謎の先は謎
「はぁ!はぁ!はぁ!」
俺は階段を掛け上がる。目の前には悪魔が、フワフワと浮きながら先導していく。浮いてるなら疲れなさそうでいいなー……なんて考えがでてくる。状況が状況だが、割りと余裕なのかもしれない。凄いぞ俺!
そして階段が終わり、先にある扉を開く。
「うわ、眩しい!」
先程まで暗闇の空間にいたため、屋上に出た俺を迎える太陽の光りは、過激な歓迎だった。
「……ん、屋上?」
おかしい……たしか悪魔は『逃げないと殺されるぞ。』って言っていたんだよな。俺は逃げてるんだよな。で、今いる場所は……逃げ場のない屋上だ。
「詰んだ!全然余裕じゃなかったぞ俺!」
「何一人で騒いでいるんだ?」
俺の隣で、悪魔は大きな目をキョロキョロとさせている。こいつも逃げ場がないことを悟ったか?いや、浮いてるってことは、飛び降りても怪我しないってことじゃあないか?
こいつ、もしかして知らないんじゃ…。俺は悪魔のボロボロの衣服を掴む。
「普通の人間はなぁ!飛び降りたら死ぬんだぞ!」
「急に何だ!離せ!」
「人間は飛べないんだよぉ!飛べねえ人は普通の人なの!」
「そんなこと知っているわ!だから探しているのだろう!」
「……探す?何を?」
「それは…………いた。」
悪魔は答える前に、そう言って視線を別の方向へ移す。しかし、その先には何もなかった。
「なぁ、何を見てるんだ?何にもないぞ?」
悪魔は俺の言葉など無視して、ゆらりゆらりとフェンスに近づいていく。
「なぁって。その先に何があるんだよ。"雀が飛んでるだけ"だろ?」
悪魔は体を一回転させる。すると、ボロボロの衣服が人を一人覆えるくらいまで広がり、雀を飲み込んだ。
「なっ!?」
思わず驚きの声が漏れた。悪魔は、自らも衣服の中に潜り込み、バキバキと歪な音を鳴らしながら、曖昧な形に変形していく。
「な、ななな…!」
形が整い布が取れる。そこに現れたのは……足と顔はカラスのような黒い鳥で、それ以外は赤く濡れた人間の姿をし、羽の生えた生き物だった。
「さっさと逃げるぞ。」
そう言うと悪魔は、俺の襟を足で掴み空を飛んだ。
「うぎゃあああぁぁー!」
「やかましい。もう少し静かにしろ。」
「いやいや無理だって!急に変身したり空飛んだり、大人しくなんてできるかー!」
「騒がれると飛びずらい。」
「無理ー!騒がずにはいられなーい!」
「…………速度を上げる。舌を噛みたくなかったら口を閉じるんだな。」
「え?」
羽を大きく羽ばたかせたかと思うと、先程よりも倍近い速度で風を切る。
「ぎゃああああー!!!」
心の準備もできてないのに、さっきでいっぱいいっぱいだったのに、急な加速に俺は。
「…………(カクン)。」
「あ、気絶しやがった。」
……何だこの映像は。俺の目の前には何人もの人が並んでいた。全員怯えきった表情をしている。俺は何故かボロボロの衣服を着ている。まるでアイツのようだ。そして、自分の意思とは関係なく、目の前の人をボロボロの衣服で取り込んだ。その後自らもその中へ潜っていく。そして─
俺は目を覚ました。目に映る景色は石と泡。そして、魚が横切る。そうか、俺は水の中にいるんだな。道理で苦しいわけ─
「むごっ!?」
急いで顔をあげようとする。しかし、何者かによって頭を押さえつけられて上がらない。
「起きたか。良かった良かった。」
声が聞こえた。その主は悪魔。そいつは安堵の表情で俺を見た。まぁいいんだよ。心配してくれるのは。でも…。
「ゴボボボボー(だったら手を離せー)!」
「は?何て?」
「ゴボボ!ゴボボボー(離せ!コラー)!」
「それがものを頼む態度か?」
「ゴボボボ(聞こえてるの)!?」
「まぁしょうがないな…。」
そう言って悪魔は手を離した。俺はすぐさま顔をあげ、空っぽになった肺に空気を入れる。
「スッー!ゲホッゲホッ!た、助かった…。」
「俺が助けたんだ。感謝しろよ。」
「原因もお前だよ!ゲホッ!」
とりあえず落ち着こう。まだ酸素が行き渡ってない。それに、色々聞きたいことがあるし。
それから五分ほどして、俺は落ち着きを取り戻す。そよそよと流れる川。ところ狭しと並ぶ木々。どうやら森にいるようだ。しかし、落ち着いたところで、分からないものは分からない。俺は悪魔に質問をする。
「なぁ、お前はさっきの悪魔か?」
「当たり前だろ。」
「じゃあ、その姿はなんだよ?」
「何だよと言われてもな。」
「お前はただの悪魔じゃないのか?」
「お前の言うただの悪魔はよく分からんが、俺は悪魔だ。それ以外答えようがない。」
「でも、その姿はまるで…。」
鳥と人間の半人の姿。俺が読んだ本には確かに載っていた。その姿は─
「カイムじゃないか!」
そう……72人の魔神の一人。30の軍団を率いる大総裁。自然の声を聞き、最良の選択を選ぶことができると言う大悪魔だ。
しかし、悪魔は首をかしげる。
「カイム?なんだそれ…………おっと、時間切れか。」
すると悪魔の体が少しずつ歪み始めた。またも曖昧な形に変形していく。そして形が整った時には、いつもの悪魔の姿だった。
いつもの姿には安心を覚えたが、疑問は増えるばかり。何から聞こうかと考えていると、悪魔は俺に真剣な目を向けてくる。
「ま、俺の事はあまり気にするな。それよりも貴様のことだ。」
「俺の?」
「さっきも言っただろう。『殺されるぞ』と。」
「……!」
確かにそうだ。元はと言えば、それが原因でここまで来たんだ。俺は頭を切り替え、悪魔の言葉を待つ。
「まずは質問からだ。貴様はどうやって俺を呼び出した?」
「魔方陣をイジったんだ。」
「魔方陣を?どんな風に?」
「説明しずらいな……今まで読み漁った資料を複合して、地獄に繋げる感じにしたんだ。」
「……地獄?なんだそれ?」
「悪魔なのに地獄を知らないのか?」
「悪魔だが知らん。それはどんなものなんだ?」
「ん~と……生前悪行を尽くした死者がいく場所だよ。労働力として使われたり、責め苦を与えられたりするんだ。」
「……なるほどな。"輪廻"の影響か。」
「ん?何だって?」
「いや、何でもない。とりあえず俺が呼び出された理由は理解した。」
「いや、俺は全く理解してないんだけど…。」
「で、何故貴様が危険なのかだが。」
「シカト!?シカトなの!?ねぇ!」
まぁ、俺の魔方陣で呼び出せたって言うのは事実みたいだし、それは良とするか。次が本題。どうして殺されるのかだ。
「早い話俺は、天使にとっちゃ厄介者なんだ。」
「まぁ悪魔と天使は共存なんて無理だろ。」
「まぁ、そう…だな。」
悪魔は何故か玉虫色の返事をした。しかしそこは追求しないことにする。ハッキリと答えられないのは、確証がないか、又は、"答えたくない"かだから。
「それで?厄介者の悪魔を召喚すると、何が起こるんだ?」
「貴様たち人間は、天使にとって無くては成らない存在なんだ。」
それはまぁ、わざわざこっちに来るくらいだから、きっとそうなんだろう。どうして急に現れたのかは知らないが。
「悪魔である俺は、天使にとって都合が悪い。だから俺を呼んだ貴様は、協力者のレッテルを貼られ、命を狙われるんだ。」
「ち、ちょっと待ってくれ!だからぁ!何で悪魔がいると都合が悪いんだよ!肝心なところが説明されてないだろ!」
「奴等のビジネスに悪影響が出るからだ。」
「……は?ビジネス?」
「そう。天使共は─」
「そこまでですよ。」
「「!?」」
悪魔の言葉を遮るように、"空"から声がした。悪魔と一緒になって見上げる。
そこにいたのは、二枚の純白の羽。目元まで覆う髪。そこから時折覗かせる瞳は、何もかもを見透かされているような錯覚を思わせる。右手には水晶を持ち、左手には大きな書物。
天使が世間に周知されてから、天使の特徴や名前を覚えることは必須科目となっていた。だからこそわかる。あの天使は"ラグエル"。世界を見張り、秩序の乱れを護る者。
「やはり貴方は危険だ。我々の共存を脅かしかねない。」
「共存?ハッ!言い方を変えれば随分耳に優しいものだな。」
共存?言い方を変える?何の話をしているんだ?
「それは仕方の無いこと…。さて、審判します。悪魔である貴方は、"魔力"を使い逃亡を図った。これは罪の意識による逃亡と判断します。故に、ここラグエルの名の下……貴方に天罰を下します。」
すると、ラグエルの持っていた書物が閃いた。そしてその光はそのままの悪魔の元へ真っ直ぐに突っ込んでくる。
「ふん。」
悪魔はその光をボロボロの衣服で弾き、弾かれた光は、五メートルほど先の樹木にむかって飛んでいく。
そして、着弾した途端……樹木は木っ端微塵に弾け飛んだ。
「………………は?」
思わず呆けた声がでた。状況についていけない。
あぁ、そっか。あそこには、たまたま不発弾があって、たまたま爆発しただけだよな。なら安心安心。
「って、それも怖いわ!」
一人でセルフツッコミをしていると、悪魔に体を突き飛ばされた。
「隠れろよ人間。膝を抱えて無様にな。」
そう言って、また飛んできた光を弾き飛ばす。今度は川に着弾し、大きな水柱を上げた。
どうなっているんだ……ここって現実だよね?理解が追い付かない。
状況の飲み込めない俺は、ただ唖然としていることしかできなかった。




