10. いざ出発
書状を受け取った後、俺たちはギルドで取ってもらった宿に向かって歩いていた。一緒に予約を取ってもらったのでノノも同じ宿屋だ。
宿には食堂も併設されているため、夕食はそこで取ることになっている。しかも支払いは全てギルド持ちだ。今回の件の罪滅ぼしのつもりかもしれない。
俺たちは賑わう通りを抜けて宿に向け歩く。
「そう言えばノノ殿はトール殿とお知り合いなのでござるか?」
「そだよー。トールんとはいわば戦友、そして私の最愛の人なのでーす」
「トール殿の恋人でござるか?」
「ちがうわ!」
危うくアミミが変な勘違いをするところだ。
そう。このノノ・サーヴェッジと言う女は、何故か俺のことをとてつもなく好いてくれている。会うたびにラブラブオーラを垂れ流してくるのだが、俺からしたら全く受ける気はない。
以前もきっぱりと断ったのだが、それでも諦めずこうして何度もアタックしてくるのである。
別に俺も女性からの行為が嫌なわけではない。むしろ嬉しい。ただ単に、ノノからの好意が嫌なだけなのだ。
単純にノノの容姿だけ見れば十分に魅力的であり、恋人にするのになんの問題があるかと言われるだろう。現に以前ヘイスに相談をしたことがあったのだが、その時は目から血の涙を流しながら羨ましがっていた。
実はSランク冒険者の中でもノノの人気は高く、ファンクラブができるほどに多くの民衆に受け入れられている。それは男性以外の女性からも支持が強いらしい。
Sランク冒険者としてのその強さと、10人が10人振り返るであろう美貌を兼ね備え、スタイルは抜群、知名度は王国遍く知れ渡っている。まさに非の打ち所のない完璧な女性。
だが彼ら彼女らは知らない。いや、知っていても中には耽溺している奴もいるが、こいつの好意の本質を知れば多くが恐れ慄くだろう。
ノノと言う女はネクロフィリアだ。屍体愛好家だ。本人曰く、屍体に性的興奮を覚えるわけではなく、死という概念のその先、ある種の答えみたいなものとして考えており、それが愛おしくてたまらないらしい。
どちらにしても変態には変わりない。
俺もちょっと抵抗はあるが、別に本人の趣味だと言うのなら受け入れよう。かなり我慢して受け入れよう。だがそれを押し付けられた日には堪った物ではない。
そしてこの場合の押し付けると言うのは、慣れろと言う話ではない。
「トールんは私が初めて好きと思えた人間なの。本当は早く屍体になって欲しいんだけど、トールんが嫌がるから今は我慢してるんだー」
こう言うことである。
そう。ノノは相手をさらに好きになれる様に、最終的には屍体にしようとしてくるのだ。
勿論俺もノノに追いかけ回され、襲われ、引き倒され、喰われかけた。ギリギリ防腐処理の薬液に放り込まれそうになったところで、なんとか難を逃れた訳だ。
きっとノノにとっての求愛行動は相手を死に至らしめることなのだろう。そこがスタート地点であり、初めて結ばれると考えているのだ。
まあある意味死後も共にあり続けると言うのは永遠の愛と言えるのかもしれない。
ただ最近はあまりに俺が抵抗するためか、少し落ち着いて来た様に感じる。ただ好意は相変わらず向けられ続けているので警戒は怠れない。
そんなこんなで宿に到着した俺たちは先に飯を済ませると宿屋にチェックインする。
「すまない。ギルドに予約してもらってるトールという者だが」
「あ、あなた方は……」
「おお。湖の御仁方ではござらんか」
受付にいたのは今日湖で助けた男女のうちの女性の方。男性から宿屋を営んでいると言われていたが、まさかギルドが予約したのがそこだとは思わなかった。
「湖では本当にありがとうございました。あの時はまだ混乱してしまって、ろくにお礼も出来ずすみませんでした」
「いや、いきなり魔獣の前に放り出されたんだ。恐怖心が勝つのは仕方ないだろう」
「そうでござる。無事だったのだからよかったのでござるよ」
俺とアミミの言葉で少し緊張が解れたのか、女性に少しだけ笑顔が戻った。
「えっと……。宿のご利用ですよね。ギルドから3人と伺っていますが」
そうして3人目がひょっこりと俺の後ろから顔を出す。ノノが女性に対してにまーっと柔らかい笑顔を向けた。
「ノ、ノノーー」
女性が叫ぶ前に驚異的な反射神経で俺は口を抑える。周囲から変な目で見られない様に警戒しながら、俺は自分の口に指を当てて静かにする様にジェスチャーをする。
女性は口を押さえられたままコクコクと頷いた。
「有名人はつらいねぇー」
「お前は黙ってろ。で、宿の利用は問題ないか?」
「は、はい。えっと、ノノ・サーヴェッジさんですよね? Sランク冒険者の」
「そだよー」
「わ、私ファンなんです!」
そう言ってカウンターからずいと飛び出そうな勢いで迫ってくる。一応先ほどのことを気にして声量は抑えてくれている様だ。
「ファンかー。嬉しいなぁ。じゃあ私の仲間になっちゃう?」
「え? 仲間……ですか?」
「すまない。こいつの冗談みたいなもんだ。鍵をもらってもいいか?」
「あ、はい。こちらが鍵になります」
そうして俺は頭に疑問符を浮かべながら鍵を受け取る。
俺の手に握られたのは鍵ひとつ……。
「えっと……鍵が1つしかないんだが」
「え? ギルドからはお部屋を1部屋、広めのところでお願いされたのですが」
……嵌められた。これは完全に嵌められたやつだ。
ちょっと前までギルドの罪滅ぼしとか思ってた自分を殴ってやりたい。
まあ俺の心は寛大だからこの程度は許すとしよう。
「そうか。ならもう1部屋用意してもらえるか?」
「すみません。他は満室でして……」
どうせそんなことだろうと思ってましたよ!
側から見れば男女同じ部屋で一夜を共にすると言う、素晴らしいシチュエーションだと歓喜することだろう。だがその相手がアミミとノノだ。アミミは論外だが、問題はノノだ。
好意を抱かれていることに加え屍体量産マシーンのノノと同衾でもしようものなら、明日の朝には新鮮な屍体に成り果てた冒険者が1人誕生していることだろう。
そう。俺という屍体が!
とは言え暴れたところでどうにもならないし、野宿すると言って1人だけ出ると今度はアミミが心配だし。
俺は諦めのため息を吐きながら、素直に鍵を受け取った。
部屋に向かう時に助けたもう1人の男と出会ったので挨拶をする。そして俺たちが3人、かつ鍵が1つなのを察したのか、別れ際に俺にだけ見える様サムズアップしてドヤ顔を向けた。まるで良い仕事しましたとばかりに。殴ってやりたかった。
そうして夜は老けていく。
勿論この夜にドタバタ劇が繰り広げられたのだが、それはまた別の話……。
朝日が上り出発の準備を終えた俺達は、寝不足で重い瞼を無理やり開けながら、鍵を返して朝食をいただく。
まあ寝不足なのは俺だけだが。
朝食はアヒルの茹で卵にパンとクズ野菜のスープ。それほど量はなくお腹に優しい感じのメニューだ。
茹で卵は茹で加減が半熟だが、黄身がとろりと流れでない程度の固さ。個人的にはこれぐらいが一番好みだ。オレンジ色の黄身が光を反射してキラキラと輝いている。
口に含むと、濃厚な味わいが舌の上に広がり、ゆっくりと喉の奥へと流れていく。舌の先だけではなく、喉の奥でも味を感じられる様な気がする。
クズ野菜のスープも薄い味付けだが野菜の出汁が十分に出ているため、物足りなさは感じない。欲を言えばもう少し塩味があってもいいかもしれない。
パンは普通のパンだった。
「この茹で卵、濃厚で美味しいでござるな」
「ほんとだねー。この喉に絡みつく感じがトールんのアレみたいだよー」
「朝っぱらから何言ってんだお前は」
「トール殿。アレとはなんでござるか?」
「お前もそこに食いつくな!」
俺はアミミとノノにチョップを喰らわす。アミミは普通に痛がり、ノノは変な声を出しながら体をクネクネさせていた。
朝食を食べ終わった俺たちは宿屋の店主夫妻に別れを告げ宿を後にする。
ギルドで必要なものは受け取り済みなので、このまま村まで直行するだけだ。
町の門を抜け山へと続く道をひたすら登る。
目的地は山間の村ボロン。ピルケスの町からは歩いて半日ほどで着くそうだ。ギルドマスターが無理を押して俺たちに頼み込んできたのもそれが理由だ。
ピルケスからは距離がそう離れていないため、何かあれば真っ先に被害が出る可能性が高い。
通常であれば、アンデッドの群れに襲われたとしても、冒険者も騎士もいるピルケスであれば問題なく対処できるだろう。だがBランクパーティーが全滅したとなれば、その驚異度は一気に跳ね上がる。
下手をすれば知能を兼ね備えた“魔物”が潜んでいる可能性もある。
魔物であればギルド認定の脅威度は最低でもBランク。大抵の場合はAランク以上だ。恐らくギルドマスターはその可能性を考えているのだろう。
弱体化してしまったピルケスの町の冒険者と、騎士とは言えど周辺の魔獣を定期的に狩る程度の実力では対応できないのは目に見えている。
王都であれば有力なクランも多いだろうが、残念ながらピルケスの町にはクラン自体存在していない。
数人であればパーティーと呼べるが、クランはそれとは別にギルドへクラン設立の申請が必要だ。
クランになると定期的な納税が課せられるが、色々な便宜を図ってもらえる様になる。例えば個人でギルドの依頼を達成すると報酬の2割がギルドに手数料として支払われることになるが、クランで受けた依頼にはそれら手数料が発生しない。
ランクが上がるほど、規模が大きくなるほどクラン設立のメリットが生まれてくる。後は他パーティーや他クランに引き抜かれにくくなるなどだろうか。そのせいで若い冒険者を青田買いする様な動きも見られているのが最近問題視されているが。
ピルケスの町に関してはこれらメリットがあまり働かないということもあって、クランは設立されていない。昔はあった様だが、多くはやはり王都や商業都市、他国の大都市へと移っていく。その方が金払いのいい依頼が多いからだ。
納税の金額は場所が違っても同じという仕組みが、こう言った地方ギルドの弱体化を助長しているわけだが、ギルドのお偉方は中々そこに踏み込めないでいる様だ。旧態依然とした体制が身動きをとりづらくしているのだろう。
恐らくピルケスの様に依頼の要請を出しても中々協力してもらえないのには、そう言った理由もあるはずだ。
今は依頼を解決することが優先だと自分に言い聞かせながら、俺たちは目的地であるボロンを目指す。
「アミミ。道はこっちで問題なさそうか?」
「うむ。この道を先に進んだところに木が開けた場所が見えるから、恐らく目的地の村だと思うでござる」
俺はアミミに村への道が間違いないか確認する。
一応ギルドに地図はもらっているが、正確性をあてにしていない俺はより正確に道を掴むための方法を考えた。初めは俺が空に上がることを考えていたのだが、アミミのスキルを聞いてこの方法に至った。
昨夜宿屋でアミミが地図を書き出したのだが、それは俺が想像している様な陳腐なものではなかった。それは軍で使われているものと比べても非常に精度の高いものだったのだ。
改めて話を聞くと、アミミは魔眼の持ち主で、他者と視界を共有できるらしい。
その地図はアミミの肩に乗ったワシが空を飛んだときに見た景色を共有したものらしい。
村に来るまでの光景を正確に覚えていた記憶力にも驚いたが、そんな手法で地図を書こうとする考えに驚かされた。そしてその正確性にも。
とりあえずその事についてどうするかは棚上げし、今日の遠征にこの能力を使っていく事にしたのである。
ただ視界を共有している間は魔力を消費していく様で、長時間の行使はキツいらしく、少し歩いてはまた使うと言った形で俺たちは進んでいた。
「それにしてもアンデッドの発生って、何なんだろうねー」
ノノが気の抜けた喋り方で聞いてくる。
確かにいきなりアンデッドが、それも地方の山村で発生するとは考えにくい。
アンデッドは屍体が長時間魔力の影響を受けた際に発生すると言われている。なので屍体が風化しない湿地帯やダンジョンなんかではまま見られる。
或いは魔力だまりと呼ばれる魔力の濃度が高い地域で死んだ冒険者は、屍体となってからもリビングデッドとなって動き出すことがある。
こんな普通の森だと屍体は養分として分解されることが多いので、滅多にアンデッドが目撃されることはないのだが。
「今まで聞いたことがある話だとアンデッド系の魔物が配下として従えたり、闇クランが暗躍して死体を量産したりって所か」
「あ、それ屍王ヴェゼルマンと屍体生産工場の話だよねー。でも屍体生産工場の方は都市伝説じゃないのー?」
「火のないところに煙は立たない。実際にあった話らしい。勿論もう解決されてるがな」
「うわっ。鳥肌だよー。トールん温めてー」
そう言ってピタリとくっついてくるノノ。俺は無理やり剥がそうとするが、とんでもない力で離されまいと堪えてくる。さすが腐ってもSランク冒険者……。
「いちゃついてないで行くでござるよ。村まで後少しでござる」
そう言ってアミミはスタスタと歩いていく。一番年下の大人な対応に、俺は苦笑いしながらその後に続いた。ノノは相変わらず離れない。
それから暫く歩くと、ノノが異変に気づく。
「うわぁー。これ結構な腐臭がしてくるねー」
それと同時にアミミが叫んだ。
「トール殿! 村にアンデッドが溢れているでござる。町の中央の建物にまだ生き残っている人々が!」
俺たちはアミミの言葉に頷くと、一目散に村へと駆け出した。
※道中の会話。本編とは一切関係ありません。
アミミ「ノノ殿は屍体が好きなのでござるか?」
ノノ「好きだよー。大好きだよー♡」
アミミ「トール殿のことは好きなのでござるか?」
ノノ「好きだよー。大好きだよー♡」
トール「ノノの好きは重すぎて怖い……」
ノノ「そんなことないよ! ちゃんと腐らないように完璧に処理するから!」
トール「それが怖いんだっての!」
ノノ「だ、大丈夫だって。約束したし、ほんとにアンデッドにしたりはしないからー。ちょっとだけだよー。ちょっとだけだから。先っぽだけで良いから。先っぽだけ、先っぽだけアンデッドに……」
トール「先っぽだけとか意味わからんぞ。て、何でそんなに鼻息が荒いんだ? ちょ、ちょっと待て。何故ズボンを脱がせようとする! お前一体どこの先っーーーーあぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
アミミ「トール殿。安らかに眠るでござる」
トール「……ち〜ん」




