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ソラモヨウ  作者: SIN
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75片

 親父が隠居すると言ってから半年ほどで大体の日付が発表された。

 更にそこから2ヶ月ほどで正式な日付が発表となり、いよいよ扶養家族から抜ける準備を始める事となった。

 今までは親父と弟からの生活費合計7万円以内でやりくりしていた家事を親父へ引継ぎ、俺はしっかりと働く訳だ。

 その為に社会保険完備の仕事を探していて、フト思い出したお盆の事。

 姉の勤め先では人手が足らずに物凄く困っていると話していた事と、社会保険完備である事と、自転車で20分程度の通える距離である事。

 今でも募集しているのだろうか?と軽い気持ちで検索してみれば、レジ、早朝と深夜の品出し、惣菜、清掃、と色んな項目で募集がかかっていた。

 しかし身内のいる職場では流石に働き難いなと他の求人情報を眺め、他に2箇所良さそうな所を見つけた。

 とは言え親父の隠居が11月で、俺はまだ歯の治療中。保険がない期間があるのは望ましくないので、応募は10月に入ってからにしよう……。

 と決めていた訳なのだが、夜、酔っている親父の鶴の一声で急遽家族会議が開かれた。

 酔っている親父は性質が悪いので、少しでも口答えをすると大声を上げてくるのだが、それが弟相手なら大声は上げない。

 そんな細かいイラ立ちポイントがそこかしこに散りばめられた家族会議を要約すると、

 「洗濯はお前がしろ、俺は掃除は出来る。お前は月に3万かそれ以上入れろ」

 との、親父の主張と、

 「とりあえず働け。なるはやで働け。さっさと働け」

 との、弟の主張が一斉に浴びせかけられた感じだった。

 弟は更に、

 「どっか探してんのか?」

 と不機嫌そうに、どうせ探してもないんだろ?と言わんばかりに聞いてきたので、俺は少々カチンときながらも3箇所の候補がある事を告げた。

 更にはその3箇所の説明を求められたので1箇所ずつ説明し、最後に姉の職場の名前を出した瞬間、

 「そこにしろ!」

 と、親父による鶴の声再び。

 「俺もそれが良いと思う」

 と、弟も同意した事で事態は大きく進み、その日の内には弟が姉に電話をして募集の確認などをしたのだった。

 こうして俺はもう1度姉の職場の求人広告を眺め、最後の足掻きとして姉とは違う場所、惣菜コーナーへの応募をしたのだった。

 翌日、面接の下見として姉の職場であるスーパーまで行く事にした。

 しかし俺は根っからの方向音痴。

 学校の近く。と言われて、その学校の場所をなんとなく知っている。程度の情報では目的地につける自信は50%もないので、

 「今日面接場所の下見に行くねんけど、一緒に来てくれるんなら2時までに用意してて」

 と、結構な上から目線の台詞を毛むくじゃらに伝えた。

 「んー、分かった」

 と返事をした毛むくじゃらは、俺の後ろでゲーム中だ。

 こうして2時少し過ぎ、小雨の振る中自転車に乗って移動を開始させた。

 とにかくゴチャっとしている道を行くので、毛むくじゃらは出来るだけ覚えやすい道を模索してくれようとして、

 「店舗の名前は?」

 と、聞いてきた。

 さて、店舗名?

 大阪、スーパーの名前。で検索をかけて出てきた所の求人の地図を見て、姉の言っていた“学校の近く”だったからそこだと断定して応募したのだが、肝心の店舗名……。

 「えっと……」

 思い出せ!と自分に言い聞かせて出てきたのは電話での姉との会話。

 「レジ困ってんねん。レジに来いやー」

 「コミュ症でもあるし、黙々と作業出来る所がえぇから惣菜コーナーに応募する」

 「A(地名)店?」

 「え?あ、うん。そう」

 これだ。

 「店名な、A店!」

 こうして毛むくじゃらはA店を調べてくれたのだが、俺が事前に言っている情報と違ったのだろう、もう1度確認してきた。

 「A店?めっちゃ遠いけど……」

 俺は姉との会話を思い出していたので、核心を持ってA店だと説明したのだった。

 しかし、実際にA店へ行ってみると学校からはかなり遠く、数年前に出来たと言う割には年季の入った看板のスーパーに辿り着いた。

 「え?ホンマにここ?ここ俺が高校の頃からあったで?」

 どうやら毛むくじゃらはこの店を知っていたようだ。

 「出来て数年にしては看板が古いのは気になってた。ちょっとスマホ見せて」

 毛むくじゃらのスマホを貸してもらい、現在地ではなく散々聞いていた学校を検索し、その周辺を調べてみると、聞いていた通りにスーパーはそこに存在していた。

 「あれ?ん?」

 「ん?」

 求人広告でも見た場所に、B(地名)店が存在しているのだ。

 もしかして、見た求人はB店だけど、応募したのはA店って事?そして姉の勤め先はB店?

 「えー!?うっそ、間違った!?」

 「嘘やろ!?」

 再び小雨が降り出す中、それでも真剣に分かりやすい道を選んで帰路を進んでくれる毛むくじゃら。

 その後ろについて自転車をこぎながら、店舗を間違って応募してしまったが社会保険完備なのだし大丈夫だと思い直し、店舗を間違ってしまった事を笑い話にしようと思った。

 本降りになる前に帰って来られた俺は、応募したページの確認をしてみる事に。

 「……なぁ」

 「ん?」

 後ろにいる毛むくじゃらに声をかけてモニター前に呼ぶ。

 「これな、ここから応募したって事は、このページの店舗に応募したって事やんな?」

 「やろな。で?」

 「うん、B店やったわ」

 なんと、応募したのはちゃんとB店だったのだ。

 「なんでA店言うたん!?いや、まぁ良かったな。今日の道全部忘れて」

 小雨の中を2時間ばかし連れ回した挙句、目的だった下見すら一切出来なかったとの結果をもたらした相手に対する台詞ではない。

 「ごめん。毛むくじゃらの1日を無駄にしてもた」

 「大袈裟や。えぇ気分転換になったしえぇよ」

 気分転換と言われると、俺にとってもそうだったのかも知れない。

 A店へと向かう途中、俺達はいくつかの歩道橋の下をくぐった。そのうちの1つは俺が何度か飛び降りようとした場所だったのだが、明るい時間に見たその歩道橋は思っていたよりも低かった。

 確かに他の歩道橋よりは坂になっている分高いのだが、それでも、

 「アクションスターなら無傷で降りられる高さやな」

 とか毛むくじゃらが言うもんだから、俺の中でのその場所が飛び降りの、最後の切り札の場所ではなくなり、ただの、普通の歩道橋になってしまった。

 なので俺は、初任給で毛むくじゃらに何が奢ろう!と、そんな皮算用をしたのでした。

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