優しいだけでは㉛
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膝を付き、フルードと視線を合わせた青年が言う。
「死に……え?」
「運命神様、何を仰せですの」
恵奈が困惑顔で言った。
『君の意思は幾つにも分かれている。自覚できている部分とできていない部分も含めて、相反する心がもつれて絡み合っているんだよ』
ルファリオンがしなやかな指を伸ばし、フルードの胸の前で動かした。絡まった紐を解くような、散らかった玩具を箱に戻すような、何とも言えない不思議な動きだった。
『整理しないと。せっかくの調べがめちゃくちゃだ』
呟きながら続ける。
『立派な聖威師になりたい。そのために弱い自分は消えるしかない。仕方がない。でも消えたくない。誰か助けて。消えなくて良くなった。ああ良かった。こういう思いが渦巻いているんだけど……まだ幾つか、意識の奥に別の意思がある』
「別の意思……僕の中にですか?」
『うん。その一つが、もう死にたい、疲れたって言っているんだよ。早い話が希死念慮だ』
フルードと恵奈が息を呑んだ。
『生まれてからずっとずっと辛かった。苦しかった。悲しかった。もう終わりにしたい。狼神様と一緒にいられる天界に行きたい。でも自害する勇気がない。誰か殺して下さい。どうか僕を殺して下さい。そう繰り返して泣いている』
胸にかざした手の平から慟哭の旋律を読み取ったかのように、痛ましげな顔をした青年が言う。
『そして、その叫びが聖威師たちに向かって放たれている。聖威師たちは無意識下でそれを受け取った。だから何かに取り憑かれたように、なりふり構わず君を手にかけようとしていたんだ。それらしい理由を付けてね。他ならぬ君自身から、もう楽になりたいと懇願されていたから』
「私たちは暗示や洗脳にかからぬよう、心を防御していますのに……全員が全員、フルード神官の思いを受け取ってしまったんですの?」
恵奈が疑問を差し挟む。
『この子は君たちの仲間だ。未熟とはいえれっきとした聖威師で、内に秘めた神格は君たちと同格。君たち自身も、どうにかこの子を守りたいと思っていた。同胞にはどこまでも寛容で優しい神の本性がね。それらが合わさった結果、無自覚の内に死を望む叫びを受け取り、応えようと動いた』
ルファリオンはフルードの魂を見据えたまま言の葉を紡ぎ、おもむろに指を鳴らした。フルードの脳裏にパッと情景が広がる。
『過去を確認した。ごらん、君が精神的に死んでしまう未来が確定した時の、皆の反応だよ。あ、念話の内容とか心の声とか魂に起こっていたこととかも、全部分かるようにしてあるからね』
『大変です。たった今、あの子の未来が……!』
映り込む光景の中で、オーネリアの緊迫した念話が響き、受信した聖威師たちが顔面蒼白になっている。全員、儀式用の準礼装を纏っていた。オーネリアだけはいない。彼女は儀式の進行役だったため、他の聖威師とは別の待機場所にいたのだ。だからこうして念話で話している。
『いやあぁ! フルードさんが死んじゃうの!』
常の冷静さをかなぐり捨て、目を真っ赤にして泣くアシュトンが、唇を噛み締めた恵奈に抱きしめられている。その悲鳴を聞いたフルードは目を点にした。
「……へ?」
(今の言い方……アシュトン様って……もしかして……)
二人の隣で当真が半泣きで佇んでいる。少し離れた場所では、神官衣の懐から懐中時計を取り出したライナスが、何故か時計をかんじがらめに縛り付けている何重もの鎖を解こうとしていた。
『いけませんライナス大神官! 無理に制限を解こうなど!』
『止めないで下さい佳良様! あの子の……フルードの時間を未来が確定する前に巻き戻せば、まだ助けられるかもしれない!』
時計から火花が走り、ライナスの指が焼け焦げた。
『く……やはり外せないか。ならば制限解除を要請すれば』
『要請が通ったところで、解除されるのはごく一部だけでしょう。その範囲では無理です!』
佳良がやるせなさを抑え切れない声を上げ、ライナスが悔しげに呻く。当波が上を見上げた。
『佳良様、天界に行って四大高位神様に直訴して来ます! どうにかしてあの子を助けて下さいと』
『そんなことをしたら昇天したと見なされ地上に戻れなくなります!』
『誰かフルード君を助けて……!』
法衣の袖で涙をぬぐいながら当真が呟き、両手で顔を覆って泣くアシュトンを撫でる恵奈も歯を食いしばっていた。
佳良が悲痛な眼差しで頭を振る。
『私の方も狼神様に念話していますが、繋がりません。フルードの主神である狼神様ならば、どうやってでも愛し子を助けてくれるはずなのですが……』
動揺する聖威師たちの魂に、フルードの最奥から届く叫びが突き刺さる。
『お願いです。もう僕を殺して下さい』と。
狼狽えていたことに加え、身内であるフルードに対しては強固な防御を張り巡らせていなかった――それどころか積極的にその心を守り抱こうとしていた――聖威師たちは、無意識下でその意思を受け取ってしまった。
皆の瞳の奥に、物騒な光が灯る。
――こうなったら、もう……。
――いっそ、やるしかないのではないか?
そんな思いが芽生えた瞬間だった。
そしてそれは、この後、夜半に神官長室で行われた話し合いで増進することになった。
(ああ……)
光景を見守るフルードの目に涙が光る。映像に映る聖威師たちの気持ちが、想いが、心が、そのまま胸に流れ込んで来る。彼らがどれだけフルードのことを案じているかが。
「聖威師の皆さんは、僕を殺そうとしてたんじゃない。ただ守ろうとしてくれていたんですね。僕の声に応えて、僕の未来を視て、必死に助けようとしてくれていた……」
(見捨てるどころか……こんなに心配して下さってたんだ)
『そういうことなんだろうね。君の希死念慮自体は、今はもう鎮まっている。義弟君……焔神の炎に魂が包まれて、心が根本から癒されるようになったから。ただ、その前に聖威師に届いてしまった叫びは有効なままだから、もう大丈夫だと説明して分かってもらわないといけない』
頷いたルファリオンが立ち上がり、フルードと恵奈を見た。
『――行こう。皆にきちんと話をした方がいい。色々な旋律がこんがらがって、めちゃくちゃな合奏になっている現状を解くために』
ありがとうございました。




