蒼井家
中庭で小圷と別れてから少しして、蒼井から生徒会の活動が終わったと連絡が来た。
先に校門の前で待つとメッセージを送ってから校門前で待っていると、校舎の方から小走りで蒼井がやって来た。
「待たせちゃってごめんなさい」
「生徒会活動なら仕方ないって。それより、俺の方こそ時間取ってもらって悪いな。忙しいなら別の日でもいいから無理だけはしないでくれよ」
「それは私を心配してるってことでいいのかしら?」
「当たり前だろ」
そう言うと、蒼井は意外そうに俺を見る。
「なんだよ、その目は。別におかしいこと言ってないだろ」
「そうだけど、素直に言われると照れるわね。千歳君のことだから花恋ちゃんのためとか言うと思ったんだけど」
蒼井の言う通り、今までならそうだった。
でも、誰からか忘れたがアドバイスを貰ったんだ。何でもかんでも花恋と絡めるな、と。
だからこそ、蒼井との関係性に無理矢理花恋を持ち出すつもりはない。
「とりあえず、どっかゆっくり話せる場所に行こうぜ。どこがいいとかある?」
「ああ、それなら私の家に行きましょう」
「えっ」
「迎えの車も来てるし、丁度いいでしょう? ほら、固まってないで行くわよ」
「あ、はい」
蒼井に呼ばれ、そのまま蒼井家の車に乗ってしまう。
車に疎い俺でも分かるほど有名な高級車に緊張して固まっている内に、車は街を通り抜け、一際大きな豪邸に着いた。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう」
運転手の執事服を身にまとった初老の男が後部座席のドアを開き、蒼井が先に車を降りる。
俺もそれに続いて降りると、目の前に広がるのは広大な庭と豪華な一軒家。
蒼井家は金持ちという話は聞いていたがここまでとは思わなかった。
正直、かなり緊張している。
「セバス、千歳君を客間に案内してもらってもいい?」
「かしこまりました」
「それじゃ、千歳君。後はセバスに案内してもらって。私も着替えたら直ぐに行くわ」
そう言い残すと、蒼井は早歩きで家の中へと入っていった。
その場に残されたのは蒼井にセバスと呼ばれた初老の男性と俺だけ。
「あの、それじゃお願いします。セバスさん、でいいんですよね?」
「はい。蒼井家の執事を務めさせていただいております、瀬場昴と申します。気軽にセバスとお呼びください」
セバスってそういうこと!?
まあ、本人がそれでいいならいいのか。
セバスさんと呼ばせてもらうことにしよう。
「では、お荷物を預からせていただきます」
「あ、ありがとうございます」
「それでは、客間にご案内いたします」
そう言ってセバスさんが歩き始める。その少し後ろを俺もついていく。
長い廊下に壁に掛けられたよく分からない絵画など、僕が考えた最強の豪邸という感じだ。
お金持ち感が溢れていて非常にいい。
そう思っているとセバスさんがある部屋の前で足を止め、扉を開く。
「こちらでお待ちください」
「あ、はい」
セバスさんに返事を返し、部屋に入る。
床に敷かれた絨毯に、部屋の中央には大きなソファーがある。セバスさんに案内されるがままにソファーに腰かける。
うおっ。このソファーふっかふかだ。ヤバすぎる。
絶対高いよな? 汚したらどうしよう……。
緊張のせいか全く心休まらない。
「千歳様、コーヒーはいかがですか?」
「あ、いただきます」
俺の返事を聞いたセバスさんは一度部屋を出る。少ししてから部屋に戻って来ると、コーヒーの入ったカップを砂糖とミルクを添えて俺の前に差し出した。
「ありがとうございます」
セバスさんに一礼してからカップに手をつける。
めちゃくちゃいい匂い……これは、多分いい豆を使っているに違いない!
多分、高級であろうコーヒーをちびちびと飲みながら蒼井を待つ。
部屋には俺とセバスさんの二人だけで、沈黙がその場を支配していた。
正直に言おう。気まずい。気まずすぎる。
蒼井! 早く来てくれええええ!!
「千歳様」
気まずさのあまりコーヒーをガンガン飲んでいると、不意にセバスさんが口を開いた。
「お嬢様がお友達を家に呼ぶのは、今回が初めてです。お嬢様の機嫌を取って欲しいなどとは言いません。ただ、千歳様さえよろしければお嬢様のご厚意をくみ取ってあげていただきたく思います」
セバスさんは真剣な表情で俺を見つめていた。
その言葉の意味するところを全て理解できたわけではないが、セバスさんが蒼井のことを思っているということだけは分かった。
そんな俺の願いが通じたのか部屋にワンピーススタイルのラフな格好をした蒼井が入って来た。
「お待たせ。それじゃ、セバスは下がっていて」
「かしこまりました」
セバスさんが部屋を後にしてから蒼井は俺と人一人分のスペースを開けてソファーに腰かけた。
「それじゃ、えっと……クッキー食べる?」
どこか緊張した面持ちの蒼井はセバスさんが置いて行ったクッキーが入ったお皿に手を添えてそう言った。
「え? クッキー? 話じゃなくて?」
「ああ、そ、そうね。話をしましょうか。ところでコーヒーのお代わりはいらない? あと、クッションもあるわよ。そうだ! ケーキも確かあったはずだわ。ちょっと取って来るわね」
「待て待て待て!」
早口でまくし立てた末に部屋を出ようとする蒼井を慌てて呼び止める。
「おもてなしはいいから、話をしようぜ」
「でも、折角千歳君が家に来てくれたんだし……」
「いや、まあ気持ちは嬉しいよ。でも、今は話を優先したいんだ」
「そ、そう……」
少し残念そうな表情を浮かべる蒼井に罪悪感を抱きつつ、早速俺はカバンにしまっていた一冊のノートを取り出す。
「これは?」
「今朝、家の畳の下にあった。蒼井と相談したかったことはこの中身についてだ。これを読んで思い当たることがあるなら教えて欲しい」
俺の言葉を聞いた蒼井は静かに頷いてからノートを開く。
そして、ノートに記されたことに目を通し始めた。
俺が今朝読んだ段階ではそもそも知らない単語が盛りだくさんだった。特によく分からないのはアマツキという奴。
なんでも、人の記憶を改竄出来る存在らしい。まるでおとぎ話である。
「これ……」
ノートを読み始めて暫くしてから蒼井の目が大きく見開かれる。
どこか緊張した面持ちの彼女は何度も何度もノートに目を通してから、視線を上げた。
「このノートは、恐らく千歳君が書いたのよね?」
「多分」
実際のところ、自分が書いたという記憶はない。
ただ、ノートに記された文字が余りに俺のものと酷似している。そもそも、我が家に入り込めるのは大家と俺だけだ。
そして、大家の文字を俺は見たことがあるが、このノートに記された文字より遥かに達筆だった。
「……ごめんなさい。私には全く見当が付かないわ」
蒼井ははっきりとそう言った。
当てが外れた。
蒼井が何かを知っている。そう思い込んでいたせいか、想像以上に俺は気落ちしていた。
「そうか……何も知らないか?」
「ええ。事実は小説より奇なりというけれど、こんな作り話のようなこと、現実には起きないと思うわ。だから、こんなこと気にしない方がいいわよ」
素気なくそう言うと、蒼井は席を立ち、扉の方へと歩いて行く。
「もう夜も遅いし、そろそろ千歳君も家に帰らないと不味いわよね。セバスに送らせるわ」
「え、ちょっ……まだ話は終わってないんだけど……」
呼びかけするも、蒼井は部屋から出て行った。
それから数分後にセバスさんが部屋にやって来て、いつの間にか俺は車に乗せられていた。
「……お嬢様に何をされたのですか?」
帰り際、険しい顔つきのセバスさんに問いかけられたがそれを聞きたいのは俺の方だった。
そんなにあのノートは蒼井にとって機嫌を損なうようなものだったのだろうか。
……ん? てか、あのノート蒼井に返して貰ってない!!
家に着いてからノートを蒼井に渡したままということに気付いた俺は、肩を落とした。
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