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外耳炎が酷い時に電車に乗って日本橋へ行った毛むくじゃらは、日本橋についてから吐き気と鼻血に襲われ、救急病院に運び込まれるも治療は行われないまま帰され、苦しみに苦しんだ後、タクシーに乗って俺の家にやってきた。
翌日、耳鼻科に行った毛むくじゃらは飲み薬と塗り薬を処方された。
その薬だが、飲み薬がもうない。
飲み薬は2種類あって、両方炎症を抑える薬で、塗り薬は外耳炎の薬。
虫眼鏡とライトで耳の中を見てみると、赤みは消えているがまだ腫れている感じがあり、鼻の中は、まだまだ赤く腫れ上がっている状態。しかし、自覚症状がないので、いくら「もう1回診てもらえ」と言った所で聞く耳持たず。
耳はまだ違和感があって、塞がっている感じはあるそうだが、塗り薬はまだたっぷりとあるので、やはり耳鼻科に行くつもりはないようだ。
あの日以降、軽い鼻血が1度出ただけで吐き気も胃痛も出ていないようなので、後は外耳炎が良くなる事を祈るばかり……そう思っていた。
しかし、毛むくじゃらはいとも簡単に吐き気に襲われたのだ。
切欠はちょっとした言葉。
「電車大丈夫?」
毛むくじゃらが電車を降りて吐き気に襲われたのはお昼の2時で、俺の家に来たのが早朝の4時か5時。それまで延々と吐き気に苦しみ続けるという壮絶な経験から、電車がトラウマになったのではないか?と思ったのだ。
「大丈夫やろ」
軽く答える毛むくじゃらに、
「電車思い浮かべてみて。外装ちゃうで?内装やで」
と、言ってみた。
少し視線を上に向け、表情を強張らせたまま無言。
「なんか、乗り物酔いしてるみたいになってきた……」
電車が大丈夫なのかを見るために、駅まで行かなくて良かった。
「精神的な所にダメージがいってもたんやな……。なぁ、新しいカメラ欲しいねんけど、やっぱり一眼レフがえぇと思う?」
とりあえず俺は電車から気が紛れるような話を振った。
「……え?」
気分悪そうな表情をしつつもこっちを向いた毛むくじゃらに、
「モニターだけで楽しむ分には300万画素くらいでえぇらしいんやけど、やっぱり拡大とか、加工したら荒くなるから、もうちょっと画素数多いのが良いなーって。で、今写真撮る時、毛むくじゃらから買ったタブレット使ってるんやけど、あれって画素数いくら?」
畳み掛け。
「えーっと……いくらやったかなぁ。でも、そんな悪いもんちゃうで?」
と答えてから、もう1度いくらやったっけ?と考え込む毛むくじゃらは、普段通りに戻っている。そこを更に、
「やけど、今ので撮った写真拡大したらドットやで?そうなるとやっぱり一眼レフかなって思って」
畳み掛け。
「そんなえぇもんいらんやろ?今スマホでも結構えぇカメラ付いてるんやで?そうや、スマホ買ったら?キャリア契約せんでもカメラ使えるし」
確かに、スマホならタブレットを構えるよりも手軽に写真が撮れそうだが……。
「想像してみて。めっちゃ良い景色があってやで?ローアングルから撮りたいとするで?携帯構えてしゃがみ込んで撮ってたら変やん?やけど一眼レフやったら変じゃないやん」
寧ろ格好良くないか?
「逆に想像してみ?携帯でしゃがんで撮ってる人見て、格好悪ぅーって思うか?」
あー……撮りたい景色があるんやなーって思うだけだわ。
「とりあえず、今のでえぇ写真撮れるようになってからもう1回相談するわ」
そう言って話を終わらせたのだが、電車の話をそのまま終わらせても良かったのかは分からない。