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28話

いつもお読みくださって、ありがとうございます。


このように長編の連載は初めてなので、息抜きとして短編〜中編(予定?^^;)を書いたりしています。

そのためこれから少し更新が遅くなるかと思いますが、どうぞ見放さずお付き合いください〜(>人<;)




 日が暮れ、夕闇も広がったころには王宮も静けさが漂う。昼間は忙しげに走り回る役人も多くは仕事終えて帰路に着く。反対に夜勤がある者はこの時間から仕事開始だ。


 王宮には様々な会議用の個室があるが、その一つでロザエ王国の外務副大臣であるレノズ侯爵がイーグ王国のデトレフ・ルゲイン公爵と会談をしていた。


「公爵殿下が帰国される前にお会いできて良かったですよ。これは私がコレクションしている中でも最高級のワインなんですよ。さあ、どうぞ」


 レノズ侯爵はそばにいる側近のトーマス・シェトオンズへと目配せをすると彼はそのボトルを手に取って公爵へと向けた。毒味役が先に一口飲酒してから大きく頷くと、今度は公爵のグラスに注いでいく。赤く揺れる液体は濃厚な香りを纏いながらコポコポと音を立てて流れ落ちた。


「貴重なワインを感謝するよ」


 ルゲイン公爵は満足な顔でそれを掲げて、一度香りを嗅いでからゆっくりと嚥下した。

 色素の薄い銀の長い髪は後ろで結ばれているが、整った顔だちにわずかにかかるさまがやけに艶さを滲ませている。だが南方出身特有の小麦色の肌はそこに野生の逞しさも加わっており、多くの女性を虜にし浮名を流していることは有名でもあった。


「確かにいい味だね」

「ええ。ぜひ公爵殿下に味わっていただきたかったもので」


 ルゲイン公爵がロザエ王国に滞在して二十日弱が経つ。あと数日で帰国となった頃にやっと面談する機会が訪れたのだ。これまで王国の主要な場所へと足を運んだりしていた公爵は多忙に過ごしており、ここにきてようやく実現できた。

 先の事件の影響で大体的な送別会は中止となり、王族との晩餐会という形で小規模に行われたのが本日だ。その後の公爵の時間をトーマスはもぎ取ってきたのだった。


「我が国はどうでしたか?」

「大変素晴らしく、イーグも見習わねばと思うところがたくさんあったよ」


 グラスを揺らしながら流し目でレノズ侯爵に答える。その動作や物言いはいちいち色っぽくもあるが、どこか見下すようにも思える。だが何せ相手は他国とはいえ王族だ。傅かれることが当たり前で、そして当然と思っている。どちらかといえば気さくであるこのロザエ王国の王族の方がめずらしいのかもしれない。


「ご謙遜を。貴国も素晴らしい国ではありませんか。特産品であるあのエメラルドの輝きはどの国にも敵いませんよ」

「そうだね。あの光り物の数々は我が国には欠かせないし、そのおかげで豊かにもしてくれた」


 揺れる赤いワインを眩しそうに見つめた後、また一口喉に通した。


「だが、このように上質のワインを作るには土壌が向かないのが残念だ」

「我が国のワインも有名どころはありますが、やはりワインといえばデリロー王国です。このワインもデリローのコンスワ地方の三十年もので、我が家の地下で厳重に保管しておいたものなんですよ。公爵殿下のおかげでやっと日の目を見れました」

「……デリローか。コンスワ地方のワインはなかなか手に入らないと聞くが、さすがはレノズ侯爵だ」

「ええ、実は極秘の入手ルートをもっておりましてね」

「それは羨ましいことだね」

「公爵殿下のためならいつでも最高のワインを献上いたしますよ」

「本当かい? 嬉しいことを言ってくれるね」


 部屋には熟成したワインの芳しい香りが漂い、煌々としたランプがゆるりと室内に影を落とす。風もない夜が窓を叩くこともなく、ただ静かに時間が流れていた。


 ルゲイン公爵が一杯目を飲み干したグラスにトーマスが二杯目を継ぎ足した。それをゆっくりと回しながら赤い液体越しにレノズ侯爵を見る。


「……それで」


 目を細めたルゲイン公爵は大袈裟に構えて口角を上げた。


「要件を聞こうか」


 ワインボトルを手にしていたトーマスは一礼をすると、そのまま壁際のテーブルにそれを置きレノズ侯爵が座っているソファの後ろに控えた。

 ここからが本題でもある。

 このように個人的に密談の如き接触をするということは、お互いに何かを含んでいる証だ。誘う側も受ける側にも。

 レノズ侯爵は笑みを崩さずにグラスを置くと姿勢を整えた。


「公爵殿下にお口添えをしていただきたいことがございます」

「聞こうか」

「我が娘のことです。現在十八となりますが、公爵殿下のお力でイーグ王国での縁談をお願いできればと」

「……それは王族ということかい?」

「願わくば。……もちろん公爵殿下を含めて」


 ルゲイン公爵は片眉を意味深にあげると再びワインを一口飲む。


「十八と言えば、すでに婚約者がいるのではないのかい?」

「……円満に解消しております」

「なるほど。……ロザエの王太子殿は奥方を大切にしているからね。子ができずとも側室を娶る理由にはさせてもらえなかったというわけか」


 ルゲイン公爵は、くくくと面白そうに笑う。


「……我がロザエには三人の王子がいますが、第二王子は他国を渡り歩き一向に帰国する目処が立っておりません。今はオルマ王国にいると聞いております。第三王子はご存知の通りですから……。臣下としては将来を憂いているところです」


 レノズ侯爵が小さなため息とともに懸念の目を向けると、またもや可笑しそうにルゲイン公爵が笑った。


「貴殿の気持ちは察するよ。国を思えばこそだね」

「ええ、ええ。そうで──」

「……して、私には何の利が得られるのかい?」


 レノズ侯爵を遮るように言ってきたその言葉に部屋の空気は一瞬で変わる。ルゲイン公爵は薄い笑みを変わらず浮かべているが、そこには明らかにレノズ侯爵を見透かすような刺す光を孕んでいた。

 思わず侯爵は喉を鳴らし、睨まれた蛙の如く動けないでいた。


「……閣下」


 トーマスの声にハッとし、一度小さな咳払いをした後に再びルゲイン公爵に向き直った。


「……もちろん、公爵殿下にはこのワイン以上の旨味のある提案をさせていただきますよ」

「それで?」

「我が国の外交力は公爵殿下もよくご存知かと思います。そして私は長年その外交を担いながらもこの国の中心で動いてきました。内にも外にも多くの伝手がございます。あなた様が欲しい情報を何でも差し上げることができると自負しております」

「ほう」

「私がもっている情報の一つとして……、公爵殿下にはどうしても手に入れたいものがあるとか」

「……………………」

「そのお手伝いを是非させていただきたいと思っているところです」

「この国を裏切ることになってもかい?」

「先ほど申しました通り、私は憂いているのですよ。この国のためにこの国を裏切る悪役にもなりましょう」


 ルゲイン公爵は黙ったまま見据えている。充満するワインの香りが濃い霧の如く立ち昇ってくる中でレノズ侯爵は少し声を落とす。


「……お恥ずかしい話ですが、我が娘は美しさはあってもあまり出来が良くありません。ですから正妃にとは申しません。つまりお飾りでも構わないのです」

「つまり貴殿の野望の駒というわけか」

「否定はしませんが、娘もそれはわかっていますので」

「ふ、親子揃ってお互いを駒扱いか。────面白い」


 ルゲイン公爵はワイングラスを掲げる。


「乾杯といこうか」







 レノズ侯爵は上機嫌だった。普段は神経質そうな面持ちを崩さないが、今夜ばかりは吹かした葉巻がこれまで以上に美味しく感じることに目尻も下がる。


「上手くいきましたね」

「そうだな」


 ソファに座る侯爵の向かいに座ったトーマスも満足そうだ。

 ルゲイン公爵からは意に沿うような返事をもらえたことは一定の成果を果たしたと言っていい。つまり娘──アレナと王族との結婚が約束されたも同じこと。


『だが私はことが終わるまでは自由でいたいのでね』


 そう言ったルゲイン公爵はニヤリと笑った。彼が望むもの。


────イーグ王国の王位。


 その情報はトーマスが掴んできたものだった。秘密裏にルゲイン公爵が動いていることを得た彼はそこから様々な手を伸ばしてそれを仕入れてきたのだ。

 ルゲイン公爵が王位に就けばアレナはその側室となる。外戚とはいえレノズ侯爵にとって望んだ形だ。仮に男児を授かれば……、そう考えると興奮で震えがくる。

 そうなればロザエでの権威も高まり、イーグ王国においてもそれは同じだろう。


「ですが、同時にクレイグ王太子殿下の側室の件もまだ念頭に置いていた方がいいかと思います」

「なぜだ?」

「おそらくルゲイン公爵には似たような話がいくつか舞い込んでいるはずです。もちろん閣下の提供するものより大きなものはないとは思いますが、どれを選ぶのかは公爵殿下の方なのです」


 あり得ることだった。手応えはあったが確実性には欠けるというのが正直なところだ。


「……王族とはいえ、〝美味い餌〟を前にすれば涎を垂らして乞うてくるはずだ。だが、お前の言うようにそちらも捨てがたい。ならばどちらが選ぶものなのか見せてやるのもいい。トーマス、わかっているな」

「はい。お任せください」


 やはりこのしたり顔は気に食わない。だがもう少しだけこの男を飼い慣らそうとレノズ侯爵は思った。消すのはいつでもできるが、今はまだトーマスのもってくる情報源が必要だった。彼にどのようなルートがあるのか、消すときにはそれも含めて自分のものにしてやろうと愛煙に包まれた胸の内でほくそ笑んだ。






お読みくださってありがとうございます。

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