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神様は、少々私に手厳しい!  作者: 守野伊音
第三章:大陸
55/100

55.神様、少し水量多いです

「…………何を、している」

 低いルーナの声に、私も聞きたい。

 私、何をされているんでしょうかね。

 視線だけを恐る恐る下ろせば、私の首筋に剣が当てられていた。成程、これが首に当たってちょっと切れたのだろう。成程成程と頷こうにも刃物が近い。

「………………うわぁ!?」

 状況を理解できると、反射的に首に触れている剣を押しのけようと手をやってしまう。

「お、おい、危ないぞ」

「痛い!」

「いや、当たり前だろ!? 何で素手で触ろうとするんだ、っていうか何で触るんだ! 馬鹿か!?」

 剣はぴくりとも動かなかった代わりに、私の手がさくっと切れた。切れ味抜群ですね!

「カズキに手を出すな!」

 アリスが怒鳴った。

「寧ろ出されたのは俺だ!」

「それもそうだな!」

 ロジウさんも怒鳴った。ちょっと焦ったらしく、剣を少し首から離してくれる。

 すっぱり切れた掌がじくじく痛む。今度はそろりと視線を上げてみると、やっぱりそこにいるのはロジウさんだ。さっきまでびくびくしていた一般人の人達は、剣を抜いて私達を取り囲んでいる。今は、どこからどう見ても一般人には見えない。

「剣を寄越して、両手を上げろ」

「りょ、了解!」

「あんたじゃない!」

 かなり慌てながら、指示に従ってラジオ体操の早送りみたいに勢いよく両手を上げたのに怒られた。理不尽である。

「手を上げろに従うしたよ!?」

「いや、そうだけどな、ちょ、邪魔! 手を下ろせ!」

 上げろと言ったり下ろせと言ったり、ロジウさんは大変我儘だ。でも、首に剣を当てられている身としては素直に従うしかない。正直、凄く怖い。だって、首に当てられた刃物はあの広場を思い出す。あの時、剣を持っていたのはルーナだった。そして私は、本当に首が落ちたと思ったのだ。

 あの時は命の危機に瀕した恐怖が後から来たけれど、今は既にその恐怖を知っている。だから身体が勝手に震えだす。どうしよう、怖い。首を守る為にも長い物には巻かれようと、慌てて早送りラジオ体操で両手を下げる。

「ちょ、危ない! 切れるから動くな!」

「下げろしたよ!?」

 怖くてぶるぶる震える手で頑張って指示に従ったというのに、ロジウさんは酷い。



 ルーナとアリスは、私達から視線を外さずにゆっくりとしゃがみ、地面に置いた剣を足で滑らせて両手を上げる。

「カズキ! 大人しく言うことを……聞いてるな」

「……かなり素直に従ってはいるな。ユアン、大丈夫か? 剣を向こうに渡せるか?」

 ユアンはぎゅっと両腕で剣を握りしめていた。その眼にはたくさんの涙が溜まっている。

「こ、これあげたら、ママにひどいことしない? ユアンなんでもするから、ママにひどいことしないでぇ!」

「く、くそ……。人質を取ってる時点で酷い事をしている自覚はあるが、罪悪感が湧き出すな!」

 ロジウさん以外の面子も、酷く罪悪感に塗れた顔でよろめいた。

 けれど、すぐに何かを振り払うように首を振り、再度剣を私の首に近づける。

「いいか、この女を殺されたくなければ黙って指示に従え。いいな? まずは俺達について歩け……危ない!」

 殺されたくはないので慌てて歩き出そうとして、首に当てられていた剣でさくっといきかけた。ロジウさんが慌てて剣をずらしてくれたので事なきを得る。馬鹿を混乱させるとこうなるんですよ! 本当にどうもすみません!

「い、如何にすれば宜しいか!?」

「頼むから何もしないでくれ! もうやだ……俺、全然しまらない…………」

 嘆くようなロジウさんの言葉を最後に妙な沈黙が落ちて、何とも居心地が悪い。

「ロジウ」

 一番後ろにいた人から急かすように呼ばれて、ロジウさんははっと顔を上げた。

「悪い。急ぐ。俺達に従って、黙って歩け」

 私の腕をしっかり掴んだまま、ロジウさん達は横の壁を蹴る。トン、トン、トトン、トン、トトトトンと、何だかリズミカルな蹴りだ。何だろうと思っていると、壁が動いた。一人がギリギリ通れる隙間が現れ、私達は剣を向けられたままそこを通る。最後の一人が通り終えると同時に、すぐに壁は閉まった。

 完全に真っ暗になって何も見えなくなる。

「進め」

 そうは言われても、全然見えない。現代っ子は暗闇に弱いんです。

 こんなに暗かったら目の前が壁でも分からない。そろりそろりと足を伸ばして地面を確認して一歩踏み出す。踏み出してから剣を思い出して慌てて首を守ったけれど、既に剣はなかった。

「おい、進め」

「み、見えぬよ」

「大丈夫だから進め」

 何が大丈夫なのかは分からないけれど、大丈夫だそうなのでそろりそろりと足を進める。

 視界が暗闇に覆われている分、他のことに神経が過敏になっていく。歩く音だけじゃなく、小さな衣擦れ、剣帯と剣が擦れる音、呼吸音まで鮮明に聞こえた。

 周囲に聞こえるんじゃないかと思うほど、私の心臓がどこどこ鳴る。皆いるのだろうか。いつの間にかルーナ達はいなくなっていて、私だけになっていたらどうしよう。不安になって必死で目を凝らしても、光源が全くないのでいつまで経っても目が慣れない。

 どこどこ鳴る胸をぎゅっと握った瞬間、ぴちょんっと澄んだ音が走り抜けた。背中を。

「ふびあ!?」

「何だ!?」

「たわけか!?」

「ママ――!?」

 ルーナもアリスもユアンも、見えないけれどちゃんといた。

「お前ら静かにしてくれるかな!?」

「ロジウもうるせぇよ!」

「ごめんな!?」

 ロジウさん達はいてくれなくても別によかったけれど、いるらしい。

 まあ、それはともかく、水滴のおかげで意図せず皆がいることを確認できてほっとした。安心して一歩踏み出したら不意に地面の感触が変わる。水溜りに足を突っ込んだようだ。慌てて足を引っ込める。

 少し先にいるルーナ達も進むのを躊躇っているらしく、前がつっかえた。けれど、背中を押されて仕方なく足を進める。水溜りはいつまで経っても終わらない。それどころか、だんだん嵩が増している。

 水は重い。水嵩はまだ膝にも届いていないのに、既に疲れた。どれくらい歩いたのか分からないけれど、恐らく大した距離じゃないのに何キロも歩いたように疲れてしまう。



 水はどんどん深くなる。前が見えないのに水に浸かっていくのは、どんなに気を奮い立たせても恐ろしい。自然と逃げ腰になる私の背を、たぶんロジウさんがぐいぐい押す。まさか、このまま溺死させようという思惑なのだろうか。でも、こんな狭い通路で一緒に水に入っていくロジウさん達だって危ない。幾ら剣を取り上げられても、グラースとブルドゥスが誇る騎士がいる。ユアンだって、カイリさんの元で剣を鍛えていた。私だって、噛みつくくらいは出来る。いざとなれば死なば諸共で喰らいついてやると気合いを入れて、歯の具合を確かめる。

「寒いか? 悪いな、もうちょっとだから頑張れな」

 がちがちと歯を打ち鳴らすと、寒さによる震えと勘違いしたのかロジウさんが耳元で囁いた。ごめんなさい、その首に喰らいついてやろうと思っていましたとは言えない。

 悪い人ではないのだろうか。私の首を首質にルーナ達を脅しているけれど、悪い人では……悪い行いをしている人には間違いない。



 水は既に私の腰を越えて胸元まで到達している。もう半分以上泳いでいるのだけど、いつになったら水から上がれるのだろう。

「……本名かは知らんが、ロジウ」

「黙ってろ」

 黙々と泳いでいたら、アリスの声がした。黙っていろと言われたのに、アリスは続ける。

「抵抗はしない。だから、カズキを渡してくれないか。私達が抱えて進む。女子供にこれ以上の深さは無理だ」

「いや、大丈夫だ」

 ロジウさん、私は結構大丈夫じゃありません。

 女子供の代わりに即答してくれたロジウさんに反論したいけれど、一気に深さが増した水面が顎の下にまで到達してうまく喋れない。灯りがないので見えないけれど、この水の色が凄く気になる。透明だったらまだいいけれど、泥水とか緑色だったらどうしよう。足を突っ込むだけでも躊躇するのに、どっぷり浸かっている状況では、知らないほうが幸せな事実もあるかもしれない。汚水の臭いはしないけれど、飲み込まないように必死で爪先立ちになる。

「ここを潜ったらすぐに着く」

 躊躇している所にこれである。躊躇うなという方が無理があると思うのだけど、ロジウさんはぐいぐい私の頭を押して水に沈めようとしてきた。

 前方でも躊躇っているのか、水面が酷く揺れる。

「せめてカズキを返せ!」

「お前達は騎士と見受けるが、それがここまで拘るとなると、この女、かなりの身分か?」

「…………貴様、その女が誰か分かっているのか?」

 アリスの声が低くなった。ごくりとロジウさんの喉の音が聞こえる。

「私の親友だぞ! 大事に決まっているだろう!」

「ユ、ユアンのママだもん! ママだもん! ママだもん!」

「わ、私だって皆大事だもう!」

 突然の親友宣言とママ宣言に慌てて私も混じったら、いきなり静かになった。自分の言葉の後に沈黙が落ちるとなんとなく罪悪感が湧く。そして、皆の雰囲気がルーナに何か言えと求めている気がする。暗闇で誰の表情も見えないけれど、なんとなくそんな気がした。

「…………俺の」

 ごくりと唾を飲み込んだのは誰だろう。私が入っているのは確かだ。何と続くのだろう。知り合い? 顔見知り? せめて通りすがりの異邦人じゃないことを祈る。

「……………………仲間だ」

「ア、アリスちゃん! ルーナが、ルーナが私を仲間と申してくれた! アリスちゃごぼぶ」

「沈んだか!? おい、カズキ!? 沈んだか!?」

 ルーナが私を身内にカウントしてくれていたと思わぬところで判明して、一気にテンションが上がる。上がりすぎて水をもろに飲み込んだ。吐きたい。けど嬉しい。てっきり、知り合いレベルだと思っていたら、仲間だった。結構悩まれていたけど、一応仲間だった! 次は目指せ友達か! いや、出来れば恋人に戻りたいです! 後、なんか苔っぽい味がする! 苔を食べたことはないけれど、臭いと同じ味がする!

「他の意気込みからすればかなり微妙な扱いだけどいいのか!? ああ、もう! とにかく潜れ!」

 頭を掴まれてそのまま水に押し込まれる。暴れる前に腰を抱えられて一気に前に進むと、急に深くなった。どれだけ足を伸ばしても爪先が掠りさえもしない。パニックになって押しのけようとした私の両手が纏めて掴まれる。私の身体を抱えたロジウさんはぐんぐんと先の見えない水の中を泳いで行く。怖い。暗闇でさえ必死だったのに、息ができない水の中を連れていかれるなんて、本能自体が酷く嫌がる。せめてこれが信頼できる相手だったら全然違ったのに、私を抱える人はロジウさん。

 凄く、逃げたい。

 そんなことを考えている間も、ロジウさんはぐんぐん進む。耳の中でぶわんぶわんと音が膨れていく。一体いつまで息を止めていればいいのか分からないのも困る。どっちが上か下かも、終いには目を開けているのかどうかすら分からなくなった時、急に顔面に風が当たった。

「おい、息していいぞ」

 水越しじゃない声に膨らませていた頬を一気に解放する。そのとき、ようやく目を閉じていたことに気付く。ごしごしと両手で顔を擦りながら目を開くと、広い水面が広がっていた。色を心配していた水は、ありがたいことに綺麗だったけれど、恐ろしいまでに澄んでいる。その代り、酷く冷たい。

 天井まで続く岩壁は高すぎて光が届いていない。私達が現れたのは広がった水場の横壁らしく、すぐ傍に岸部があった。岸部には、ずらりと人が集まっている。灯りもそっちに集中していた。洞窟にしては大きすぎるし、よく見ると壁の一部には階段らしく段差も見えるから、人の手が入っているのだろう。

 ぼこぼこと水泡が上がった所から頭が現れていく。三番目くらいに顔を出したルーナは、頭を振って髪を掻き上げ周囲を確認している。目が合った時、微かにほっとしたような目をしてくれたのが、どうしようもないほど嬉しかった。


 一人で幸せな気分になっていた私に話しかけてきた人がいた。

「ここはルーヴァルの地下遺跡なんだぜ。正確には、ルーヴァルができる前にあった国の遺跡だ。そこが滅亡して長らく不毛の地になってたところに、そっちから来た人間が国を作ってルーヴァルができたんだぜ」

 聞いたことのある声に勢いよく顔を上げる。

 どうして、彼が此処にいるのだろう。どうして、そんな、まるで普通の知り合いみたいに話しかけてこられるのだろう。

 彼が何をしたか私達が知っていると分かっているだろうに、どうして。いま、憤怒で真っ赤になったアリスを見ただけでも、否、見なくたって分かっているだろうに、どうして、そんな普通に。

「貴様っ……!」

「おお、怖い。そんなに怒らないでくださいよ、騎士アードルゲ」

 以前より伸びた気がするワインレッドの髪が、蝋燭の明かりに照らされてオレンジっぽい色を放つ。

「あんたも宥めてくれよ。なあ、黒曜」

「…………ツバキ」

 冷たい水と同じ声音で呼ばれた自分の名前に、ツバキは満足げに口角を吊り上げた。


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― 新着の感想 ―
こいつホントに不愉快だな 無駄に出番が多いのが余計に苛つく こいつとの和解は見たくないなぁ 無様に死んでほしい。悪役だし
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