が姿を現した。
◆
(さて、どうしたものか)
目の前には、農具などで武装した人間達。これだけ人間が集まっているということは、この子供を探そうとしていたというところか?
...この状況。私が連れ去ったようではないか?
その証拠に...
「ば、化け物!サニャを離しやがれ!」
予想した通りの結果になった。
その声がキッカケで、武器を持った人間達から続々と非難の声で「あろう」言葉が飛んでくる。
「どうしたのみんな怖い顔して?」
背中の娘もどことなく雰囲気を感じたのだろう。背に乗る四肢に力が込められる。
私達を中心に広がるようにジワリジワリと徐々に包囲されていく。もう潮時だろうか?娘を降ろして、包囲を飛び越えるか。
その時緊張を破ったのは、1人の人間の雌。
「サニャ!!サニャー!!」
娘の声を聞いて正門から飛び出して来たのだろう。ターニャと言う「井戸端の片割れ」が駆け寄って来る。
「あぶねぇターニャ!近づくな!」
その歩みを、村の男に止められる。
「で、でもサニャが!サニャを助けて!」
「お母さん!ただいま!」
笑顔で私の背を降りようとする娘。
それでいい。
降りたら、包囲網を突破する。
が、娘は動きを途中で止め、また私の背に乗り直し、私の顔を見る。どうしたというのか..?
「みんな聞いて!このカエルさんはね!しあわせのカエルさんでね!私の喋る言葉を分かってくれるの!」
娘の言葉を聞き、ざわめく聴衆。
「そんなバカな」
「魔物だろう」
「知能のあるのも居るらしいぞ」
その様子を見て、娘がおもむろに再度降りた。そして私の前に立つ。
(なんだ?)
「カエルさん!!お手!!」
「「「!?」」」
(!?)
お、お手?私に手は無いが、前足のことを言っているのか、手のひらの形が、こうということは...
恐る恐る右前足を出してみる。
ペチャッと足をサニャの手に運ぶ。
その音がすると同時に
「マジか..」
「ウソだろ。魔物使いだったのかサニャ...」
「うちの子天才だった...!」
「そんなわきゃないだろ!」
ザワめきは最高潮に達する。
約1名親バカと呼ばれる類が混じっているが。魔物とか魔物使いという単語が気になるが、今はそれどころではない。何故なら..
「カエルさんジャンプしてクルクル!」
そう命令され高く宙に跳ねて回転してみせる。
オオーッと聴衆から声が上がる。
「カエルさんお水ジャバー!」
身体を洗った時に、水球を出したのを覚えていたのか?仕方ない..
水球を作り、威力を弱めて放出する
「ま、魔法かアレ...?」
「すげぇなサニャ」
褒められた娘が頬を赤く上気させ、フンスフンスと鼻息を荒くする。
(この娘目的を忘れていまいか..?)
「えーっとつぎはねつぎはね..」
やはり目的を忘れているようだ。片手を上げ「ケロケロッ」と小声で言う。
アッというような顔をして
聴衆へ向き直る。
「こんなふうにカエルさんは私の言うこと聞いてくれるの!わたしだけだからね!」
そこは強調しなくても良い気がするが、言わせておいてやろう。
周りを取り囲んでいた男達が安心したのか、近づいて来る。武器を降ろしてから来て欲しいのだが、仕方がないか。
「近くで見るとデカイな」
「こんな魔物見たことないぞ」
「案外可愛い顔してるじゃないか」
口々に何か言っているようだが「デカイ」くらいしか分からなかった。悪く言われているようではないようだ。
「サニャ本当に言葉が分かるのか?」
...ふむ。この男がこの村のボスだな
「そうだよ。サニャの言う事はなんでも分かってくれるの!ねー」
「ケロッ」
肯定しておこう。実際今はこの娘の言葉だけはよく分かるのだから。
「信じられんな。ふむ。おいお前」
とカエルに話しかけてくる。
なんだ偉そうに。という思いがつい出てしまったのか、ギョロリとボスの男を睨みつける。
「うっ..こ、このカエルの名前は何なのだサニャ」
「カエルさんはねー...カエルさん..」
チラリとサニャがこちらを見やる。我輩はカエルである。名前はまだない。
「村長。長いこと冒険者やってたが、こんな種類のカエルの魔物見たことないぜ。新種かもよ」
体格の良い男が言う。どうやらこの男、各地を旅していたのか、もしくは学者の類らしい。
「ピレモンでも知らないか。こんな時サジが居たらな。ターニャ。まだ旦那は戻りそうにないのか?」
「さあ...どこかで女捕まえて、よろしくやってるんじゃないかしら」
小声でそう言うとそっぽ向いてしまう。どうやら触れたらいけない話題だったらしく、村長は慌てて話題を逸らす。
「ところでサニャ。そろそろ、どう言う理由で、その...カエルさん?に乗って帰って来たのか、教えて貰えるだろうか?」
皆の前でサニャは、事細かく説明しだした。途中から誇張された表現や可愛いウソがいくつか出て来たが、子供ゆえ仕方ないであろう。
「ほほー。幸せのカエルとな。まあ、たしかに見世物にすれば、村の名物になるかもな」
見世物と言う言葉が出て、周りの大人が、なるほどと言うような顔をしているが、冗談ではない。
「ダメっ。そんなことしたらカエルさんが可哀想。カエルさんはサニャとお父さんとお母さんとずーっと!一緒に暮らすの!」
正直に言えば、それも若干冗談ではないと言いたいが、言葉を覚える為、一定の期間は仕方ない。
「ネッ!」
と同意を求められた。
ここは肯定しておくべきか。
「ケロッ」
「ふむ。惜しいが連れて来たのはサニャだ。任せる。ターニャ!サニャとカエルの事、君が責任持って見られるか?」
母親であるターニャは、少しの逡巡の後で
「じゃじゃ馬娘1人でも、あっぷあっぷしてるけど、仕方ないね。うちでちゃんと面倒みます」
と宣言する。
私はこの村で、2度目の「ペット」としての生活をして行くことになったのだ。