46片
バイト終わりの事、俺はとある無料配布の作品集を求めて取扱店である本屋に行った。
そこは自転車で行くには少しばかり遠い場所だったので電車移動。
とは言っても地下鉄ではないので、気分は幾分か楽ではあったのだが、フリーペーパーのコーナーを見ても、案内カウンターの裏手を見ても目当ての作品集がない。
そこで俺は作品集の画像をタブレット画面に出し、それを指し示しながら店員さんに尋ねた。
「あの、これを探してるのですが……」
予想として、画像を見せているのだから“あぁ、はい。分かりました”とか“配布終了しました”とか、そういう反応があるとばかり思っていた。
しかし、実際に店員さんから得られた言葉は、
「これは?」
これは?
いや、取扱店ですよね!?なんて流暢な事が言える訳もなく、
「フリーペーパーの、配布の、コレです」
と、再び画面を指し示す。
ええ、初対面の店員さんを前にして頭の中は真っ白です。
店員さんは“はて?”と不思議そうな表情を浮かべると、散々見て回ったフリーペーパーコーナーの方へと歩いていき、少ししてから戻ってきて、
「ありません」
と、言い切ったのだった。
天満橋駅前の自動販売機前でトマトジュースを飲みながら、諦めるか、それとも梅田へ行くか悩む。
梅田に行けば、作品集を取り扱っている本屋が2軒ある。
しかし、梅田に行くには地下鉄に乗らなければならない。既に天満橋にいるのだからたいして遠くはないし、寧ろ家に帰る方が遠いのだが、俺は帰る事を選んだ。
梅田の地下街なぞ、一瞬で迷子になれる自信があったからだ。
地図をしっかりと見なければならないし、本屋の位置も完全に把握しなければならないし、多少迷子になったとしても、方向の修正が出来なければならないので、
「毛むくじゃらー、明日のご予定は?」
「んー?特にないで」
助っ人を呼んだ。
翌日。
地下鉄で梅田に向かったのは午前中の事。
そこそこ混雑している電車の中、隣に立っている毛むくじゃらがなんとも言えない表情で俺を見ていた。
まさかまだトラウマを完全に克服出来ていないとか?
それで気分が悪いとか!?
「気分悪い?」
そう尋ねると、
「気分悪い?」
そう尋ね返された。
どうやら俺の乗り物酔いと人間酔いを心配していただけの様子で、毛むくじゃら自信は元気の様子。
なので少し甘えて途中下車し、ベンチで休憩を挟んだ。
梅田駅に着けば、人の流れに大きく流されつつ本屋へ……。
「ん?」
携帯で道を確認していた毛むくじゃらが変な声をあげた。
「ん?」
「行き過ぎてる」
そうなのか。と引き返してしばらくした時、
「あれ?」
再び変な声。
「ん?」
「戻り過ぎてる」
え!?
ナビがあまりアテに出来なくなった原因は、地下なので正しい位置確認が出来ない。とかなんとか。
それでもズンズンと歩いて行く毛むくじゃらの後ろを歩いてしばらく後、終に目指していた本屋に到着した。
やったー!と大喜びではあるが、本番はここからなのだ。
目当ての作品集がなければ、再び地下迷宮に戻って、もう1軒の本屋を捜し歩かなければならない。
祈るような気持ちで店内をフリーペーパーコーナーに向かい、そこで見つけたのだ。
捜し求めていた、涼しげな青色の表紙の作品集を!
「あった!」
1冊手にとって鞄の中に入れると、残りはもう5冊程度。後少しでも遅かったらなかったかも知れない。
「おめでと」
目当ての物が手に入ったので帰りはノンビリと歩き、気になる店に立ち寄ったりもしたので、電車に乗る頃には午後になっていた。
来る時同様何度か休憩を挟みながら地元の駅まで戻ってきて、スーパーで買い物をしてから帰る事になった。
スーパーに着いたのは夕方の4時。
俺の個人的な用事で1日付き合わせてしまったので、お詫びとお礼を込め、
「奢るわ」
と、分かりやすく伝えた。
だから本当になんでも買うつもりで、それこそ毛むくじゃらが好きなお寿司とか、お肉とか、ケーキとか。少し高級なお弁当でも。いつもなら高いという理由だけで諦めていたような、そんな物を選んでくれて良かったのに、毛むくじゃらは、
「やった!」
と笑顔で、100円もしないバニラアイス1個と、80円にも満たない2ℓのミナラルウォーターを持ってきたのだった。