〜咎を持って生まれた者④〜
セルシアの広場にはすでに何十人もの生徒が集まっていた。
多分、リーリアと少年が呼びかけ集めたのだろうが、その集団に囲まれるようにロンは立っていた。
「君のご主人様はどうしたんだい? まさか使い魔が決闘をするというのに、来ないのか?」
「決闘は僕が勝手に受けたものだから、シエルさんが来る必要はないですよ」
風が吹き、ロンの前髪が揺れる。
その間から覗いた鋭い眼に少年は寒気を感じ、しかし風のせいだと頭を振る。
「主に見捨てられてもなお守る為に……という事か。どうやら君の事、思っていたよりも好きになれそうだよ」
そして、少年の微笑は凶悪な笑みに変わる。
「――まぁ、手心を加える気はないけど」
「それでは両者、同意の証たる物を!!」
集団の中から太った男の子が現れ、少年とロンから羊皮紙の切れ端を受け取る。
それらはピッタリと合わさり、これで同意確認はなされた事になる。
「ではこれより、ベル・ド・ノウン……」
そこでロンを見て口ごもる太った男の子。
ロンは苦笑いしながら名前を言った。
「コ、コホン。改めてましてこれよりベル・ド・ノウンとロンの決闘を始め――」
「とおりゃああーーーー!!」
「ぎゃふん!?」
突如の大声と同時、一陣の風のように駆けてきた桃色の弾丸は太った男の子に蹴りを食らわせ、情けない声を出して倒れた男の子の代わりのように、その場に仁王立ちをする。
「この決闘は無効よ!!」
そう叫んだのは、小柄な少女。
走ってきたのか肩が上下し、息は荒い。
桃色の髪をかき上げ、もう一度少女は叫ぶ。
「聞こえなかったの? この決闘は私、シエル・シャン・メサイアが認めない! だから無効よ!!」
声高々にシエルはそう叫んだ、が、それを聞いてもその場を立ち去ろうとする者はいない。
シエルは歯がゆそうに眉をつり上げると、薔薇を持ったまま微笑しているベルを睨み付ける。
「ベル! あんた平民と決闘なんて恥ずかしくないの!! 弱い者イジメでしか己の力を誇示できないなんてノウン家の名が泣くわよ!!」
「ふう、ミス・メサイア。君の方こそ恥ずかしくないのかい? この決闘は先程そこの太っちょ君によって正式に確認処理がされた。後はどちらかが傷を付けられるか……逃げるかしかない」
薔薇は優雅に持ち上げられ、儚く散った――瞬間。
「「!?」」
驚いたシエルとロンを取り囲むように、何体もの紺碧色の鎧が姿を現す。
太陽の光を浴び鈍く光るそれらは不気味に身体を震わし、時おり金属音を響かせながら動き出す。
「君が手を貸す事を特別に許してあげよう。他にも誰か手を貸してあげて構わないよ! 僕のヴァルキュリアに、ワンドメイジと平民を守りきれる自信があるのなら!!」
剣を構え、二人の範囲網をジリジリと狭めていくヴァルキュリア達。
シエルは杖を構えるが、ロンは固まったように動けない。
「……これが魔法、魔法使いなのよ。分かったらもう二度と無謀な事は言わないで――例え使い魔でも、誰かが私のせいで傷付くのは、嫌なの」
「――――――」
セルシアの広場で行われている決闘を、遠くで見つめる者がいた。
水色の髪に、サファイア色の瞳。
自分の背丈よりも高い杖を持ち、隣りに立つ男に向かって一言、喋る。
「――行くよ」
どんどん近付いてくるヴァルキュリア達の中で一体に的を絞り、シエルは呪文を唱えた。
唱えた呪文はワンドクラスの魔法、ファイアーボール。
途端に杖の先からピンポン玉ほどの火球が飛んで直撃するが、ヴァルキュリアは意に介した様子もなく、また、動きが弱まる事もない。
「……やっぱり、私の魔法じゃ無理か」
このままではどうなるだろうか。
まぁベル自体そんなに戦いが好きじゃないし、決闘は少し傷を付けて終了になるだろうが……その後、また私は何と言われるだろう。
また、皆に馬鹿にされるのだろうか――
「…………」
無意識に、肩を抱いてしまった。
少しだけ滲んだ視界をすぐさま下に向け、表情を誰にも見せないようにする。
それでもやはり、震えは止まってはくれない。
「――シエルさん」
――この声を、聞くまでは。
「僕の事、嫌いでいいです……恐くても、いいです」
何言ってるの――言おうとして、出来なかった。
だって目の前に広がったのは、哀しさに堪えるような、ロンの笑顔だったから。
「ただ――少しだけ居場所があれば、それでいいです」
一歩、踏み出した。
守るようにシエルを背に隠すと、ロンは前屈みになる。
「言ったでしょう、僕はあなたの為なら竜にもなれるって」
ロンが『力』を使おうとした、刹那――突然に巻き起こった風により誰もが目を開けていられなくなった。
そして開ける事が出来た時、皆の目の前には有り得ない光景が広がる。
「なっ……!?」
言ったのはベル。
驚愕の表情は震え、次いで怒りに変わる。
「よくも僕のヴァルキュリアを……何の真似だい! ミス・ペンサード!!」
ロンとシエルの前に立ち塞がるようにいるエルラにキツい視線を送るが、エルラ本人は気にした様子もなく佇んでいる。
「何って、加勢?」
小首をかしげる動作をし可愛らしいのだが、ベルはいつもの軟派な顔ではいられない。
「加勢って、君はデルタクラスのメイジだろ! その君が加勢となると僕に勝ち目など――」
「なら、あなたの負け」
「くそ!!」
ワナワナと震えていたベルだったが、悪態をつくと薔薇を振るい、風の刃に切り刻まれたヴァルキュリア達を消し去る。
そして足早に、その場を去っていった。
「この決闘はミス・メサイアとミス・ペンサードの邪魔があって無効になった! 邪魔だどけ!!」
隔絶な差のある者に喧嘩は売らないのがベルの信条であった。
慌てて後を追うリーリアが消えた後、集まっていた生徒達も次々に解散していく。
そして残ったのは、シエルとロンと、エルラの三人だけ。
「グアー!」
見上げると、空高くで旋回している竜がいた。
どうやらあれが、エルラの使い魔レイの本当の姿のようだ。
「エルラさん……」
ロンはそう呟いて、直後胸を押さえて地面に膝を付く。
「ちょ、ちょっと!!」
シエルが慌て近寄ると、ロンの顔は汗でびっしょりと濡れていた。
「な、何ともないので心配しないで下さい……」
そうは言うものの苦痛の表情は和らがない。
心配の表情のシエル、と、エルラが静かに近付き、ロンに不思議そうな視線を送る。
「そうなる事は分かっていたのに……どうして?」
ほんの少し、『力』を発動した。
エルラのお陰で使わなくて済んだが、それでも身体への反動は少なくない。
「……僕の主が、使うくらい価値のある人だったからですよ」
そうして、シエルを見る。
痛みに堪えながらも、ロンは小さな主の為に、笑った。
「結局守れなくて、ごめんなさい」
シエルはその言葉に、ゆっくりと首を横に振った――
魔法を使う者は総称して『メイジ』と呼ばれていた。
しかし大概メイジは貴族なので、首都インクリスではそのまま貴族を指す言葉として使われる事もある。
メイジにはランクがあり、使える魔法の種類、威力によってランク分けされていた。
インクリス魔法学院では生徒達の実力に合わせ授業を組み、効率良く魔法力の向上を目指している。
しかし基本的にメイジクラスは学年で決められ、『ワンドクラス』のシエルが二年にいるのは、少し特殊なケースといえた。
――それには、メサイア家の影響力と特殊性も関係している。
メイジクラスは『ワンド』、『ピース』、『デルタ』と上がっていく。
ワンドクラスは中位、上位魔法の基本になる魔法があり、シエルの使った『ファイアボール』などがある。
ピースクラスは通常インクリス魔法学院にいれば二年から、早ければ一年後期からなれるクラスである。
ピースクラスまでは例え学院などに通わなくても、独学でなれるレベルである。
しかしエルラのデルタクラス、また、それ以上のクラスには専門的な知識や修練が必要になり、六年制であるインクリス魔法学院を卒院してもピースクラスにしかなれなかった、という話は少なくない。
ワンドクラスのシエルと、デルタクラスのエルラ。
どちらもこの歳では珍しいメイジクラスなのだ――




