王伝編集官 異伝 そこな王子は無頓着 ①ラディアス VS レイアール
「魔王ですか?」
「そう、私が魔王でレイが勇者。」
これは10月の芸術祭で行われる初等科の劇の話。勇者と呼ばれた少年と魔王を名乗る兄の日常をしばしご覧あれ。
始まりはというと
僕の名前はレイアール。5才です。ルシネイラ国の第二王子です。僕には3才年上のとってもやさしくてかっこいい兄上がいます。僕は毎朝兄上より早く起きようとがんばってますが一度も勝てません。夜は兄上より長く起きていようと兄上の部屋で勉強してますが、気が付いたら自分の部屋で寝てました。いつか兄上の寝顔が見たいです。
「日記にはもっと自分のことを書いていいんだよ」
「はい!」
(・・・まぁ、後世の小説家が喜びそうではないというだけだからいいか)
レイアールが書いているのは『王伝』に併記される『自伝』のための日記だが、どう見ても中身の大半が兄ラディアスに関する事ばかりだ。それはもうラディアス観察日記だろうかと思われるほどに。
ある日レイ王子はラディアスの共で王立研究院を訪問する。そこで見たものは
「では予算はこの通りに。次回、試作品をもってくる」
「はい。ところで「あれ」はどうします?」
20台後半の穏やかな雰囲気の青年が、周囲の部屋からひっそり顔を出している同僚たちを見ないようにしながらラディ王子に問うのも慣れたものだ。これはリノリスを連れてこないラディアスに物言いたいが毎回かわされる女性研究員達との攻防。
どの国の研究院も2年ほど見習い期間を経て試験に合格した主任研究員は各自で研究室をもち、好きな研究ができる。ただ「なんでも」というわけではない。一応だれかの役に立つものをという建前がある。
もしくは彼のように依頼を受けて研究するものもいる。ロティー・ハロドリスは主に植物の品種改良が研究テーマでラディ王子からティンの実の改良を受けた。研究室によって人数はまちまちだが彼の研究室は通称「ハロ研」と呼ばれ、研究院では一番の大所帯である。のめり込みやすい気質の人たちの集まりな研究院でロティー氏は面倒見のいい普通の人だから。いずれ院長を押し付けられるとの見解もあったりする。
そんなロティーとラディ王子の歓談に割り込む勇者もいまい。むしろ終るのを見計らって突撃するつもりだ。にじりにじりと距離を詰めてきた。
(やっとぼくの出番でーす)
ラディ王子がそっと目配せすればレイ王子は大きなバスケットをもって彼女達の前に立つ。兄から頼まれた仕事にレイ王子のやる気といったらもう
「これみなさんでどうぞ」
女性研究員達はひるんでいる
「今日はドライフルーツ入りのマフィンです」
女性研究員達は後ずさりする
ニコニコ レイ王子は近づく
「ありがとうございました~~~~~~~~~~~」
女性研究員達はバスケットを受け取り逃げ出した
こうしてリノリスの平穏は守られているのでした。
帰り道の馬車の中
街に入ると路地横で遊ぶ幼い兄弟がいた。まだ走るにおぼつかない弟は兄の元に懸命に走るが、手を広げて待つ兄の前でころんだ。
「に~ちゃ~~」
ぴーぴー泣き出す弟に兄は「惜しかったな」と頭をなでている。
レイアールはラディアスを「兄上」と呼んでいるが、今見た光景を自分に当てはめてみる。そしてじっとラディアスを見つめた。
「どうしたんだい?」
やさしい笑みで言われて思うのは
(「にーちゃん」はないな)
だれよりもかっこよくてやさしくてつよい兄上はやっぱり兄上だ
それに兄上と呼べるのは僕だけ(いまのところは)
「兄上は僕の目標です」
「ありがとう、たのしみだよ」
そして舞台の幕が上がりスポットライトに照らされているのは長い黒髪と漆黒のローブをまとい緋色の瞳をもつ魔王ラディアス。対峙するは金の髪と青い瞳の勇者レイアール。青の衣とマントでそれはもう可愛らしい。
(かっこいいはまだ程遠いか)
「よくぞここまでたどり着いたな、勇敢なる若者よ」
勇者とは=王の試練を成し遂げた者
ハロ研はまた出てきそうな予感