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すっぽんじゃなくて太陽の女神です  作者: 土広 真丘
番外編 -焔神フレイムとフルード編-
57/101

57.番外編 優しいだけでは⑱

お読みいただきありがとうございます。

「……ああ、ご、ごめ、なさっ……」


 数瞬の沈黙の後、頰を赤くしたフルードの眼差しがたちまち潤み始める。


「僕いっつもこうなんです。武器はすぐ落とすし、聖威は思うように発動しないし。実技では少し抑えられただけで気絶してしまって、受け身も上手く取れなくて。習ったように構えを取ろうとするだけで体が硬くなっちゃうんです。所作も動きもなかなか覚えられないし』


 だが、二柱の神は馬鹿にした様子もなく真剣な顔をしていた。


『大丈夫だ、気にすんな。……よし分かった。とにかく全てを最初から教えないと駄目だな。いや、その前に心のケアだ。聖威師たちの教えが悪かったわけじゃねえだろうが、今までのトラウマが深すぎて教えが全く体に反映できてない』

『ですな。しつこいですが、くれぐれも頼みましたよ。どうかこの子を壊さぬように』

『承知しております。それで、指導する内容についてですが……』

「――――」


 顔を突き合わせて打ち合わせを始めた二神に背を向け、フルードがそっと自室の窓を開けた。


「優しいだけじゃ駄目なんだ」


 微かに紡がれた声は、風の中に消えていく。


「それじゃ誰も守れない。……優しいだけじゃいられない」


 揺れる青い瞳が、(つか)()凍える色を帯びた。その内に秘めるは、厳しさと非情さ。未来の彼に通ずる片鱗だ。だが、予兆は一瞬で消え、いつもの気弱でおっとりした眼差しに戻る。


《フルード君、聞こえる?》


 日香は念話で話しかけた。驚きで声を出して飛び上がりそうになるフルードを、天威でむぎゅっと抑える。


《しー。内緒で話しかけてるの。狼神と焔神には気付かれないようにね》

《は、はい……あの、今日は申し訳ありませんでした》

《過ぎたことだしもういいよ。それより、私も今の話を聞いてたんだけど。ごめんね勝手に聞いちゃって》

《あ、いえ……》


 フルードが落ち着いたのを見計らって天威の抑えを解き、一つ息を吸って続ける。


《私も教えてあげる。未来のフルード君に必要なことを》

(私だけじゃない。義兄様にも手伝ってもらおう)

《フルード君はこれから先、たくさんたくさん辛い経験をして、いっぱい泣いて、ものすごく傷付く。狼神がそれを見たら、きっと思いあまって天に連れ帰ろうとする。愛し子を守りたい一心でね。視てた限り、焔神も相当に過保護っぽいし、多分同じようにする》


 焔神の守りの下で修練しても、当然無傷というわけにはいかない。先ほど視た未来で、フルードは奇跡的に今の彼の心をそのまま持ち続けていたが――それでもぎりぎりの境界にいた。おそらく、あともう少し負荷がかかれば危うい。その優しさゆえに壊れてしまう。

 限界と判断されれば、その時点で狼神か焔神がフルードを昇天させる可能性が高い。


《フルード君が限界だったり、もう無理もう嫌だって思ったなら、遠慮なくそれに甘えて昇天すればいいよ。その権利と自由は常にあるから。でももしかしたら、まだ還りたくないって思うかもしれない。もう少し頑張れるって》


 それは、祖神と天威師の攻防と同じ構図だ。そういう意味でも、聖威師は天威師に似通っている。


《だから、その時に押し負けないように――無理に連れて帰られないようにする防衛手段を教えてあげる。泣き落としでも自分の立場でもどんな手でも使いまくって、自分より強くて格上の相手から譲歩を引き出すの。そのやり方を伝授する》


 いつか選択を迫られたフルードが、自分の意思のまま好きな道を選べるように。自分の未来を決める権利を奪われないように。


《だからフルード君は、自分が思う道を進んでいけばいいからね》

《……はい、皇女様》


 フルードが素直に頷く。自分のこれからに待ち受ける修羅場を、まだ今ひとつ理解していない顔だ。


《じゃあ、私とフルード君がどっちも空いてる時にこっそり教えるね。天威師と聖威師は一緒に仕事をすることもあるから、フルード君と組ませてもらってその時に教えてもいいし》


 言いながら、後で秀峰に連絡し、共に教えてくれるよう頼もうと決めた。最強の荒神であるレイティを含め、天に還りたがる家族をずっと説得し、宥めすかし、泣き落とし、譲歩と妥協を引き出して来た義兄ならば、きっとフルードの力になってくれる。


《分かりました》


 幼い声が応えた時。


《紅日皇女、聞こえますか》

(お義母様――蒼月皇様!)


 白珠から念話が入った。


《はい、日香です。聞こえています。どうなさいましたか》

《緊急の神鎮めです。皇国の北部地方で、神が荒れました。経緯が混み入っており、事後処理に時間がかかりそうな案件なので、何日か泊まりになる可能性が高い。対応できますか?》

《承知いたしました。必要な情報と、なるべく詳細な経緯を送って下さい》


 即答し、日香はフルードに声をかけた。


《ごめん、神鎮めが入っちゃった。続きはまた今度ね》

《は、はい。皇女様、どうかお気を付けて》

《ありがとう》


 相手を心配する言葉が自然に出て来るフルードに唇を綻ばせると、日香は聖威師たちに意識を向けた。


(フルード君の未来が変わったこと、聖威師たちに伝えておいた方がいいよね。ちゃちゃっと念話しとこう)


 だが、すぐに顔をしかめる。


(あれ? 駄目だ、繋がらない。……ああそっか、今日この時間は、聖威師が総出で参加する儀式が始まる頃だから念話を切ってるんだ)


 特殊な緊急念話として発せば繋がるようにしているだろうが、フルードの件はそこまでして今すぐ伝えなければならないほどの火急用件ではない。


(私ももう行かなきゃいけないし。儀式が終わった頃にもう一度念話を試すか、時間を見つけて一筆書いて届けるか……義兄様あたりに事情を伝えておいて、聖威師に説明してもらうとか?)


 次善の策を考えていると、フルードが言った。


《皇女様。僕、三日後に謹慎が解けたら、大神官と神官長に話をします。個別にきちんと教えて下さる師が見付かったので、一から修行をするつもりだと》


 その言葉を聞き、日香はホッとした。


《そう? うん、分かった。それがいいよ》

(良かった! その話をすれば、聖威師たちは心配してフルード君をもう一度じっくり視る。そうしたら気付く。未来がもう変わっていることに。多分、集中すれば一瞬だけど私が視たのと同じ未来が確認できるはず)


 どうやら自分が動かなくても良さそうだと胸を撫で下ろす。


《じゃあ念話を切るね》

《はい。ありがとうございました、皇女様》

(フルード君……頑張って)


 日香は彼の前途に心から奨励を送り、念話と遠視を切った。


(さて、と……私も進みますか。私の任務が終わるよりフルード君の謹慎が解ける方が早いかも)


 自分に割り当てられた神鎮めに関する情報が、脳裏に届いている。頭の中でそれを開いて確認しながら、足早に自身の宮を出る。吹き付けるそよ風が髪を揺らした。


「どうか――困難を乗り越えた次代たちの未来が、明るく満ち足りたものにならんことを」


 無意識に発した声が大気に溶ける。


 降り注ぐ太陽に照らされる皇宮を駆けながら、日香は未来への希望を紡いだ。


 ◆◆◆


 この時。フルードは重要な事実を日香に伝えていなかった。

 実は彼は、()()()()()()()()()()()()()のだ。謹慎を開始し、自身の弱さと変革の必要性に気付いてから――狼神を喚ぶ前に、ちょうど儀式が始まる前の小休止中で念話が可能だったオーネリアと話していた。


 その会話の中で、今日の謝罪と、自分はもっと強くならなければならない、変わらなければならない、今のままの自分ではいられないと思ったことを涙ながらに伝えた。


 その時点で、オーネリアと聖威師たちはフルードの行く末の断片を垣間見て、絶望の未来が確定したことを悟った。実際はその後、焔神が介入して未来が覆ったが、そのことまでは認知していない。というか、まさかそんな大どんでん返しが起こるとは想定もしていない。今もなお、救いのない未来が決まってしまったという認識のままでいた。


 そして、この齟齬(そご)がこの後の騒動を引き起こすことになるのだが……日香もフルードも、誰もまだそれを知らない。



 遥か未来において、この時のことについて聞かれた日香とフルード――もちろん既に超天及び天界に還っている――は、真顔でこう答えている。


『フルード君がもう聖威師に連絡してたって知ってたら、無理してでも私から未来が変わったことを伝えてたよ。だって聖威師の側からしたら、こうなったらフルード君を助けるためには今すぐ昇天させるしかないって思って、強行手段に出るじゃない?』

『え、未来視で騒動を事前に予知できなかったのかって? 未来視の力は制限が大きくて、いつでも都合よく自由に先が視られるわけじゃないからさ。そう上手いこといかないの。私ももうちょっと突っ込んで確認しとけば良かったよね、そしたらあんな騒ぎ起こらなかったのに。私もあの時は任務中で遠くにいたから、対応できなくてごめんね』


『ああ、あの時のことですか? 皇女様はこれからお務めとのことでしたので、話を長引かせない方がいいと思い、既にオーネリア様に連絡したことは伝えなかったのです。まだ聖威が使えていなかった僕は、自分に待っていた未来もそれが変わったことも、自覚がある範囲では認識できていませんでしたし。それがまさか、あんな騒ぎに繋がると知っていれば、即座に話していましたよ』

『いやぁ、あの時は本当に大混乱でした。なにせ聖威師が寄ってたかって僕を殺……仕留(しと)めようとして来るのですから。ええ、ええ、本当に報連相の大切さを認識した出来事でした。その節はお騒がせして本当に申し訳ありませんでした』

ありがとうございました。

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