13 (最終回)
謁見の間を退出してしまう前に、俺はいつもの自分の場所に立ってみた。
勇者を追い、王女を探し出す旅に一度出立してしまえば、この先はそこに立つことも久しくなくなってしまうだろうと思ったからだ。
しかし、いざ立ってみると何も感じなかった。
かつてはあったはずの、そこに自分が所属しているという確信から得られる安心感のようなものは失われていたのだ。
俺は、そこがもう自分の場所ではなくなってしまったのだと理解した。
今では遠い昔に思える、学生の頃に学校の教室で自分の場所であった机と椅子。
それがもう、どこで、どれだったのかを忘れてしまったのと同じように、いつの日にか、この場所がそうであったことも記憶の彼方に消えていくのだろう。
まるで桜の花びらが舞い散る卒業式の午後のような寂寥感を覚えた。
だが感傷に立ち止まるときではない。
俺には行くべき道があるのだから。
マリーら勇者のパーティを従えて謁見の間を出ると、俺は扉の前の廊下に集まっていた兵士たちに囲まれた。
「ナルス様!」
「ナルス様っ!」
「ナルス様ぁ!」
口々に俺を呼ぶ兵士たち。
それにしてよく集まったものだ。
この王宮のほとんど全ての兵士がこの場に集っているのではないだろうか。中には近衛の姿まである。
こいつらみんな、持ち場はどうした。
「旅に出るって本当ですか」
「俺たちもお供しますよ!」
「連れていってくださいよ!」
みんなバラバラに言ってくるので、物凄い喧騒となっているが要望していることは全員が同じだ。
「待て。修学旅行じゃないんだ、全員を連れていくわけにはいかない」
「えー。けちー」
ケチではない。
こんな人数で旅をしたらどれだけ費用がかかると思っているのか。
この世界の基準で考えたら、ひとつの集落がまるごと移動するレベルの話だ。
遊牧民じゃあるまいし、民族大移動かよ。
「そもそも、みんな居なくなったらここは誰が守るんだ」
「さあ?」
「……とにかく連れていくのは、そうだな──10人がいいところだろう」
「えー。少ない、もう一声!」
「じゃあ、12人だ。これ以上は増やせないからな」
俺は、集まった兵士のなかから即戦力になりそうな人員はあえて避けて、今後に成長が見込めそうな若手を中心に12名を選び出した。
若いやつらを選んだのは、この国の兵力をなるべく削がないようにするためと、この先の旅で鍛えて延びしろがある者を連れていこうと考えたからだ。
必ずまたここに還ってくるという意志も示したつもりだ。
ベテランのなかには、どうしても行きたいと駄々をこねる大人げないやつらも何人かいたが、お土産になんかいいやつをゲットしてくることを約束したら渋々だが納得してくれた。
「いないあいだ、王を、国を頼む」
「わかりましたよーだ」
俺は、勇者の元仲間である4人と、若手兵士12人を連れて進む。
「よし、みんな私に────いや、俺についてきてくれ!」
意気揚々と言い放つ俺に、賛同の声が上がる。
暮らしなれた王宮を離れ、広い世界をめぐることになるだろう旅路への第一歩を外に踏み出すために、俺を先頭に進む仲間たち。
だが門番が持ち場を放棄したがためにセキュリティの要素を皆無に開け放たれた門を出ようとする、まさにその前に、俺の前に立ち塞がる人物がいた。
「ナルス殿、お待ちんしゃい」
オジロ司祭だ。
前に見たときよりも更に痩せて、全体的なサイズ感も小さく収縮してきている気がする。少なくともすこぶる元気という感じではない。
さすがにこの人は望まれても連れていけないが。
今回は特に、若くてピチピチなヤングメンの集まりだ。
ひとりで平均年齢をかなり押し上げることになるぞ。
「実はな、おぬしに伝えねばならんことがあって来たんじゃわ」
「ふむ、そうでしたか」
「他でもない神からの御告げがあってな」
司祭は今朝がた、神託を受けたのだという。
そしてそれは他でもない俺個人にむけての神からのメッセージなのだと。
「ワシにゃ、このメッセージの意味はようわからん。じゃが、頭のいいおぬしになら理解できるのかもしらん。にゃんで、神の言葉をそのままに伝えるからな」
俺は神妙に頷く。
たしかに、頭がよくて顔もいい俺にならわかるかもしれない。
「うむ。神はこう言っておられる。『今ならもし君が望むのであれば、四角いボタンを押し込んですべてを無かったことにすることもできる』と……」
俺の背後で、元おっさん戦士が「どういう意味だ?」と呟くのが耳に届いた。
話を振られたのだろう、マリーが「私にも、分かりかねますわ」と応えている。
この世界がゲームの中でのことだと知る者は、俺を除いてはいないのだ。
どうやら、例の四角いボタンのことを認知しているのは俺だけのようだった。
なるほど『神』がいるのなら、そのような所業も可能だろう。
「クククッ」
思わぬ申し出に、つい笑いが出てしまう。
困惑するオジロ司祭。
「意味が、わかったのかの?」
「ええ、わかります。わかりましたとも──クククッ」
まさか、そんな選択肢が提示されるとは考えていなかった。
しかし俺の選ぶ答えは決まっていた。
悩むようなことでもない。
俺の答えは──────
「魔物に腕を噛まれました、凄く痛い!」
「はい、回復魔法!」
「せ、背中を酸のブレスにやられましたぁ!」
「まあ可哀想に、回復魔法!」
「ダンジョンの壁で突き指してしまいました!」
「はい、痛いの痛いの飛んでいけ~!」
魔法で治療をしてくれる仲間がマリーになったことで、兵士たちは以前よりも危険をかえりみずに戦うようになっている。
むしろ進んで負傷したがっているようにも思えた。
なにしろこれまでは、オジロ司祭のようなじいさんだか他のおっさん司祭だかにしか回復の魔法を掛けてもらえなかった連中だ。
それが綺麗なおねえさんに癒してもらえるようになったのだから嬉しいのもわかる。
心なしか身だしなみひとつとっても、同行者に若い女性が参加するようになったことで兵士らは個々に気を使うようになっている。
単純なやつらだ。
マリーのことは、前世の俺にとってのど真ん中ストライクに好みなタイプなわけで、この旅を通して仲良くなりたいという希望はある。
だがナルスである俺にしてみれば、勇者と王女との関係が完全には未解決なうちは恋を次のステージに進めようという気分でもない。
もしも、勇者とナルスの運命がそっくりそのまま入れ換わったのだとしたら、王女と結ばれるのは俺になるのかもしれないではないか。
俺はわりと、そのあたり誠実だったりするのだ。
マリーについては、当面は眺めて楽しむ程度に留めておこう。
変な虫がつくのは断固阻止するが。
もちろん勇者は腐っても勇者で、ゲームでのナルスとは違ってラスボスになるようなことはないのかもしれない。
俺自身の感覚的にも、勇者の運命がまわされてきているかと言われると違和感があるのも事実だ。
どちらにせよ今の俺からすれば、勇者には敵に心の隙をつかせた彼自身の弱さがあったとはいえ、少なからず俺のせいでああなったという罪悪感がある。
なるべくなら助けてやりたい。なるべく。
そして何よりも王女に逢いに行こうと思う。
もう一度、あの子と真正面から向き合うのだ。
あの子を大切に思うことと、俺がラスボスになることとは別のことだったはずなのだ。
ゲームでのナルスは手段を間違ってしまった。
今の俺も、やはりナルスで、心を狂わせるほどにあの子の存在感が記憶の大部分を占めているのも認めないといけない。
この人生は、王女の婚約者として、あまりにも多くの時間と感情を捧げられてきたものだった。
あらためて認めよう。
俺は、美しくてかけがえのない自分自身と同じくらい、あの子を愛しているのだと。
王女が、勇者を選び彼を愛するのだとするなら、それでもいい。
勇者を愛することも含めて、王女を愛そう。
心から真実の幸福を祝えてこそ、偽りなくあの子を愛しているということではないだろうか。
そうであれば手段を取り違えることもないだろう。
この旅路のはてに、俺は王女を敵から救いだそう。
ついでに勇者のことも。
冒険はまだまだ、最初の城から旅立ったばかりだ。
これから数々の試練を乗り越え、激しい戦いを勝ち抜き、出会いと別れを繰り返しながら続いていくことだろう。
その先に何が待つのか、今はまだわからない。
俺は、でき得る限り最善な道を選ぼう。
世界の滅亡と俺の命が天秤に架けられるのだとしたら、ゲームと同じに俺だけが犠牲となる運命を選ぶのも選択肢のひとつだ。
だがそれよりも微少だとしてもマシになるように、あがいてみよう。
俺には、ついてきてくれる仲間たちがいる。
待っている人々がいる。
この世界でちからの限り、できることをやっていこう。
俺たちの旅は、まだまだこれからなのだ──!
「ナルス様、ご相談があります」
「なんだマリー。あらたまって」
「実は私、聖騎士から元の司祭に転職を──」
「絶対に駄目」
これまでのお話をセーブしますか?
>はい
いいえ
【THE END?】




