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〜咎を持って生まれた者③〜

「……竜の咎人を見るのは、初めて」



不意に少女は白く細い手を伸ばし少年の頬に触った。

あまりに自然に触られたので少年は反応が遅くなり、触られて半秒後に驚いたように飛び退る。



「なな、何を!?」



「何って、スキンシップ?」



何でもない事のように少女は言い、更に触ろうと近付いてくる。



「ぼ、僕はその、人と触れ合うのは苦手なんで……出来れば、スキンシップとかは止めて、下さい」



顔を伏せ、表情を見せないように言った少年。


しかし少女からの返事は無く、どうしたのかと顔を上げようとした――瞬間。



「それじゃあ、あなたは誰とも分かり合えない」



ぐいっ――と、伏せていた少年の両頬を掴み少女は強引に持ち上げた。


透き通った宝石のように美しく、人の心の奥底まで見透かすような、少女のサファイア色の瞳。


上でもなく、下からでもない、それは『対等』な視線。


竜の咎人など関係なく、ただただ、少年の真意を探りたい、少女の偽らぬ感情が瞳には映し出されていた。



「竜と仲良くなるには、触れ合うのが一番いいと教わったし、違うの?」



息もかかりそうな程近くにある少女は何とも不思議そうな表情をする。

異性と近くで触れ合うのは彼女からすれば、どうやらあまり気にする事ではなく、しかし少年からすればそうはいかない問題だったりする。



「違うも違わないも、僕に竜そのものとの触れ合い方をされても……っていうかもっと近付けても意味ないです!?」



顔を真っ赤にし更に飛び退る少年。

少女は今度はそれを追わずレイの所へ戻っていく。


何事か話しているのは、多分竜とのスキンシップの仕方が間違っていないか聞いているのだろう。


二人が話をしている間に、少年はその場を離れようとした。


音を立てず細道に向かおうとしたら――



「エルラ・メナイン・ペンサード」



「え?」



突然の少女の言葉に、思わず返事をした少年。


二人の距離は近くなく、それでも少女の言葉は少年の心の近くに届いていく。



「私の名前。出来れば私もあなたの事、竜の咎人じゃなくて名前で、呼びたい」



「……僕は、僕の名前は」



朧気だった少年の声は、少しだけ前より力強く、エルラの耳に届いた――








「ちょっと! 何で服着替えてないのよ!!」



城門を思わせるような重厚な扉の近く、湖から戻ってきた少年はいきなりそんな怒声をぶつけられた。



「シエルさん……」



ズンズンと音をさせるように歩き近付いたシエルは、少年の格好を上から下まで睨みつけ再度怒声をあげる。



「ちゃんと服を渡したでしょ! そんな格好で歩かれたら私の品位まで下がるんだからね!」



「でも、僕はこの服が着慣れているので……」



「使い魔が主に盾突かないっ――ちょっと来なさい!!」



強引に腕を掴まれ少年は為すがままに引っ張られる。

憤慨しているシエルから僅かにお酒の匂いを感じ、少しばかり顔をしかめる。



「……何よ?」



「昼間からお酒はどうかなと。あと、身体によくないですよ」



少年の言葉に『誰のせいじゃー!』とキレるシエル。


そうして、院生寮のある塔へ歩いていく二人の後ろ。


一輪の薔薇を持ち、微かな笑みを浮かべ佇む者がいた――









「あの……これ、本当にもらっていいんですか?」



「だからいいって言ってるでしょ。今度から学院内はその格好でいなさい、じゃないとまた私は笑い者になるの」



着替える少年に背を向けるように立っていたシエルはそう言ってそちらに向き直り、未だ不機嫌そうな視線とお酒臭い息を前方に投げかける。


黒の半袖に細身のパンツと飾り気のない服装ながら、使われている生地が高級なのは肌触りで実感でき、少年は感嘆の息を吐く。



「ま、見れる程度にはなったわね。あとはその髪だけど、そこまでする必要はないか」



そして、大きな溜め息を一つ。

うなだれるように肩を落としシエルはベッドに座り、少年が心配そうな視線を送る。



「だ、大丈夫ですか?」



「誰のせいだと――いや、もういい。そもそも平民を召喚なんてした私も悪いのよね」



そしてまた大きな溜め息。

壁際に縮まるように立っていた少年はシエルにゆっくり近付く、が、どうすればいいのか分からず無言で立ち尽くす。



「……すみません。僕、こういう時になんて言えばいいのか分かりません」



鋭い眼が情けなく目尻を下げ、少年はそのまま黙ってしまう。


そして流れるしばしの沈黙――そして、シエルの声で唐突に破られた。



「……図書館に行こう」



「……?」



「聞こえなかったの? 今から図書館に行くのよ。人間と契約したってのが無くても、それに似た事とかがあって本に書いてあるかもしれないし。平民への接し方とかも書いてあるかも……一応聞くけど、あんた剣術とか出来る?」



「剣は握った事すらないです」



少年の答えで表情が一瞬険しくなったシエル。

それに身体を強張らせた少年をよそに、駄目だ駄目だと首を振って頬と眉間をマッサージ。


いつもの表情へと戻るとシエルは立ち上がり、扉へと歩き出す。



「今まで一度も行った事ないけど、あんなに広いし量もあるんだから何か一冊くらい、あるはずよね! という訳で今から行くわよ――ええと」



そこで苦笑いをしたシエル。

それを見て少年も苦笑いし、もう一度、自分の主へ自分の名を告げた。



「ロン、です。今度はちゃんと覚えて下さい」



分かってるわよと言うと、シエルは扉を開ける。


後に続いて出たロンは、しかしすぐに立ち止まる事になる。



「シエルさん?」



立ち止まったシエルの視線の先、そこにはリーリアと少年が立っていた。


リーリアは少しだけ腫れぼったい眼をしているが、いつもの見下したような顔をして、隣りの少年は片手に薔薇を持ち静かに微笑んでいる。



「あら~シエルさん。話題の彼を着飾るなんて、もしかして~……」



「そうなのかいミス・メサイア。貴族じゃなく平民でいいなんて、伝統ある公爵家は随分と心が広いんだな」



何だか妙に鼻につく声をしている少年はリーリアと腕を組み、そしてこちらへと歩いてくる。


その歩き方からは高貴さが漂い、ついでに高飛車さも滲んでいる。



「悪いけど相手をしてる暇ないの。喧嘩を売るなら後にしてくれる?」



腕を組み冷ややかな視線を送るシエル。

しかし二人は笑みを深めるだけ。



「私達だって弱いワンドメイジと平民をイジメる程子供じゃないですわ~」



「僕としても弱い者イジメは嫌なんだけどね。しかしミス・ハンニアースとデートできるチャンスなんだ、悪いが付き合ってくれ」



色狂いな軟派め……と機嫌悪く呟くシエルをよそに、少年はロンへ薔薇を投げる。

受け取るとロンの手の中でそれは光り、気付くと羊皮紙の切れ端に変わっていた。



「一応貴族の決まりとして決闘の申し込みだよ。言っておくけどこれを断わると、君だけじゃなくミス・メサイアにも迷惑がかかる」



「い、今なら謝ったら許してあげなくもありませんよ~」



えっならデートの約束は、と少年が言うのを無視しリーリアがちらちら視線を送るも、シエルは黙ったまま二人を睨むだけ。


平民、しかも剣術もやった事ないのに貴族に勝てるはずがない……でも、決闘を断わるのはメサイア家の名に泥を塗ってしまう。

例えそれが、不利な条件で出されたものであったとしても。


けど、どうすれば――



「……分かりました。この決闘、受けます」



「!?」



一歩、シエルの前に踏み出したロンはそう言い目の前の二人を見た。


リーリアは驚いた顔をし、少年は安堵の溜め息を吐くがすぐに表情を戻し、微笑でそれに応える。



「平民の君に主の顔を立てるっていう知恵があるなんて、少しだけ見直したよ」



「……なら~、今からセルシアの広場で。言っておくけど逃げるのは決闘を断わる以上の恥ですから」



そう言って二人が立ち去った後、シエルはロンの方を向き思いっきりしかめっ面をした。



「……なにが言いたいのか、それだけで分かります」



とりあえず、ごめんなさいと謝った後、ロンは羊皮紙の切れ端を握り締める。



「でも……使い魔の僕のせいで主のシエルさんに迷惑をかけるのは嫌だったんで」



小さな笑いを浮かべるロン。


それを見て、しかしシエルの表情は変わらない。

そのまま急に歩きだしてしまったので慌ててロンも後を追う。



「……別にあんたには怒ってないの」



しばらく歩いた後、シエルは唐突に話し出した。



「ただあの時、あんたを止められなかった自分に怒ってるの。平民が貴族に勝てるはずがないのは知ってるのに、家の事とか……自分の事とか。あんたの心配は後回しになってた」



自嘲気味の笑いが漏れる。

チクリと胸を刺すような悲しいそれを、ロンはただただ見つめるだけ。



「これじゃあ使い魔を持つ資格なんてない。魔法だって、私には才能がないから、だからワンドクラスしか……」



「呼び醒ましの儀で呼ばれた時――僕、正直嬉しかったんです」



「……え?」



シエルが振り向いた先にあったのは、ロンの、哀しそうな笑顔。



「僕でも誰かに必要とされるんだって。誰かの、役に立てるんだって」




ロンは、ただただ笑った。


嬉しそうに、楽しそうに、儚そうに。


心の奥にしまった一人きりの淋しさが、哀しさが、切なさが滲み出しそうになるが……それでも彼は少女の言葉を受け、自然に笑う事ができていた。



「僕の主が、シエルさんで良かった。あなたみたいに優しい人を守る為なら――」



そしてシエルに向けられた瞳。

それを見て、シエルはお酒のせいではない赤みが頬に差すのを感じる。



「僕は、『竜』にだってなってみせます」



そう言い残し、決闘の場所へ向かったロン。


無言で見送ったシエルは、彼の最後の顔を思い出し、表情を険しくするとすぐに後を追いかけた――



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