71.番外編 優しいだけでは㉜
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「はぁっ!」
地上の空にて、嵐神が右手を上に掲げる。台風のような暴風が逆巻き、空に巨大な神紋が現れた。
「地上に叩き落としてやる!」
「させるか、焼き尽くせ!」
フレイムの号令に従い、不死鳥が顎を開き、グルリと頭を回しながら上目がけて灼熱の熱線を放射する。円状に打ち出された熱線を食らい、神紋が爆散して蒼穹を揺らがした。空一面を分厚く覆っていた雷雲が吹っ飛び、再び青空と日差しが覗く。
――そして、この様子を呆然と見上げているのは、オルハ王国での応急処置を終えて駆け付けたライナスだった。
全てが上手く空中で処理されているため、下界には被害が出ていないとはいえ、空は散々たる有様だった。火が舞い風が踊り衝撃波が走り煙が立ち込め、ついでに雷まで駆けている。
「な、何だこの訳の分からん状況は!? どうなっている……とにかく止めなくては!」
右手を握り込んで横に一振りすると、掌中から光が溢れ出た。開いた手のひらには、幾重もの鎖が巻き付いた懐中時計が握られている。
「――時空神様。緊急事態発生を確認、禁術使用の制限の一部解除を要請します!」
緊迫した声を耳ざとく聞き付けた当波が雷神の神器を消し、ライナスの側に転移した。
「戻ったのかい。早かったのだね。妖魔と神器は片付いたけれど、空で何故か清掃員と客人が暴れているんだ」
「分かっている。今から時間を止めるが、聖威師はその効果を受けないようにする」
「うん、分かったよ」
ライナスの帰還を察知し、意識の片隅で彼の様子を伺っていたフレイムたちは、一斉に身構えた。
ライナスは最古参級の神かつ選ばれし高位神でもある時空神の寵を受け、自らも時の神の神格を得ている。その関係で、禁術として大幅な使用制限が課されている時間操作や空間操作を、通常より若干緩い条件で使用することが可能だ。
そして、彼が持つ時計は主神から賜った神器。太古の神の神威を一部借り受け、強力な時空操作を行うことができる。ただし、禁術であることから普段は厳重に使用範囲を制限されており、ほとんどの能力を使うことができない。
「ライナスを傷付けずに力ずくで懐中時計だけ奪って……いや、そうすれば天から視ている時空神が愛し子を守りに入るか」
嵐神が舌打ちしつつ呟く間に、ライナスの懐中時計に巻き付いていた鎖の一つが砕け散る。天にいる時空神が要請に応えたのだ。
「解除は一つか……まぁこの状況ならそんなもんだな。地上に実質的な被害は出してねえし。一つだけなら何とかしのげるな」
フレイムが胸を撫で下ろした。狼神、嵐神、孔雀神も同様に思ったらしく、肩の力を抜いている。
「…………!」
時計型の神器を構えようとしたライナスも、すぐにそのことに気付き、端麗な容貌を曇らせた。
「これでは足りない。時空神様、制限の追加解除を」
諦めずに行われた追加要請に、上空の神々に再び緊張が走る。
『いや……現段階でこれ以上の解除は』
難色を示す声を天から下ろす時空神。
そうだ、断れ断れとフレイムたちは念じるが、ライナスはギロリと天を睨んで繰り返した。
「制、限、の、追、加、解、除、を!」
『……う、うん……』
愛し子に激甘な主神はあっさり負けた。懐中時計の鎖がもう一つ消える。
「「バカヤロー!」」
フレイムと嵐神が声を揃えて天に叫び、狼神と孔雀神が頭を抱える。
「う、うん……じゃねえよ!」
悪態を吐くフレイムの目に、今度こそライナスが時計を構えた姿が映った。
「あーもうしゃーねえな!」
四神が一斉に、抑えていた神威の一部を少しだけ解放して身に纏った。時空神の力による時間操作や空間操作を受け付けないようにするためだ。
……そして、結果的にはそれが功を奏した。全員が目を見開く。
「えっ、焔神様!?」
「は……嵐神様!?」
「あらまぁ、狼神様ですの?」
「おやおや、孔雀神様?」
一拍後、神々の間で逆巻いていた闘気と戦意が一斉に消えた。
「神器起動」
地上ではライナスが号令を発し、懐中時計が光を放つ。
「目眩しを解く!」
「こっちも!」
狼神と嵐神が即座にライナスと当波に向かって手をかざした。
「時間停……」
時間を停止しかけたライナスが、寸前で瞠目した。一度瞬きしてフレイムたちを見つめ、ハッとして神器を掴み、使用を強引に取りやめる。隣にいた当波も同様の反応を見せ、聖威を纏わせた手を伸ばして懐中時計を抑え、起動を阻む。
二人がかりで無理矢理に止められた懐中時計は、火花と煙を噴き出し、幾度か細かく鳴動してから沈黙した。そして両人とも、無理な停止の反動で火傷を負った腕を治しもせず、天高くにいる狼神に向かって飛翔した。
「狼神様、狼神様! ああ良かった、やっとお会いできた! どうかフルードをお救い下さい!」
怜悧さを感じさせる美貌を脱ぎ捨て、小さな子どものように狼神に突進したライナスに続き、当波も必死の形相で縋り付く。
「お願いいたします、フルード君を助けてやって下さい! 時間がないのです、お早く狼神様!」
左右からしがみつかれた狼神が目を白黒させている。
「そ、そんなに引っ張るでない……。まずお前たちの火傷を治癒せねば。二人とも腕を出してごらん」
「火傷などどうでもいいのです!」
「私と当波のことは後でいいですから!」
「そういうわけにはいかぬよ。いい子だからいうことを聞いておくれ」
困り果てながら二人を宥めにかかる狼神に合わせ、嵐神と孔雀神も落ち着かせるように声をかける。
「ライナス、当波、落ち着くのだ。取りあえず下に降りよう。な?」
「何やら事情が混み入っているようじゃ。皆で一度整理しようではないか」
その様子を見ていたフレイムは、ふと下界に目をやって瞬きした。いつから来ていたのか、地上に佇むローブを纏ったひょろりとした青年。それに、こちらに向かって一生懸命に手を振っているフルードと、殺意を綺麗にかき消してその横にいる恵奈。運命神の力により、目眩しを解除してもらったのだ。それらの面々を見て呟く。
「やれやれ、やっとお出ましですか義兄上。……何が何だか分からねえが、これでようやく話し合いができそうだ」
それからすぐ後。ライナスと当波から緊急招集の念話を受け、ちょうど国王や高位霊威師への報告がひと段落した佳良とオーネリア、そして待機していた当真とアシュトンが駆け付けた。
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