魂と魔力
「あ、あのな?別に志神の言葉を蔑ろにしたわけじゃないんだぜ?何て言うか~その~……ほら、な!?」
「……………………。」
あたふたと、身振り手振りで理由を説明しようとしているようだが、全く言葉にできていない。真顔でいる遊が更に結夢の焦りを増長していた。
「まぁ色々理由がな!あのな!あってな!」
「………………紫野月。」
「ひゃい!」
慌てる結夢に遊が静かに声を掛けると、上ずった声を発しながら背筋を伸ばした。
確かに説明は大事だが、理由よりも何よりも、結夢にはやってもらわなければいけない事がある。
「……とりあえずな。」
「ひゃい!」
「俺の上から退いてくれ」
「……ひゃい?」
気が動転していたのか、遊の上に馬乗りのままだった事に気付き、結夢は申し訳なさそうな顔をしながら、遊の上から身を退けた。
場所はリビング。ソファーには結夢。その向いにある応接椅子には遊。そして、両者の右隣にはそれぞれハニエルと悪魔が待機している。
「……で、どうして来たんだ?」
「い、言っても怒らないか?」
上目遣いで遊の機嫌を伺う。甘い人間なら「わかった」等と言うのだろう。しかし、優しい人間ならばそんな事は言わない。どれだけ相手が勇気を出そうと、悪ければ悪いと突きつけるのが優しさなのだ。そこが甘い人間と優しい人間の違い。では、当の遊は──
「もちろん怒る。でもそれは、納得する理由じゃなかった場合だ。」
「う、うぅ…。」
結夢にはしっかりとした考えがあった。しかし、それを言葉に表すとなると、組み立てが上手くいかない。無意識的にだが、遊の放つ威圧感が組み立てを阻害する原因にもなっている。
結夢は涙目で助けを求めるように隣にいるハニエルを見る。それに気づいたハニエルは、やれやれといった様子でため息を吐いた。
「すみません。結夢の代わりに私が説明をしますね。」
遊は異論を挟むことなく静かに頷く。
結夢が嘘をつくとは思えないが、嘘のつけない天使が相手ならば、より信憑性が増すと考えたのだ。
「ゴホンッ!……まず結論から言うと、結夢には私たちの事を話してしまうべきだと考えました。」
「理由は?」
「先のザドキエルとの闘いで、貴方が天使に狙われていることは、結夢も理解した事でしょう。すると、結夢が理解したと理解する者が現れるのです。」
「………………天使か。」
「その通り。信用の為話してしまいますが、我々天使の情報は、天界にいるガブリエルによって統制、発信されています。彼、マクアの名をハルマートと呼ぶ情報がすぐ広まったのは、ガブリエルが全天使に発信したからです。」
「なるほどな。」
遊は悪魔を召喚した日、ラグエルと出会った後の事を思い出す。
あの時すれ違った天使達は、悪魔を見向きもしなかった。場合によっては見慣れない天使(悪魔)の姿に、質問をした人間もいただろう。もちろん悪魔と答えるのは問題だ。故にハルマートと言う名前を用意する必要があった。
では、その名前は嘘ではないのか?答えは然り。だがしかし否。
ハニエルはこう言っていた……「彼の事はハルマートと呼んでください。地獄にて、罪人に重い罰を与える役割を持っている者です」と。
ハニエルは悪魔を天使とも、名がハルマートとも言っていない。ただハルマートと呼ぶよう言っただけ。つまり、嘘はついていないのだ。
「ガブリエルへの情報提供は自らの意思で決められますが、ザドキエルは恐らく貴方と結夢の事を報告しているでしょう。それにより一つ問題が生じるのです。それは─」
「探求心による憶測。」
「…………そうです。」
遊の一言で、ハニエルは理解を得たと確信した。それは逆に、ここまでの説明で遊が理解した証明でもある。
結夢は天使の所業を知らない。しかし、"遊が狙われている"、"人間に対して後ろめたい事がある"と言う真実の断片は持っている。その状況で最も懸念するべきは、人間の探求心なのだ。
例えば絶対に押してはいけないボタン。例えば立ち入り禁止区域。押すとどうなるのだろうか?入った先はどうなっているのだろうか?縛れば縛るほどに沸き上がる欲望。
それに歯止めは効かず、場合によっては他者をも巻き込む。そして、もし結夢が他者を巻き込んだ場合、机上に挙げられる情報は……"天使の闇"である。
明確化されない情報は多くの憶測を呼び、事実以上の闇を真実と偽ってしまう場合がある。
では、そうさせない為にはどうするべきか?答えは簡単。全てを教えてしまえばいい。
知識を得た者が起こしてしまう懸念すべき行動は、情報の共有。それは重要であるほど、重大であるほど起こしやすい。しかし、情報の共有と情報の探求を天秤にかけるのなら、圧倒的に後者が重い。何故なら一個人が広める情報は、曖昧であるほど他者に刺激を与えてしまうからだ。
天使の所業を伝えたとしても、天使絶対主義の世では奇異な奴だと一蹴されるだろう。しかし天使の闇と言う曖昧さは、水面に波紋を起こすように、他者の思考を、探求心を擽る。
結夢の性格や人望等を加味すると、今の状況で置いておくわけにはいかないのだ。
「けど、知ったところで危険なのは変わらないだろう?」
「確かに確率が減る程度の事です。しかし、私が結夢の監視をガブリエルに約束すれば、更に確率は減るでしょう。」
「それってお前が─」
「いいんです。もしもの時はお願いしますね?」
「……………………。」
ハニエルはその先を言わせなかった。結夢の監視を約束すると言うことは、万が一の場合生ずる責任を、自身で償わなければならないと言うことだ。
償いとは"死"。適用されるのはハニエル、そして結夢だ。「もしもの時はお願いしますね?」つまりそう言うことなのだろう。
遊はハニエルの覚悟を汲み取り強く頷く。
「わかった。」
「え!?いいのか志神?」
遊は再度頷いた。最後の部分をよく理解していない結夢は、許可を得た事に笑顔を浮かべる。
しかしこの後繰り広げられる話は、耳を塞ぎたくなるような内容であることは明確。何がそんなに嬉しいのか?遊は笑顔でいる結夢を見て首をかしげていた。
「話はまとまったのだな。人間の女も覚悟はいいか?」
結夢は喉を鳴らす。真剣に見据える眼差しを肯定と受け取った悪魔は、顎に当たる部分へ手を当て、一度空へ視線を泳がせた。
「さて、何から言うべきか…。確か魔力の話はしたな?」
遊は返事をしたが、結夢はキョトンとしている。まさかファンタジーな用語が出されるとは思っても見なかっただろう。もちろん結夢はその事について聞き返す。
「魔力って何だ?いきなりそんなファンタジーをぶちこまれても着いていけないんだが…。」
「人間の女は聞いてないのだな。まぁ今回の説明には細かく説明する必要はないから、単にそう言うものが人間には在るとだけ覚えておけ。」
「ん~分かった。」
そう軽く返事をし、次の言葉を待つ。結夢の飲み込みの早さ、切り替えの早さに感心しながら、悪魔は説明を続ける。
「その魔力の造られている場所であるのが魔力機関……いや、貴様らに馴染みがある言い方をすると"魂"だな。」
「「魂?」」
遊と結夢は揃って首をかしげた。またも持ち出された非現実な言葉。しかしそれは聞き慣れない言葉では無い。それは日常的に耳にする言葉。何故なら、魂とは天使が天界へ連れていくものとして認知されているからだ。
人間が死んでも体は残される。ならば、何が天界に連れられるのだろうか?その疑問をぶつけることにより出てきた答えが"魂"だった。
二人が首をかしげたのは魂という言葉ではなく、魂が魔力を生み出していると言う点。
「魂とは人間に宿る力。精気。命の源……幾つもの説明があるようだが、どれも魔力に繋がっているだろう?」
結夢は頭に疑問符を浮かべているが、遊には思い当たる節があった。
魔力は人間の成長や老化に影響を与え、時に奇跡を起こす……まさにその通りだ。
「天使は魔力を含んだ魂を天界へ運び込んでいる。魔力は天界を支えるエネルギー源だからな。」
「エネルギー源?」
「水を生み出し、光を起こし、土を耕し、森を育む……魔力には、そういった効果が天界で発揮されるのだ。」
その言葉に遊は考えを巡らせる。
魔力とは大きく、体に影響を与えるもの。それが天界へ運び込まれた場合、天界という世界に影響を与えるものになるとは、俄には信じがたかった。
「ま、待ってくれ。人間の体程度しか影響を及ぼさない魔力が、どうして天界だと世界そのものに影響を与えるんだ?」
「尤もな疑問だが気にするな。そこまでの説明になると人類誕生まで遡らなければならん。」
なんとも"人類誕生"と大きな話が出てきたが、冷静な物言いに遊の出んとする言葉は飲み込まれた。
結夢は既に次の説明を待っている。言い淀んでいる遊の様子を確認し、悪魔は説明に戻る事にした。
「持ち込まれた魂は収容所に集められ、そこで魔力を吸収されるのだ。」
「収容所?どんな場所なんだ?」
「貴様は一度見たことがあるぞ。俺が造り出した夢の中でな。」
「……まさか、あそこも天界の一部なのか?」
心当たりがあった。夢の中と言えばザドキエル。そして悪魔が造り出した場所。今でも鮮明に思い出せる。
「でも、でもあれはまるで─」
不気味に照らし出された赤。鋭利に崩れかかった山々に、腐り落ちた木々。中心には鉱石でできた粗削りな椅子……見た当初から感じていた。あの場所はまるで─
「地獄じゃないか!」
幾つもの悪魔に関する資料を読んだ。もちろんその中には地獄に関する記事も、それを元にした絵も記載されていた。
夢の中でとは言え、あれほど不気味で禍々しいと感じたあの場所。資料と酷似している場所が天界の一部など信じられなかった。
「……なるほどな。あれが地獄か……合点がいった。」
悪魔は遊から聞いていた地獄の説明を照らし合わせ、独り頷いている。
「勝手に納得しないでくれ!地獄は天界の一部なのか!?」
「落ち着けよ志神。」
興奮ぎみに質問をぶつける遊。それを制したのは、意外にも正面に座る結夢だった。遊とは裏腹に、先ほどから結夢は全く驚く素振りを見せていない。
事情や情報の量が圧倒的に少ない為、浮かぶ疑問は遊より明らかに多い。しかし、だからこそ冷静でいようと考えたのだ。
感情の昂りは思考を阻害する。情報収集に注力し、整理し、納得する……そのためにも余計な疑問は排除する。それが結夢の長所だった。
遊は沈着な結夢の姿に毒気を抜かれ、一度深呼吸をすると悪魔へ視線を戻す。
「ごめんマクア、紫野月……説明を続けてくれ。」
「…………いや、ここから先は"見て"もらおう。人間……記憶を少し貰うぞ?」
「は、え、見てって?記憶?」
意味が分って無いことなどお構い無く、悪魔はボロボロの衣服で遊を飲み込む。その際結夢の姿が目に入ったが、引き吊った笑みと諦めの瞳で遊を見ていた。
微かに動いた唇。恐らくだがこう言っていた─
「あれ、結構痛いんだよな…。」
痛いって何だよ?──遊は意識を失った。




