ターニャの災難
「あんた一体何食べるんだい?」
女性が巨大なカエルに向かって話しかける。側から見ればおかしな光景である。
この家にカエルが迎えられた次の日のこと。
朝食を用意していたターニャは、ふと疑問に思って料理を興味深そうに見ていたカエルにそう問いかける。
そして朝食である麦と木の実を、おとなしい生物であるバイソンのミルクで和える、シリアルのような物を差し出し「食べる?」と聞いてみた。
「ケロケロッ」
とカエルは首を軽く横に振る。
カエルとのコミュニケーションをサニャはある程度ターニャにレクチャーしていた。
1つ 家族として接して欲しいこと
1つ 大人の言葉はあまり理解出来てない。
1つ 肯定は「ケロッ」
否定は「ケロケロッ」と2回鳴くこと。
つまり、カエルはシリアルを食べない。
そういうことになるのだろう。
ターニャは悩む。カエルを家族として扱うということは、彼?彼女?のご飯はターニャが作るべきなのであろうと考えた。
そこで小手調べに、食べそうな麦と木の実を差し出してみたのだが、お気に召さないようだ。
頭をひねって考えているターニャにカエルは
「ケロッ」と鳴いて、机の上を見やった。
なんだろう?とターニャが思っていると、唐突にバシュッと音がしそうな勢いと共に、舌がカエルから飛び出し、瞬時に戻った。
そして、もう一度今度はターニャに向かって舌を見せる。先に黒い何かがひっついている。
「ミニマムフライ..?」
ハエである。
「虫を食べるの?いや、ね。まあ助かるけど....」
虫が苦手なのか、嫌悪感を隠さないターニャ。
だが「助かる」と言ってしまった。カエルが、それならばと思いつき行動に移すべく移動した。
「ちょ、ちょっとどこ行くの?」
カエルは家中の目に見える虫、隠れている虫を、片っ端から舌でかき集め、口の中に溜め込んだ。
それをターニャの目の前に広げて出してみせた。
いや、出してしまったのだ。
「「ギイイイィヤアアアア」」
村中に響き渡ったソレは、サニャの行方不明事件以来の事件として語り継がれる事になる。「ターニャ泡吹き失神事件」として。
その後、サニャが間を取り持ったターニャとの「話合い」により、カエルの食事は
「魔物なんだから、魔物らしく外で調達しなさい。アナタ強いんでしょう!?頑張ってね!!」
と、激怒を殺しきれずに喋るターニャの言葉により、外で調達することとなった。
こちらとしても小虫では腹は膨れないから、丁度良いだろう。
ペタペタと門の方に歩いていく。
村で暮らしていく為のルールその1
「柵は跳び越えていかない」
「村の中を(速く)跳ばない」
それに従い、大人しく門から出て行こうという訳だ。門に近付いたところで、衛兵2人から視線を浴びる。
「どうした?外に用事があるのか?」
「ケロッ」
と素直に答える。
そしてお腹を見せ、口を開ける仕草をし、食事だということを伝える。
「おまえさん本当に話が分かるんだな。餌を取ってくるって事だよな?分かった。外出を許可する」
村の外にペタペタと歩いて出て行く。
さてココからは遠慮は要らない訳だ。
四肢に力を込め、素早く跳躍する。
100mを1秒程度の速さで進むカエルは、あっという間に衛兵たちから見えなくなってしまった。
「デタラメな脚してるなアイツ」
「あぁ...」
衛兵達から感嘆の声が漏れる。
未だ半信半疑ではあるが、カエルは受け入れられつつあるようだ。
さて、そのカエルである。
今日の外出の目的を2つ決めた。
1つは食事。虫を持ち帰って保存食にするということは、どうやらあの家では出来かねる。
巨大な虫なぞ持って行った日には、どうなることやら。
村の近辺に穴倉を作り、そこに水球で殺した虫を保管し、一日分の食料とする事にした。私は死骸はあまり好まない。大量に貯め込む必要はないのだ。
2つ目は「手土産」を確保することだ。人間達の文化には、外から帰ってくる人間は、何かしら持ち帰るというものがある。
そうすることで、円滑に社会生活を送ることが出来るとかなんとか。
特に新入りの自分は、認めてもらう為の努力が必要であろう。
人間は肉が好きだ。
この辺りで獲れる肉では、角の生えたウサギと、猪のような生物が肉としては妥当なところか。
奴らを倒すには、ウサギは1発、猪は2発の水球が必要だ。道中、蝶や蛾を舌で喰らいながら、林のトンボで腹を満たす。
そして、手土産を仕留めるべく、戻っている最中、ふと脚に違和感を感じた。
(以前よりも軽く跳べている...?)
移動に次ぐ移動で筋肉がつき、食事も満足に摂れている現状からなのか、理由は分からないが、肉体の充実を感じた。
軽快になった足取りで、野原まで戻って行き、水球でうさぎ2羽、猪を2頭仕留めた。
さて、仕留めたは良いが、問題は運搬方法である。うさぎ2羽は口に含んで持って帰る事も出来よう。
しかし猪2頭は流石に厳しい。1頭1頭が、それぞれカエルよりひと回り小さい程度の大きさがある。大人の男2人分の重さがあるのだ。
1.捕獲網で引っ張る
網がないので却下。
2.背中に括り付ける
紐がないし結びも出来ない却下
道具は持って来ていない。
なんとか体を使って持ち帰ることはできないか...。私の1番優れた部分といえば脚だろう。
試しに猪に尻を向け後ろ足を使い、猪を村の方向に蹴り飛ばす。ブォッという風切り音と共に、猪が30メートルほど飛んでいく。行けるか?
(いや、まてよ)
先程蹴り飛ばした猪に近付くと、着地の衝撃で、脚があらぬ方向に曲がり、体毛ごと皮の一部がめくり上がり肉が見え、あばら骨は折れて突き出ていた。
ダメだ。これでは持ち帰る時には、とても食べられる状態にはなっていないだろう。
(足はダメだな。2番目に優れているのは...)
舌だ。しかし巻き付けて移動するに舌の長さが流石に足りない。
虫を捕獲する際に使う粘性の唾液を作り出し、試しに猪に舌を伸ばしてみる。すると引っ付いたのか、数秒ではあるが猪を引きずれるだけの粘性を持った。
よし、これなら行ける。
猪2頭と、うさぎ2羽を1つずつ積み上げる。
そして練りこんだ粘性の唾液を舌に乗せて出す。
丁度4匹の中心に当たった舌は、ネッチョリと引っ張れる強度になっていた。
村まで結構な距離があるが、何度も粘性の唾液を貼り直しながら、獲物を引き摺り村まで運ぶのだ。
夕刻。村ではささやかな宴が催された。サニャの申し出で始まった祭りは「カエルさん歓迎会」として、子供達と数人の大人で催されるはずだった。
しかし、その主役の持ち込んだ
【猪4頭、うさぎ6羽】によって
村総勢での宴へと発展した。
その主役はというと、ぐったりと疲労でへばっていた。道中の疲労と、今まさに子供達に群がられ、遊ばれている疲労とでだ。
(運んでる最中に猪が襲って来て増え、もののついでとウサギを4羽追加したのは、調子に乗り過ぎた)
サニャが気づかって、獲ってきた小虫を置いたり、背中から水を掛けたりして献身的に動いてくれている。
「いやあ、カエルくんすまないね。君の歓迎会らしいが、村の者がご馳走になって」
村長が苦笑いを浮かべながら、近づいて来た。感謝しているようだ。
「ハードボアは凶悪な魔物だが、肉は美味い。臭みはあるがね。角突き兎は、美味で、この辺りでは人気の食材だ」
ハードボア..角突き兎。猪とウサギの名称だろう。
「1人..いや1匹か。で、これだけの量を持ち帰るとは、君が強いというのは本当らしいね。村の皆も、これで君を受け入れてくれるだろう」
その後、村長の言葉をサニャをはじめとした子供達が横で拙い言葉で補足してくれたことを纏めると、この村では農民か、牛飼い、狩人としてしか生計を立てていくのは難しいらしい。
牛を飼い、畑を耕せないなら、獲物を仕留め皆に振る舞う事で、狩人として認められる。
今日私は、村の一員として認められた、という事だ。
「マニ」と呼ばれる通貨もあるにはあるが、この小さなコミュニティでは、物々交換がメインだそうだ。
猪とウサギを何頭か仕留めるだけで、言葉を覚える環境が手に入るのだ。安いものだろう。
サニャの母親であるターニャも、思わぬ稼ぎ頭の出現に、頬を緩ませていた。
(サニャがしあわせのカエルって言ってたけど、ホントにそうなるかもね)
なんせ、街に出て冒険者をやっている夫からの仕送りは、金銭が主だ。この村では行商人が来る時以外には滅多に使用出来ない。
温情という形で、村長と一部の村人が物品と交換してくれていて、なんとか親子で暮らしていけていた。
(虫の事は許してあげるか)
そう思いターニャは、今朝の事を謝ろうと、子供達に群がられているカエルに近付いて行った。
「あのーアンタさ..今朝は..」
ブチュッ
(ブチュッ...?)
そして足元を見た
「見てしまった」
そこにはカエルのために並べられた芋虫や小虫が敷き詰められていた。
ピクピクと頬と眉が軽く痙攣した後
「「ギイイイィヤアアアア」」
後にいう「ターニャの泡吹き失神事件・夜」である。




