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16.荒ぶる雷霆

お読みいただきありがとうございます。

『それ、は……』

(うわー、花梨さん真っ青)


 日香はそろりとラウとティルを見た。視線に気付いた二人がすぐに微笑みかけて来る。だが、それだけだ。


(花梨さんが本当に天威師なら、お義兄様方は放っておかない。ここまで怯えてるんだもの、慰めに飛んで行くはず)


 帝家は穏和な皇家を守護する剣と盾。皇家が笑えば幸せに包まれ、皇家が泣けばその原因に全霊で対処する。逆に皇家は、好戦的な帝家を宥める鎮め手だ。怒り狂った帝家は、皇家の制止の一声でたちまち鎮火する。


(でも、花梨さんは偽物だから……何でこんなことしたんだろう。天威師詐称なんて)


 思っている間に、脳裏に映る白珠は神妙な顔で言った。


『橙日帝様のお越し。それこそが、私が急ぎこの場に来た理由です。あの方はそなたの内にある真相を容易く見抜き、容赦なく問い質されるでしょう。耐えられますか? その前に真実を話すならば、私と太子から取り成すこともできましょう』


 今にも卒倒しそうな恐怖を見せる花梨に、日香は我知らず呟いていた。


「お義父様の尋問……」

(無理、怖すぎて死ぬ)


 そんな考えを察したか、ラウとティルが口々に話しかけて来る。


「日香は大丈夫だ。父上は身内には慈悲深い」

「そうそう、日香は父上の大事な家族なんだから」


 白珠が重ねて述べた。


『白状するならば今の内です。私たちが口添えすれば、お情けを下さるやもしれません』

「そりゃあ究極の愛妻家ですからね」


 胸中に浮かんだ合いの手を声に出してしまった日香に、ラウとティルが笑いながら追随した。


「過保護な親馬鹿でもあるな」

「ああうん、最強の子煩悩だよねぇ」


 日香の義父は、神族に対しては底無しに慈悲深い。神は身内だからだ。だが、身内ではない……神ではない者には、塵ほどの存在価値すら見出さない。例外は皇帝家の庶子、つまり王族くらいだ。


『……わた、私は……』


 白珠の双眸に見据えられ、花梨が焦点の定まらない眼差しで唇を開いた時。

 室内にゴゥと風が渦巻いた。臓腑の底まで抉るような威圧感と圧迫感が満ちる。天井付近に星屑のような輝きが幾つも瞬き、閃光のように爆ぜた。弾けた光は火花を上げながら四散し、無数の雷撃となって花梨めがけて降り注ぐ。

 ――これは荒神の神威だ。


「危ない!」


 反射的に声を上げ、日香は脳裏に映る場所に転移した。


(どこかの神が怒ったんだ!)


 室内全体に結界を張り、中で起こっていることを外から察知できないようにすると、目を見開いて硬直している花梨の前に滑り込む。同時に、数条の雷撃が太い槍のように日香の腹を、胸を、太ももを貫いた。焼け付くような激痛と共に大型の獣に撥ねられたような衝撃が走り、全身に痺れが駆け巡る。


(っ……!)


 だが、ここで退けば花梨が消し炭になる。日香は彼女の盾になる形で立ちはだかったまま、こちらに殺到する稲妻の大群を見据えた。


(私が全部受ける。天威師だから大丈夫)

「日香!」


 だが、顔色を変えた高嶺が脇座から飛び出した。両手を広げて唱える。


「神威よこちらにおいでませ。我は神の御心を抱く者」


 その声が響いた途端、雷が方向転換して高嶺の方に向かった。瞬き一つの間も開けず、白熱の閃光が命中する。呻き声一つ上げず、眉の一つも動かさず、ただ無表情で蜂の巣になっている高嶺の前に、音もなく動いた白珠が割り込んだ。降り注ぐ集中砲火を息子に代わって受ける。その右目に閃光の矢が突き刺さり、澄んだ黒眼が弾けて潰れた。


「高嶺様、お義母様!」


 日香はすぐさま二人の方に走った。両名とも喉の奥からごぷりと大量の鮮血を吐いている。美の極致と言えるまでの容貌がズタボロだ。

 秀峰が身を翻し、高嶺と白珠、そして駆け寄った日香をまとめて突き飛ばした。追加で迫っていた稲妻を自らの体で受け止める。少女のように細い右腕と右足が血飛沫を上げて千切れ飛び、棒状の炭と化して宙を舞う。


「秀峰様っ」


 飛び出した月香が秀峰を押しのけ、その背に幾本もの雷撃が突き刺さった。


「神よ、我が元へ」

「こっちだよー」


 日香に続いて転移して来たラウとティルが声を重ねる。稲妻が再び急旋回して向きを変え、帝家の太子たちを打ち据えた。兄弟の腹が裂け、臓物がぼろりと溢れ出る。

 それでも爆ぜる閃光は止まらない。

 白珠が一瞬でかき消え、皆から離れた部屋の隅に移動する。そのまま繊手(せんしゅ)を翻して雷を手招いた。


「偉大なる雷霆(らいてい)の神に伏して申し上げます。此方へ集い給え。残り全ての御心、我が身がお受けいたします」


 閃く大量の稲光が音を立てて宙を翔け、一斉に蒼き皇帝へと飛んだ。


 ――だがそれより早く、淡い金髪が翻った。


 優美さを醸し出す長身痩躯が白珠の眼前に出現すると、軽くかざした掌の人差し指の先で雷撃を受け止める。肉が焦げ付くような臭いと共に白煙が上がり、たちまち消えた。天上に鳴り響く鐘のごとく美しい声が紡がれる。


「否、御身の心はこの身が受ける。思いの丈は全て我が方に放たれよ」


 その言に応え、夜空を照らす星の数ほどの稲妻が長身に降り注ぐ。だが、人影はびくともしない。平然としたまま、襲い来る全ての熱を一本の指先だけで受けた。やがて雷は勢いを無くし、プスプスと小さな音を立てながら勢いを収めていった。


「もうよろしいのか。遊び足りないならばお気が済むまでお相手仕るが、如何なさる」


 涼やかに告げられた声に、追加の稲妻は来なかった。身を切るような緊迫感と威圧は消え去り、凪いだ空気だけがたゆたっている。


(良かった、収まった)


 ほっと息を吐いた日香は、横目で花梨がいる方を盗み見た。


(花梨さんは――うん、大丈夫そう。……身体的には。精神面が心配だけど)


 刹那の間に起こった怒涛の出来事に腰を抜かしたのか、床にへたりこんでいる。それでも大きな怪我はないようだった。若干のかすり傷と軽いやけどくらいだ。


(というか私、出て来ちゃったのまずかったかな。花梨さんに何て説明しよう?)


 どう出るべきか相談するため、高嶺に念話をしようとした時。大量の雷撃を楽々と受けた長身が掌を降ろした。


「鎮まったか。気が済んだのだろう」


 事も無げに発された呟きに、白珠が頷く。


「はい、橙日帝様」


 白珠以外の皆が揃って一礼し、頭を上げた高嶺とティルが喜色を浮かべた。


「父上」

「父上ー!」


 日香も含めた全員、先ほど負った損傷は跡形もなく治っている。傷や火傷は綺麗に塞がり、手足は元通り復元し、内臓は腹に収まっていた。天威師の頑強さと治癒力をもってすれば、致命傷を超えた損害を負っても超速で全快できるためだ。

 ただ、ボロ切れのようになった衣と、全員の衣をぐっしょり濡らしている血潮、室内に飛び散った肉片や残骸など色々なモノが、一瞬だけであっても確かに重傷を負ったのだという証を刻んでいた。

 しかし、それすらもすぐに消え、新品同様に復元する。天威師たちが傷を負っていた痕跡が、軌跡が、証が、全て無かったことになる。


「ああ」


 長身が振り向き、絶世の美貌が露わになった。

ありがとうございました。

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