闖入者
「あなたたち、駄目でしょう?」
放課後のエール公爵邸にて。私とクレイスくんはユリーシア様にこっぴどく叱られていた。
本日の午後の授業のサボタージュについてだ。
「サボる気は……なかったんですけど、考え事をしていたら授業が始まっていまして……」
自分が優等生であるとは言わないけれど、模範生ではあったと思う。少なくとも今まで規律を破るような真似はしたことがなかったし、成績だって中の上くらいだ。もちろんサボりなんかしたことがなかったので、クラスでは具合が悪くて帰ったのだろうということになっていたらしい。一緒に帰ろうと教室にお迎えに来てくれたときにそんな話を聞いていたのに、帰宅をしてみればへらへらしながら出迎える私の姿。サボりについてはもちろん心配しただろうという叱責も受けて当然だ。
「クレイスが誘ったの? 駄目よ、貴方は勉強の必要がないかもしれないけれどルルはそうじゃないんだから」
「すまなかった」
ぐさっとくる。クレイスくんは成績上位者で、いつも十位以内でうろうろしているらしい。本気を出さなくてその状態なので、全力でやればユリーシア様を抜いて首席になれるだろうとも。つまり、ほんのちょっとサボったところで授業についていけなくなったりはしないのだ。私はといえば、今日受けなかった分の内容はしっかり補っておかないと普通に順位を落とす。頭の出来が違うクレイスくんが恨めしい。……が、サボりに誘ったつもりはないもののどちらかといえば私がクレイスくんを付き合わせる形になってしまったのだ。なのでクレイスくんが謝る必要はない、絶対に。
「ユリーシア様、クレイスくんは悪くないです。私がちょっぴり落ち込んでいまして……それで励ましてくれたというか、私を放っておけなくて一緒に居てくれたというか……」
「……何かあったの? 私にも話せる?」
うう。ユリーシア様ってば優しい。けれどユリーシア様のことで悩んでました、なんて言えるわけもないしその他に授業をサボって話していたことといえば前世についてだ。もう珍妙な生き物扱いされるのは慣れているし別に隠す気もないけれど、これはこの場で話すことなんだろうか。一回死んでます、なんて言ったらユリーシア様も痛いの痛いの飛んでけをしてくれそうである。
「あの変な女に言い掛かりをつけられていた」
「えっ」
思わぬ助け舟だけれど、ちょっぴり語弊があるような気もする。私に対してのシュシュちゃんの言い分は事実無根だとか、そういうものではなかったのだから。
クレイスくんとの仲を邪魔しただとかは身に覚えがなかったけれど、あんな……あんな励まし方をされた後ではそれも違うとは言い難い。
「まあ……大変だったのね」
経験者からの同情は重い。納得してくれたようで、私の頭をなでなでとしてくれた。……今日は甘やかしてもらえる日なんだろうか。くすぐったいけれど嬉しい。
悪者にしてしまったシュシュちゃんに申し訳なくも、昼下がりにはあんなに萎んでいた私の心は何時も以上に上向いていた。
「私っ、お二人が大好きです! 頑張りますね!!」
招待客についても良い案を思い付いたのだ。あとはユリーシア様と一緒にいっぱいレッスンをして、彼女の魅力を引き出すだけだ。
「まあ……大好きですって。良かったわね、クレイス」
そういえば初対面でクレイスくんには嫌いって伝えたのだった。流石に最初から公爵子息だって分かっていればいくらなんでもあんな発言はしなかったけれど、名乗られた後も家格が上の者への暴言を理由に責められるだとかそういうこともなかったのですっかり忘れていた。
友達になった時点で嫌いだとかそんな発言もチャラになったつもりでいたのだがもしかしたらクレイスくんは今でも気にしていたのか、感動したという風に小さく震えている。
「あ……、えっと。ごめんなさい。自分を嫌ってるかもしれない相手と一緒にいるの怖かったですかね」
いつ背後を取られるかわからないもんな。私にそんなつもりはなくても極度の怖がりのクレイスくんに対して配慮が足りなかった。
「怖かった」
「ですよね。クレイスくんは大事なお友達です。大好きですよ!」
「……あなちたち、大分食い違ってると思うのだけれど大丈夫?」
一分一秒が惜しいのか、ユリーシア様は腕を前に突き出して振りの確認をしている。けれど私たちの会話の邪魔にならないようにか小さな動きだ。
「もちろん努力家なユリーシア様が一番大好きです!!」
「そういうことじゃないけれど……、こほん。ありがとう。とっても嬉しいわ」
ここ最近、童心を意識して過ごしてくれたユリーシア様の笑顔はとっても柔和だ。雰囲気自体も絹のような高貴な美しさの中に柔らかさが加わって、しばらく伯爵小僧どもには絡まれていないという話だった。もし出くわしてもこのユリーシア様を見て睨んだなんだという言い掛かりなどつけられないだろう。
サボりへのお説教は終わった気配がしたので、さあレッスン開始──、と意気込んでいたのだが。
そのタイミングで、レッスン室と化した小ホールの扉が開かれた。
「お嬢様っ、お坊ちゃまっ」
ぜえはあと息を切らして入ってきたのはエール公爵家の執事さんだ。この前同じようにクレイスくんもこの部屋に駆け込んできたのだが、初老といった風体の執事さんは先日のクレイスくんに比べて酷く息が上がっている。
「なあに、そんなに慌てて。落ち着きなさい」
先日のクレイスくんには叱責から始めたユリーシア様だが、執事さんは普段落ち着いた方なのだろう。心配の言葉を掛けている。普段の行動の違いだろうな。
ちらりと横を見ると、やはりなんとなくぶすくれた表情のクレイスくんが居た。自分は叱られたのに、という嫉妬だろう。
「……どうした?」
けれど流石は公爵令息。私情を飲み込んで現状把握に努めようとしている。
「それが……お嬢様と坊ちゃまのご学友だと仰る方がいらしていて……お見かけしたことのない方でしたので、確認が取れるまでお待ちいただくようお願いしたところ……メイドを振り切って邸内に入り込んでしまったようです」
なんと気概のある人だろう。そんなことをしそうな人に心当たりがないとは言わないけれど、すぐに公爵家お抱えの騎士の方々に捕まってお咎めを受けることになるだろうに。
「十中八九わたくしたちの友人ではないでしょうね。ちなみにその方の見目はどういったものでしたの?」
「ブラウンのショートヘアで……やたらと甘ったるくて舌っ足らずな喋り方のご令嬢だったようです」
シュシュちゃんだ。
伯爵小僧の方かな? とも思っていたのだが、その特徴は確実にシュシュちゃんだろう。
私とユリーシア様が顔を見合わせる。
クレイスくんはといえば、恐怖に顔が青ざめていた。




