9.襲来のネクロマンサー
新キャラ登場です。ちょっと変態です。
「発端はこの町の開発に起因する」
そう語り出したのはギルドマスターだ。
俺たちはギルドの応接室に呼ばれ、今はギルドマスターの対面の席に座らされている。サヴェータはお茶とお菓子を出すとギルドマスターの後ろに控えた。
現在アミミは隣でお菓子をうまそうに頬張っている。自分のことなのに随分と呑気だ。
「この町の観光地化が進んでいるのは知っているか?」
「ああ。この辺りは王都からも比較的近いしな。冬でも夏でも過ごしやすい気候は中々ない」
「そうだな。だから領主はこの町を観光業を目玉として売り出す事にしたんだ。当初は町も発展していい事ずくめに思えたんだが、やがて俺たち冒険者にとっては歓迎できない事態が起きた」
「騎士団の動員か?」
「流石だな。そうだ。貴族達が騎士を動員し、治安維持や町の周囲の魔獣狩りなんかを定期的に行うようになったんだ。勿論町は諸手を挙げて歓迎したさ。だが元々ピルケスでその役割を担っていた冒険者にとってはそうじゃなかった」
「そこに騎士団が入り込んでしまったことで、先住者である冒険者達と領分が重なってしまった。が、相手は貴族直下の騎士団。反抗もできず、引き下がるしかなかった訳だ。結果多くの冒険者がこの街から離れて行った、て所か」
「……ああ。その通りだ。その中には高位の冒険者も多くいたんだ」
重苦しい雰囲気の中、ギルドマスターが振り絞った言葉はそれだけだった。
「それで、今回のクエストとどう繋がるでござる? ギルドに来た時は冒険者は何人もいたように見えたでござるが」
「……実はな。今回のクエストは山間部の村からの依頼で、近くの森に夜な夜なアンデッドが出没するから退治してほしいと言うものだった。アンデッドと言っても種族によって対応方法も全く変わるため、ベテランの冒険者パーティーに頼んだんだ。現状この町で最高ランクのBランクパーティー『閃光の牙』。この町は冒険者クランがあるわけじゃないから、実質彼らが最強のパーティーだった。それが10日ほど前だ」
「結果は?」
「……誰1人帰って来ていない」
その一言で場の空気が更に重くなった。
むしろそんな危険なクエストを子供であるアミミに受けさせようとしたかと思うと、はらわたが煮え繰り返りそうになる。
俺は隠しきれない怒気をはらんだ声で問いかけた。
「Bランクパーティーですら失敗したクエストを、今日冒険者になったばかりのアミミに受けさせようとしたのか? 冒険者を守るのがギルドの役目だろうが。それが逆のことしてどうするんだ。お前らは揃いも揃ってバカばかりか!」
「それは……すまなかった」
「すまなかっただと? 謝るくらいならさっさと王都に応援を要請して解決しろ。たまたま俺たちが来て依頼したんだとしたら、誰もこなけりゃこのまま放置していたって事だろうが。その間に犠牲が出るんだぞ。何のためにギルドがあるんだ!」
たまりかねた俺は、感情をぶつけるように言葉を発した。ギルドマスターはただただ俯いて、後ろにいるサヴェータは顔を青ざめさせている。
そんな中、絞り出すようにギルドマスターが言葉を発した。
「……すまなかった」
俺は勢いよく椅子から立ち上がるとギルドマスターを掴んで無理やり立たせた。筋肉に覆われた巨軀が片手一本で吊し上げられる。
慌てたアミミが俺を後ろから止めようと胴に手を回し、サヴェータは青ざめた顔のまま俺とギルドマスターの間に体を割り込ませた。
「待ってください。話を聞いてください」
サヴェータが俺に訴えかける。だが俺はそんなサヴェータを睨みつけた。
サヴェータはますます顔を青ざめさせるが、それでも気を持ち直して真剣な眼差しを向けてくる。
そこで漸く、俺も少し大人気なかったと落ち着き、少しだけギルドマスターを掴む手の力を緩めた。
「で、どう言うことだ?」
俺の問いかけに一瞬2人はポカンとなったが、意図する事に気づいたのか、サヴェータが慌てて話し出した。
「ギ、ギルドマスターは何もしてこなかったわけじゃありません。できる限りの手を尽くして来たんです。王都にも救援を要請しましたし、騎士団にも頭を下げて掛け合いました。元冒険者だった方達も頼ったんです。でも、誰一人頷いてくれなかった。助けてくれなかったんです。だから、今回はと思って、あなたなら助けてくれると思って……」
サヴェータは徐々に目に涙を浮かべる。
俺はどうにもバツが悪くなり、手の力を完全に緩めた。ギルドマスターの足が地面につく。
サヴェータが泣いたのを感じ取ったのか、アミミは俺の足をゲシゲシと蹴ってくる。いつの間にかワシも俺の頭に移動してキツツキのようにコツコツ頭を叩いた。
「悪かった。冷静になったから泣くのはやめてくれ」
俺は両手を上げて参ったを表す。どうやら今は俺が悪者のようだ。
すると応接室の外からバタバタと足音が聞こえてくる。止まるよう訴えかける女性の声。どうやら受付嬢が何者かがこちらに近づいてくるのを制止しているようだ。
しかしその甲斐虚しく、足音は扉の外までやって来て止まった。
バンッ!
不意に開け放たれた扉からやって来たのはーー
「さぁさぁ。私がやって来ましたよー! アンデッドはどこだー!」
頭に山高帽を被り露出の激しい格好をした、見るからに魔術師然とした格好の女が1人。側から見れば出るところは出て引き締まるところは引き締まっている抜群のプロポーション。造形美とも呼べる容貌で見る人全てを惹きつける魅力を持っているが、だがどこか表情はだらしなく残念な感じだった。
そして残念なことに、俺はそんな人間に心当たりがあった。
俺は頭を抱えながら天を仰いだ。
「……ノノ。お前か」
「あ、トールん! どして? 何でこんな所にいるのー?」
それは世界に14人しかいないSランク冒険者の1人。『人外魔凶』ことネクロマンサー、ノノ・サーヴェッジだった。
突然の来訪に面食らった俺たちだったが、その後ノノを加えて改めて話を再開する。
「つまりあなたは王都に送った今回の依頼に応えてくれた冒険者、と言うことか?」
「そだよー。ちょっと他の依頼もあったから、来るのに時間かかっちゃってごめんねー」
ちょっとイラッとするが、黙って話を聞く。
「しかし王都のギルドからは何も連絡がなかったのだが」
「そりゃそうだよー。冒険者は利益を求めるからね。他の依頼受けてる方が割がいいからわざわざこんなところまで来ないよー」
「ではあなたは何故?」
「アンデッドがそこに待ってるから!」
目を輝かせながらノノはそう答えた。
そう。この女は根っからのネクロフィリアだ。屍体愛好家だ。
Sランク冒険者は総じて変態が多いが、こいつはその中でもトップクラスの変態といえるだろう。
ギルドマスターは疑わしげな眼差しをこちらに向けた。俺は少し悩みつつも、溜息を吐きながらその疑問に答える。
「あんたがどれだけの報酬で王都に協力を持ちかけたか知らんが、それで言うとこいつは大当たりだ。何たってSランク冒険者だからな」
「Sランク冒険者⁉︎」
俺以外の全員が俺の言葉に驚く。アミミは相変わらずお菓子を食べてたが。
「そだよー。人外魔凶って言えばわかるかな?」
「じ、人外魔凶! あの……」
ノノの噂は挙げればキリがない。
曰く、屍体大好き。
曰く、依頼と一緒に村も巻き込んで滅ぼした。
曰く、通った後は雑草さえ残らない。
曰く、伝説の冒険者をアンデッドにして使役している。
曰く、100万の軍勢を引き連れている。
本当かどうかわからない噂も山ほどあるが、どれもいい印象は受けない話ばかりだ。
あれ? これ全然安心できないんだが……。
まあ本人の性格は奔放で裏表がないから悪い奴ではない。……はずだ。
「全然安心できないんだが……」
ついギルドマスターが本音を漏らしてしまう。
全くその通りなので俺も否定できない。
ノノは呑気にアミミからお菓子をもらっている。この短い間に仲良くなったようだ。ひょっとしたら似た者同士なのかもしれない。
「仕方ないから俺も一緒についていく。こいつを監督するのは初めてじゃないから何とかコントロールできると思うさ。それにアミミもクエスト受けちまってるしな」
「おお。それは助かる。『閃光の牙』が発ってから時間が経っている。できれば早くお願いしたのだが」
「なら明日その村に向かう。それまでに村への地図や周辺図があれば用意できるか?」
するとその言葉にギルドマスターは渋い顔になる。何か問題があるのか問いかけると、遠慮がちに口を開いた。
「村への地図は用意できるが、周辺の地図まではな。森と山に覆われていて、あまり細かな情報まで分かっていないのが現状だ。今回の現場のおおよその位置ならわかるんだがな」
なるほど。確かにこの周辺は山で分厚い森に覆われている。その細かな境界などは分からなくても仕方がないだろう。
まだこの世界には飛行機の様な空を飛ぶ乗り物は確立されていないのだ。魔法で空は飛べるため、個人レベルでの飛行には成功しているが、輸送手段としての活用はまだまだ遠い話だろう。
「承知した。なら村の位置は今のうちに聞いておく。書状なんかはあるか?」
「今用意しよう。サヴェータ」
ギルドマスターが声をかけると頭を下げて部屋から出て行った。恐らく受付の方に用意しているのだろう。
待つまでの間の沈黙に息苦しさを覚えていると、ギルドマスターから一つの提案があった。
「お前達はもう宿は取ったのか?」
「いや、俺とアミミはまだだ」
「私もまだだよー」
「そうか。なら宿もこちらで手配しておこう。この町は先も行った通り、観光地化していて宿を探すのも難しいのでな」
「そうか。それはありがたい」
ギルドマスターはノノを追って来た受付嬢に宿の手配を頼むと、受付嬢はそそくさとその場をさっていった。
その姿を見送った後、ギルドマスターが改めて深々と頭を下げる。
「トールよ。今回は騙す様な形となってしまいすまなかった」
「俺ではなくアミミに謝ってくれ。もともと俺は、アミミとはこの町で別れる予定だったからな」
隣にいるアミミを見ると、じっと俺に視線を向けていた。何故かワシもじっと視線を向けてくる。
「どうにも年下に頼られると断れないタチの様でね。と言うわけで、謝罪も感謝もこいつに言ってくれ」
改めてアミミに相対するギルドマスター。
礼を述べながら深々と頭を下げた。
「今回は本当に感謝する。アミミ殿がいなければこの町はもっと大変なことになっていたかもしれない」
「頭を上げるでござるよ。礼は問題が解決してからで構わないでござる」
「そうか。すまない」
そんな中1人、仲間外れにされたかの様な立ち位置のノノだけ、誰にも聞こえない声でぼそりと呟く。
「私もいるんですけどー」
11月は更新頻度を少し上げて火・木・土曜の週3回更新にしようと思います。
誤字脱字が増えるかもしれないですが、少しスピードを上げて行こうと思いますので、間違いなどあれば指摘してもらえるとありがたいです。