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天使の所業  作者: ふたつきひみつ
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スローサー

 槍を覆っていた布は遊の両腕、右肩、右胸にまで巻き付いて覆いを剥がす。現れたのは白銀の槍。ひし形を二つ重ねた様な極薄の刃、そして直線に伸びる持ち手だけの槍。前のダーインスレイヴと比べあまりにも簡素で美しく、それが"魔槍"と呼ばれているなど思いもよらないだろう。

「何だ……この槍…。」

 白銀の輝きは、太陽が当てる日光を連想させる。暗い筈の景色が槍を中心に照らされている様にも見えた。微かに蒸気の上がる音が立ち、照らされた様に見えた先の景色は、陽炎を起こす。

『いつまでも寝ている場合ではないぞ人間。立ち上がれ。奴が動く。』

「立ち上がれってったってよぉ…こんな状態じゃ立ち上がれ、な…い?」

 頭に直接響く指示に呆れながらも、ダメ元で力を入れてみると、いとも簡単に体が起きた。寧ろいつもより明らかに軽い。あの日の時のように、ラグエルの時のように。

『俺の武器化は使用者に魔力を流す。生身では耐えきれんからな。体の活性、各間接や骨、筋肉の強化……それらを行えば、貴様の疲れなど有って無いに等しい。』

「よく分からんが分かった。とりあえず動けるようになるし、あの天使とも戦えるってことだな?」

 魔力が影響しているのか、今すぐにでも飛び出さんとする高揚感が充たす。見ただけで畏縮してしまうクシエルの瞳も、完全とはいかないが克服していた。気が大きくなってしまうのを、クシエルの瞳によって律する。丁度いい釣り合いだろう。

「でもさマクア。俺、槍なんて使ったこと無いぞ?」

『心配いらん。これに型なぞあるものか。貴様は振り回して天使の攻撃を防げばいい。』

「簡単に言ってくれるなぁ……ま、とりあえず善処するさ。」

 遊の言葉を皮切りに、クシエルの鞭が身をくねらせ遊を襲う。本来なら見える筈の無い軌道は、視力の活性化でも起こしているのか、完全に見える。寧ろ見えすぎている。無軌道を強みとする鞭は、相手を翻弄し、崩し、痛みを蓄積させる事に特化している。しかし、見えてしまえばそのアドバンテージは無いに等しい。

「っらあ!」

 遊は頭上から襲う鞭を右へ弾いた。あれほど辛酸を舐めさせられた熱は不思議と感じない。魔力は飽く迄身体の強化、熱の耐性には関わっていないだろう。だとしたら槍によって耐性を得られたのだろうか。

 弾かれた鞭は即座に立て直し、弧を描いて左から横薙ぎに向かう。力を逃す様に捌く又は弾くなら可能だが、あの鞭を受けきるには些か不安が拭えない。

(だったら…!)

 槍の刃を地面に突き立て上方へと飛び上がる。横薙ぎの鞭は槍を捉え弾き飛ばすが、それは予定通り。弾かれた槍を右手で掴み、弾かれた勢いと自身の腕力によって、体を軸に一回転。その速度は衝突により減速した鞭よりも速く、刃を鞭身に向かって切りつける。

 耳を塞ぎたくなる甲高い音。確かに狙い通り刃を鞭身に向かわせたが、切りつけると言うよりは叩きつけるが正解だろう。切断できれば重畳(ちょうじょう)であったが、そこまで良く事が進みはしなかった。

「流石に無理か…!」

 切断されず弾かれた鞭は一度上へ昇り、なんの小細工も無しに降り下ろされる。威力のみを追求した一撃ではあるが、軌道が単純すぎる為、受けるまでもなく右足で地面を踏み抜き、たった一歩で四メートル左へ跳躍して回避。

 目標の失った鞭は地面へと叩きつけられる。しかし、それこそクシエルの狙い。割れた地面から飛び上がる岩を、鞭で即座に細かく砕き、起こった砂煙と相まって半径十メートル程を包んだ。

「うぐっ!」

 目に砂が入ったことにより条件反射で瞼を閉じてしまう。開けようにも漂う砂煙がそれを許さない。視界を奪われると言うのは、感覚の七割を奪われるのと同義。だからこそ落ち着かなければならない。遊は目を瞑りながら最良の行動を思い浮かべる。

(目眩ましの目的は対象の混乱を誘う事、そして脱出する瞬間を狙う事……だったら無闇に動かないでその場に留まるのがベストか。)

 その場に低い姿勢を取り、煙が晴れるのを待つ。クシエルもこの中では遊の位置を捉えられないだろう。そう考えた遊は…………何とも浅はかだと言わざるを得なかった。

 突如土煙を切り裂いて鞭身が姿を現す。クシエルの武器は点を捉える銃や、リーチの短い剣ではない。長さを度外視した、横に薙いでしまえば高さの調整のみで済む鞭なのだ。そして、襲う鞭は直立していた場合足を刈り取る高さ、つまり低い姿勢の遊を完全に捉えている。

「おわ!?」

 迫る鞭が目に映った。遊は反射的に飛び上がりそれを避ける。間に合わないと覚悟していたが、痛みがない事を鑑みるにどうやら避けきれたようだ。

 砂煙を押し退け、飛び上がったそこは上空七メートル。避けきった安堵を堪らずため息として吐く。そして、共に何故か違和感を感じた。"あり得ない"筈の違和感を。しかし、考えようにもそんな猶予があるはずも無い。空中にいることにより逃げ場が無くなった遊は格好の的。横薙ぎを外した鞭は下から切り上げる様に襲い掛かる。

「っく!」

 槍の先端で鞭をどうにか右に弾く。踏ん張る足場がない為威力はさして無く、体は大きく崩れた。更に空中であるが故、鞭は全方位から攻撃が可能なのだ。所詮その場しのぎにしかならない。

 右に弾かれた鞭は簡単に立て直し、弾かれた軌道をなぞり右側面から襲う。捌くことが出来ないと判断した遊は、槍を立てて柄の部分で受ける。金属と金属、(しな)りや弾力など存在しないそれらは、衝撃をモロに遊の腕へと伝えた。

「くぁ!?」

 左側へ吹き飛ばされる遊。いくら強化されていると言えど、大地を抉るあの衝撃を手で受けたのと同じなのだ。堪らず放してしまいそうになるのを耐え、苦痛に顔を歪める。

 速度を緩める物が存在しない空中において、遊が止まる方法は校舎へ衝突することのみ。来るであろうそれに身を備え、着地点を捕捉すると、校舎と遊の間に細長い物体が割って入った。

 それはクシエルの鞭。遊が空中にいることに対しての自分の優位性を失わない為、今度は左側から鞭を打ち付ける。校舎への着地に備えていた体は突然の事に硬直してしまい、その攻撃を避ける事が出来なかった。

 腕を十字に身を庇う。鋭利な鞭身によって遊の腕は切り裂かれ、その割創は骨まで達す。強化されていなければ、恐らく両断され千切れていただろう。

「ぐああぁぁあああ!!!」

 絶叫。今まで受けたことの無い激痛に頭が真っ白になる。魔力の効果によって傷口は瞬時に止血を終えたが、痛みを消すには至らなかった。追い討ちをかけるように、クシエルの鞭が再度襲い掛かる。八方、十六方では留まらず、三百六十度全方位からの猛攻。軌道をなぞるとそれは正に球体。(かたど)った球体から出さぬよう、中心に遊を置いて、切り裂き、打ち付け、締め上げる。痛みを受ける度マトモな思考は吹き飛び、どうにか受けたとて完全にじり貧。

(くそ、意識が朦朧としてきた…。血を流しすぎたか。鞭相手に飛び上がったのが運の尽きだったな…ちく、しょう…。)

 ほぼ切れかけの意識の中、目も(ほとん)ど見えていない中、偶然なのか、死の縁である事の奇跡か、妙にゆっくりと、そして鮮明に鞭の軌道が見えた。体を半身にすれば避けられる程度の攻撃。避けられるならばと、これくらいならばと、遊はボロボロの体を槍に預託しながら半身になる。

 瞬間、先程まで体のあった位置を鞭が貫く。充分削りきったとばかりに、命を狩る一撃。直撃していたならば無事では済まなかっただろう。勿論、外したのならば軌道修正を行い再度狩るまで。しかし、偶然だと思われた遊の視覚はまたもクシエルの鞭を捉えた。

 側面から薙ぐ鞭を伏せて避け、上方から降り下ろされる鞭は半身になって避け、間に合わなければ槍で捌く。向かう方向が分かれば捌くのも容易い。然したる衝撃も損傷も無く、着々と大地へと落ちる。

(何だ……何だよこの感覚………いや、今この瞬間だけじゃない。この感覚は、クシエルに襲われてから何度かあった。)

 記憶を遡る。最初は槍を手にする前、体育倉庫が破壊されたあの時。目前まで迫った筈の鞭をどうして避けられたのか。

 次は槍を手にしてすぐ。視認が難しい速度の鞭をハッキリと見ていた。見えすぎていた。

 次は土煙の中にいた時。その際遊は目を瞑っていた。砂煙は晴れていなかった為、開けてはいないだろう。にも拘わらず確かに、ハッキリと鞭の軌道が目に映ったのだ。これがその時に感じた有り得ない違和感の正体。

(加えて今のこの状況。まるで…………未来(さき)を見ている感覚だ…。)

 地に足がついた頃には怪我や疲労は治まり、全快といかないまでもある程度の余裕が生まれる。遊は余裕を慢心に使うのではなく、視覚情報や生起している違和感に努めて注ぐ。自身の状態は明らかに異状ではあるが、それは不利な条件ではない為後に回す。

 クシエルの猛攻は止まらないが、それでも今の状態ならば捌くに苦労しない。鞭の軌道に注意を向けながらも、遊は疑問に答えを出すべく思考を巡らせる。

 今気になっている現象、出来事は、先程意識が朦朧とする中考えた事。どうして"血が流れた"のか。クシエルの鞭の鞭身は鋭利な刃になっているが、切られたとて鞭が持つ熱により瞬時に焼かれ、止血される。しかし、遊が槍を手に取ってからそれが無くなったのだ。鞭は相変わらず炎を纏い空気を燃やしているが、よく見るとその炎は僅かに衰えを見せていた。但し僅か、である。傷口を焼くには十分すぎる熱だ。これよりクシエル側が原因でない事が推測される。ならば答えは一つ。遊の持つ槍が原因だろう。

(熱に対する耐性を得た?違う。体はマクアの魔力しか影響を受けてない。炎を取り込んで変形していた事や、あの鞭の炎を考えると多分この槍は──)

「炎を吸収する性質を持っているんだ。」

『ほう、気付いたか。』

 突如悪魔の声が響いた。それは遊の仮定を肯定する発言。悪魔の声は何処か満足気な印象を受ける。槍の特性に気付いたからか、天使と互角に渡り合っているからか、それとももっと別の。

『貴様の予想通り、この槍は熱を吸収する性質を持っている。しかしそれだけでは無い…………まぁそろそろ良いだろう。』

 槍の先端から炎が溢れ出す。赤や橙ではなく青白く幻想的な炎は、溢れ出た先から形を造り、鋭利な刺突用刃物の様な形を形成した。五本のそれを形成すると、槍の周囲に追従して浮かぶ。

「な、何だよ…これ。」

『これか?これはそうだな、槍と投擲、そして炎の概念を合わせて作られたサブウェポン……スローサーとでも呼ぶか。貴様の意思で指定の位置へ飛ばすことが出来る。』

「え、あ、じゃあ…。」

 悪魔の説明を半分に理解しながら、頭の中でスローサーをクシエルへ向けて飛ばすイメージを浮かべる。すると、二本のスローサーがイメージ通りの軌道を描きクシエルの元へ。その速度は想像よりも遥かに速く、瞬時にクシエルの元へと辿り着く。

 キンッと甲高い音が響いた。スローサーは炎を凝縮して固めた物である。ただ固めただけではあるが、それは密度を限界まで圧縮した状態。内部でははち切れんばかりのエネルギーが溜まっており、言うなれば超新星爆発を引き起こす直前の恒星にも近い状態と言えるだろう。つまり、クシエルに命中したスローサーが起こす現象は、熱によって焼くではなく、形成した刃物型による貫通でもない。スローサーが起こす現象は──大爆発。

 轟く爆音。広がる熱波。吹き荒れる風。そして、そのどれよりも激しく巻き起こる炎。立ち上る炎は龍のように、クシエルと周囲を包む炎は蛇のように、範囲内にいる生き物、物質を全て焼き尽くさんとするばかりな凶悪かつ残忍な炎。正に殺戮者(スローサー)

「──!!?」

 予想外すぎる威力に声もでず、その場に固まってしまう。クシエルの猛攻も止んでいる為問題はないが。

『何を呆けておるのだ人間。曲なりにも奴も炎を操る。この程度では倒しきれんぞ。』

 悪魔の言葉通り、爆塵を引き裂いてクシエルの鞭が姿を現した。咄嗟の事ではあったが、冷静に弾き、捌き、受け流す。暫くすると粉塵は晴れ、クシエルの姿が露となる。

「お、おいおいマクア……これは流石に予想外すぎねーか?」

 遊が驚くのも無理はない。現れたクシエルは無傷だったのだ。倒しきれないではなく無傷。あれだけの炎、爆風に覆われながら、見てとれるのは僅かに服が汚れているのみ。

『…………まさかこれ程とはな。』

 クシエルは攻撃の手を緩めない。威力よりも手数を重視して、纏わり付く煙の様に小さな連撃を加える。動揺が相まって、捌ききれない攻撃が遊の表皮を裂く。威力がない為大した怪我にはならないが、反撃の手立てが存在しない今となっては、それすらも更なる動揺を揺さぶる。

(どうする?どうすればいい!?相手はあれだけの爆発を受けながらも平然としている。目立った外傷もないし、あるとすれば服の裾が少し汚れている程度。あんな化け物どうやって倒したら!…………………待てよ?おかしいだろそれは。)

 遊は自分で見た現状と結果が合わない事に気付いた。爆発を受けて無傷なのは良いとしよう。しかし、服に汚れがついていないなど有り得ないのだ。遊が起こした爆発は、およそ砂埃などと言う生易しいものではない。確かに全くついていない訳ではないが、それは僅かに。だとしたら、クシエルは爆発を受けていない事になる。あのタイミングで避ける事は不可能だろう。ならば何かで防ぐしかない。例えば……鞭。

 爆発の直前、キンッと言う甲高い音が聞こえた。あれはクシエルに直接命中したのではなく、例えば鞭がクシエルを包み込む形を形成した際に出た音ではないだろうか。クシエルはスローサーが命中する瞬間に、鞭で自身を包み込み、爆発に備えたのではないだろうか。実際次のクシエルの攻撃は爆塵の中からであった。

 一つの仮説を立てると、連なるもう一つの仮説が浮かび上がる。それは、鞭が無事であるかどうか。

 クシエルの攻撃は手数を重視している……様に見える。しかし、実際はどうだ。もし、強力な攻撃が放てないのだとしたら。もし、鞭に限界が来ているのだとしたら。遊は仮説を立証する為、襲い掛かる鞭に全神経を集中させる。

 クシエルは槍の特性を理解したのか、鞭に炎を纏わせる事はもうしていない。だからこそ好都合。弾く度に散る火花、その中にはよく見ると、火花とは違う鉄粉が含まれていた。それこそ鞭が限界である証拠。

 遊は再度思い浮かべる。スローサーの経路、速度、そして目標を。全てが確定したと同時に放たれる三本のスローサー。経路は最短。速度は先程よりも更に速く。目標は鞭身、その根本。

 クシエルの目の前で大爆発が起こる。爆風を避けるため鞭を盾にしたが、そも狙いは鞭身なのだ。そんな事を知る由もなく、遊の狙い通り鞭へ多大な負荷をかけてしまう。

 しかし、鞭を破壊するには至らなかった。刃はボロボロに欠け、滑らかであった鞭はギチギチと軋む音を立てている。全てのスローサーを放ち、まだ足りない。炎を纏わせていないのならば、スローサーの補充も無理だろう。あと一撃届かない。千載一遇のチャンスは今…………訪れたのだ。

「おおおぉぉぉぉおおお!!!」

 雄叫びを上げ遊が上空から現れた。そして、槍をクシエルの鞭へと突き刺す。

 ガシャン、と言う砕け散る音。勿論それは槍ではなく、鞭の砕けた音。スローサーでも足りなかった場合を見越して、遊は渾身の力で飛び上がり、意識の向きにくい頭上から鞭を狙っていたのだ。

 着地など考えず、そのまま横に転がって停止する。クシエルの武器を破壊したことにより無力化が成功。完全に遊が優位に立った……筈だった。


「グ、グ……ガアアアアァァァアア!ヴァアアァァアアアアオオオオォォォオオ!!!」


 獣の様な咆哮が放たれる。それは今まで一言も発しなかったクシエルから発されたものだった。クシエルが拳を握り降り下ろす。軽い地響きを立て、クシエルの拳は大地を穿つ。

「アアァァア!!グウウヴァァアア!!」

 腕を薙ぎ地面を抉る。足を踏み込み大地を割る。先程までの冷徹さは無くなり、獰猛な獣の如く暴れまわる。


 その姿は正に……破壊の天使であった。


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