↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すっぽんじゃなくて太陽の女神です  作者: 土広 真丘
番外編 -焔神フレイムとフルード編-
51/138

優しいだけでは⑫

お読みいただきありがとうございます。

「え?」

『は?』

(へ?)


 フルードと狼神、ついでに視ている日香の心の声が一つになった。焔神は人差し指を伸ばしてフルードの額に当てる。


『じっとしてな。痛覚を含めた俺の感覚を、一時的にお前と同じものにする。体の耐久度とかダメージの入り具合とかかも同じにしとくか。なんせ神は頑丈だからな』

「え? え?」


 目を白黒させているフルードに代わり、狼神が困ったように耳をパタつかせた。


『焔神様、何もそのようなことまでなさらずとも。わざわざそこまでする必要はありません』

『いいんですよ、何かが減るわけでもないんですし』


 明るく答えた焔神がフルードの額から指を離し、代わりに目元の涙を払ってやる。


『このピヨは泣いてるじゃないですか。自分の気持ちと痛みを必死に訴えてる。なら、俺はそれを理解できるよう努力するだけです』

(……何、この焔神って神……。変わってるにもほどがあるんだけど)


 日香は心底驚いて焔神を見つめた。人の感覚を理解するためだけに神がここまでするなど、普通は有り得ない。


『よし、俺の準備は完了だ。狼神様、俺の腹を蹴ってみて下さい。格闘技の大きな大会で優勝する人間の成人男性くらいの力で』

『はぁ、また細かい条件を……仕方ありませんな』


 しぶしぶ頷いた狼神が光に包まれ、次の瞬間、人身を取って顕れた。見た目は二十代前半頃の男性だ。狼の時の毛並みと同じたっぷりした灰銀の髪に瞳、真っ白な肌。その容貌と体つきは、天上の美と評するに相応しい麗姿だ。


「や、やめて下さい! そんなことしないで下さい、本当に痛いですよ!?」


 フルードが涙目で止めるが、焔神はヒラヒラ手を振ってそれをかわした。


『だってこうでもしねえと分かんねえし。んじゃ狼神様、お願いします!』

『はいはい、分かりました』


 もぉー、と言わんばかりに肩を竦めた狼神が焔神と向き合った。


「あの、お願いですからやめて……」


 フルードの懇願を置き去り、狼神の膝蹴りが焔神の腹に炸裂した。何かが砕けるような鈍い音が響き、焔神の体躯が吹っ飛び、壁にぶつかって床に転がる。


『かっ……はっ……』


 腹を押さえて体をくの字に曲げたまま呻いている焔神に、泣きべそをかいたフルードが駆け寄る。


「だ、だから申し上げましたのに! 今治癒をかけます、上手く治せるか分からないけど……!」

『か、け、るな……』


 だが、荒い息の下で焔神は治療を制止した。


「えっ、ど、どうしてですか!?」

『……おまえ、は、ろくに治してもらえなかった、んだろ……』


 切れ切れに答えた焔神はそのままうずくまり、動かなくなった。


「え、焔神様ぁ!」


 無言で見ていた狼神が徐々に顔色を変えていく。


『大丈夫ですか。まさか――それほど痛いのですか?』


 焔神の側に行って膝を付き、問いかけるが、答えはない。しばしの間、苦しげな呼吸音だけが静かな室内に響く。


「あの、多分骨が何本か折れてますし、やっぱり治癒を……」


 耐えられなくなったか、フルードがおずおずと手を伸ばした時。ようやく焔神が緩慢に上体を起こした。壁にもたれかかる形で寄りかかり、精悍な美貌をしかめる。


『痛(いて)ぇ……おいちょっと待て。これ本気で痛えぞ……それなりの神威込めたパンチ食らった程度には効くじゃねえか』


 のろのろと動きかけ、すぐに腹に手を当てて顔を歪めている。


『……気持ち悪っ……生身の蹴りなんだしそこまでじゃねえだろってナメてたら、想像以上だ。息するたびに激痛が……』

「焔神様、焔神様」


 うわごとのように繰り返すフルードが、あわあわと肩や腕をさすっている。焔神は、ややあって右手の指で左手の人差し指を掴んだ。先程と同じように。ベキ、と湿った音が響く。


『――くっ……いつっ……』


 山吹色の目が眇められ、噛み締めた唇から苦鳴が漏れた。赤黒く染まった人差し指がおかしな方向にぶらんと垂れ下がっている。


「うわああぁぁっ!」


 絶叫したフルードがへたり込んだ。顔からサーっと血の気が引いていく。貧血を起こしたのかもしれない。


『セイン』


 狼神が落ち着かせるような声音で愛し子を呼んだ。


「もう止めて下さい、お願いですからもう止めてっ!」


 顔を覆って泣き叫ぶ声を聞き、焔神は瞬きした。瞬間、折れた指が治り、ケロリとした顔になって軽く両手を広げる。


『分かったよ、泣くな。ほら、もう人間っぽい真似は止めた。どこも痛くないぜ』

「うぅ……」


 フルードが指の隙間から様子を確認し、完治したようだと分かるとホッと手を下ろした。その様子を眺め、焔神がやおら腕を伸ばすとフルードを引き寄せた。ギクリと強張る小さな背を優しく撫でる。


『分かった。分かったよチビすけ。お前の気持ちが。これは辛い。俺はすぐ神に戻ったが、お前は毎日毎日、何度も殴られて、折られて、治癒もしてもらえなかったんだろ。こうして側で心配してくれる奴もいなくて、一人ぼっちで泣いてたんだな』

「……はい……」


 力強い腕が、標準より小柄な体を包み込んだ。極度のストレスと栄養失調に晒されて来たフルードは、発育が同年代の子どもより遅い。貴族に引き取られて教育を受けている最中も、食事は腐った廃棄品や柔らかい粘土で出来たサンプルなどを用意され、形式的な食べ方や作法だけを詰め込まれていたという。

 まともな食事は神官府に入るまでしたことがなかったかもしれない。


『お前の訴えが正しい。これはトラウマにもなる。痛かっただろ。辛かっただろ。ずっとずっとずっと痛かったなぁ』

「……は、い……う……うぅ……うわあぁぁん」


 しみじみと言われ、焔神の肩に顔をうずめたフルードが嗚咽を漏らした。分かってもらえたことに安堵して、寄り添ってもらえたことが嬉しくて、小さな手で焔神の神衣を掴んでわぁわぁ泣いている。


『お前は偉い。こんなにチビなのに耐えて来たんだな。頑張ったな、本当に頑張った。けど、もう頑張らなくていいからな。ここにクソ家族はいねえから。もう二度と地獄には戻らなくていいんだ。好きなだけ泣いて笑って安心していいんだぜ」


 次々に染み込む涙で神衣がぐしょぐしょになっても、焔神は気にした様子もなくフルードの背をさすり続けている。ぎゅっと握られた衣はしわくちゃになっているが、それにも文句一つ言わず優しい言葉をかけていた。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。