75.番外編 優しいだけでは㊱
お読みいただきありがとうございます。
『――説明して下さい』
フレイムは淡々と言う。
『どういうことなんです?』
『話はヴェーゼが生まれた時まで遡るわ。あの子の出産時、母親は別の土地に住む夫の弟嫁にお産の手伝いを頼んでいたの。ヴェーゼにとっては叔母にあたるわね』
性悪な性格である弟嫁は、無償の労働力にして八つ当たりのはけ口となる子を欲していた。だが、自身は子が生めない体であった。
『弟嫁は、難産の末に泣き声も上げないほど弱って生まれた子を死産と偽り、自分が処分すると行って密かに家に連れ帰ったのよ。ヴェーゼは父方の叔父夫婦のことを両親だと思って育ったわ』
生まれてすぐに実の親から引き離されたアリステルは、叔父夫婦の子として育てられた。子は家長の所有物であり家畜未満の存在だと考える父と、気性が荒くすぐに暴力と罵詈雑言を振りかざす母の下で、壮絶な虐待を受け馬車馬のごとく酷使されながら。
彼の心の拠り所は、住み込みで働く4歳年下の少年サーシャ。サーシャは自身の親から捨てられた存在だった。生まれつき右目が不自由だったので、お荷物と疎まれ見限られたのだ。
サーシャの親は近くの家を回り、誰かこの子を買ってくれないかと持ちかけた。手を上げたのはアリステルの親だった。左目は見えるなら労働力として使えるだろうともくろみ、形式上は住み込みの手伝いとしてサーシャを家に置いた。
だが、その実態はただの奴隷奉公と暴言暴力のサンドバッグだった。毎日激しい虐待を受けるアリステルとサーシャは、共に寄り添いながら息を殺して生きていた。アリステルにとって、サーシャはまさに弟も同然だった。
『両親だけじゃなく叔父叔母まで虐待野郎だったのかよ。レシスの名が泣くな』
フレイムはうんざりと呟く。ここまで来ると、フルードとアリステルを不幸の道に突き落とそうとする、何かの力が働いているように感じてしまう。
『……まぁいいか。あの子にとって良くないモンは何であろうと全部燃やすだけだからな』
微かな声で呟いた時、狼神が静かに言った。
『セイン本人の資質は心配ありません。狼藉者になるような兆候は見られませんし、私とあなた様が育てたのですから。誠実で立派な大人になるでしょう』
それは当然だとフレイムは頷く。優しすぎるあの子は、そもそも誰かに手を上げるという発想がない。
『ヴェーゼも良い子なのよ。必死で弟を守ろうとしたのだもの』
そう言った鬼神が再び続きを話し始める。
『10歳になったヴェーゼは酒の調達を命じられて、深夜まで開いている酒屋に買い出しに行ったの。事件はあの子が不在の時に起こったわ。サーシャがいっとう酷い暴力を振るわれたのよ』
アリステルの父親は、些細な粗相をしたことでサーシャを激しく折檻した。当時のサーシャはまだ6歳。すんでのところで帰宅したアリステルは父親を薪で殴り、サーシャを抱いて逃走した。
だが、追って来た両親に捕まり、拘束されて激しい暴行を受けた。目の前でサーシャを痛めつけられながらも何もできないアリステルは、自身の無力さと非力さに涙し、両親を決して許さないと憎悪の心を燃やした。
その時、ちょうど天界から地上を視ていた鬼神がアリステルを見付け、奇跡の聖威師に見初めたのだ。
『私の愛し子として加護と寵を得たことで、ヴェーゼは両親から逃れることができたわ』
サーシャも特別に鬼神の従神として取り立てられ、アリステルと兄弟の契りを交わした。
即座にアリステルを昇天させ、天界で共に過ごしたかった鬼神だが、当人は『自分たちを虐待した奴らにこの手で復讐するまでは天界に行きたくない』と言い張った。
しかし、生まれてより苦難の日々を送っていたアリステルの魂はボロボロになっており、まずはその回復が最優先だった。鬼神は一の邪神に頼み、彼を召し出してもらい、天界で癒しながら聖威師の修行もつけることにした。
『ヴェーゼは自分に実の弟がいることを知らないの。叔父夫婦の子として違う土地で育てられたから当然だけれど』
互いの存在や生存を知らずに育った、レシスの兄弟。奇しくもその神格は共に縁神。縁の神である。ただし、主に良縁を司る清縁神のフルードに対し、悪神に見初められたアリステルは悪縁を主とする濁縁神が正式な神格となる。
アリステルが天界に召し出されたのと時を同じくして、フレイムと邂逅したフルードも、心の治療を含めた修練に入った。
それから4年弱が過ぎた現在、兄弟は心の癒しと修行工程を終え、聖威師として大成した。
『魂のケアが終わったから、もうヴェーゼの素性を説明できるわ。今まではそちらの愛し子との血縁関係を悟られないように容姿を隠させていたの。心の治療がきちんと終わるまでは、本人たちにも地上の聖威師たちにも下手に情報を与えて刺激しない方がいいと思ったから』
『いや、そうだとしても……そんな大事なこと、せめて俺たちには話しておいて下さいよ。そしたらそっちと連携を取りながら動けたのに』
フレイムは額を抑えて呻いた。狼神も頷いている。鬼神がさすがに神妙な顔になった。
『ごめんなさいね。何しろ以前があんな形で終わったものだから、慎重になりすぎてしまったの』
『以前?』
『実はね、ヴェーゼはかつて私が見初めた少年の生まれ変わりなのよ』
『……はぁ?』
『そもそもレシスの家は、聖威師を世界で最初に輩出した家系なの』
ありがとうございました。
これからは、ラストに向けて一日複数話投稿するかもしれません。




