15.皇帝来臨
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「うん正解。そういうことだねぇ。取り込んだのが故意か事故かはともかく」
何故そんなことになったのかと、日香が映像を凝視していると、花梨が動いた。
『お待たせいたしましたわ』
髪を整え終わったらしく、高嶺たちのいる間に戻る。月香が一瞥して首肯した。
『よろしい、綺麗になりましたね』
花梨が再び主座の前に進み出たところで、口を開いたのは秀峰だった。
『では話を再開する。といっても、天威師として藍闇太子の妻になりたいと言うそなたと、まだそなたを天威師と認定したわけではないと言うこちらの主張は平行線だ。切りがないゆえ、はっきりと告げよう。――宗基家の娘よ、そなたは……っ』
しかし、途中で言葉を切り、僅かに瞠目して高嶺と月香を見る。彼らも同じ表情をしていた。
(どうしたんだろう?)
『いかがなさいましたの?』
太子たちの変化に気が付いた花梨に、秀峰は淡々と告げた。
『……蒼月皇様から念話があった。今からこちらにお越しになられる』
『そ、蒼月皇様が!?』
花梨が驚愕の声を上げた瞬間、室内に一陣のそよ風が吹いた。音もなく立ち上がった高嶺と秀峰が主座の脇に退き、同様に起立した月香がそれを受けて下手にずれる。
同時に蒼と虹の燐光が室内を舞い、心から敬愛し平伏したくなるような絶大な天威が満ちた。そして、主座の前に優美な痩躯が顕現する。
(お義母様――蒼月皇様!)
淡い縹色をした衣に、横髪を垂らして後ろで結い上げた長髪。抜けるように白い肌。凛とした切れ長の双眸は優しさと穏和さを宿し、しっとりとした艶をも含んでいる。
鳥肌が立つほどに蠱惑的で幻惑的な容姿は怖気を振るう美しさであり、高嶺の面差しと非常に似通っていた。それも当然だ。高嶺と彼女は実の母子なのだから。
(うわぁぁ、今日も怖いくらいお綺麗ですね!)
日香の義母にして神千国に君臨する皇帝の一人。蒼月皇白珠。その場にいないにも関わらず、日香は無意識の内に姿勢を正していた。ラウとティルも然りだ。
『蒼月皇様にご挨拶いたします』
『ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます』
秀峰と高嶺が流れるような所作で跪拝した。一歩後ろに控える月香もそれに倣う。花梨に至っては床を舐める勢いで平伏していた。
『面を上げよ。楽になさい』
玉響のごとき声で言い渡し、白珠はゆるりと主座の一つに腰掛けた。
『御身が自らお越しになられるとは』
礼を解いた秀峰が言う。白珠は朗々と返した。
『当然のことです。宗基家の息女が真に天威師ならば、未曾有の事態』
ぬばたまの瞳が、恐る恐る身を起こした花梨をひたと見据えた。びくりと肩を竦ませる様子を意に介すことなく続ける。
『天威師を輩出せぬまま五代以上を隔てた場合、以降の裔は先祖返りを起こさぬという祖神様のご決定が覆ったことになるのです。しかも初代以来三千年ぶりとなる日の女神となれば、皇帝として直接確認せねば』
静謐な眼差しに射抜かれ、花梨は微動だにすらできぬまま固まっている。
(あー分かる分かる、本当に圧倒された時って震えも起きないよね)
日香がこっそり同情していると、白珠は言葉を継いだ。
『宗基家息女、直答を許します。そなたの名を述べなさい』
『っ……畏れ多くも蒼月皇様にご挨拶申し上げます。宗基家の二女、花梨と申します』
『良き名だこと』
実際のところ、白珠は花梨の名など既に把握してるはずなので、形式的なやり取りだ。一つ頷き、蒼き皇帝は形良い唇をさらに動かした。
『我が目に映るそなたの虹は真実。偽りとは思いません』
花梨が明らかに安堵した様子で体を弛緩させた。だが、白珠の言は終わりではなかった。
『時に宗基花梨。天威師を僭称することは万の罪にも匹敵します。皇家のみならず天への叛意とも取られる愚行。一位貴族の娘ならば承知しているでしょう』
『……も、もちろんでございます』
『しかしながら、外部から断罪される前に自発的に己の罪を告白すれば、多少は酌量の余地が生まれます。太子たちがこの場でそなたを処断しないのは、そなたの方から自白させる術を考えているため。罪一等だけは減じてやりたいという一心で』
日香が分かったくらいだ。高嶺たちもとうに真相は読めているはず。花梨は天威師ではなく、神器を取り込んで疑似的に虹と天威のようなものを得ているだけだ、と。もちろん白珠も、全てお見通しだろう。
(花梨さんに自白させようとなさってる? だからいらしたの? でも、お義母様がいらっしゃらなくてもこれから義兄様たちが誘導してたんじゃ)
『恐縮ながら、仰ることが分かりませんわ。たった今、私の虹が本物であるとお認め下さったではありませんの』
引き攣った笑みでごまかそうとする花梨を、温度の無い黒眼が見返す。
『そなたが天威師であると言ってはおりませんよ。天威師を騙ることは許されません。禁忌を犯したが最後、その者は現世において極刑となり、死後は神の牢獄に繋がれるでしょう』
『神の牢獄……? まさか……っ!?』
花梨の愛らしい顔が恐怖で歪み、声が上ずった。日香もごくりと生唾を飲み込む。
(神罰牢――)
神が落とされる、神のための地獄。上位神の怒りを買った下位神が投獄される他、神々を強く怒らせた人間も入牢の対象になることがある。怒れる神々が人類を絶滅させた上で堕とそうとしている地獄も、この神罰牢である。
ただし、神同士は情が篤く結束が強いため、神罰牢に落とされることは滅多にない。あったとしても、すぐに出してもらえる。
(人間用の地獄なんか楽園に感じるほどの苦痛で、許されるまでの時間もものすごく長いっていうけど)
徴を得ていないただ人は、死後新しい生を得て生まれ変わる。だが、生前の行いによっては、転生の前に天国や地獄と呼ばれるところで一時を過ごすこともある。
地獄に落ちた場合には、そこでの償いを終えてからでなければ転生できない。神罰牢行きになってしまえば、人間の地獄よりもずっと辛い責め苦を遥かに長い時間受け続けなければならないのだ。
『……』
秀峰がきゅっと眉根を寄せた。その様子を見た高嶺と月香が、案じる視線を向ける。遠隔で視ているラウとティルも、心配そうな顔になっていた。一方の花梨は、絞り出すような声で呟く。
『そんな、そんなこと聞いていない。わ、私はただ……』
『自身がとる行動をよく考えなさい。……間もなく我が夫が――ミレニアム帝国の橙日帝様がこちらにお越しになられます』
へっ、と間の抜けた声が天井に抜けた。
『常赤の君が……? どうしてですの?』
『おかしなことではありません。天威師が覚醒した際は天威師が検めるのだから』
『で、ですが、既にこうして四名もの方々に確認いただいておりますわ! この上さらに帝国の皇帝までいらっしゃるというのですか!?』
『当然のことです。皇帝家以外からは決して誕生しないはずの天威師が生まれたというならば、通常通りの確認では済みません。よりしっかりと真偽を見極めねば』
白珠の言の葉に続き、秀峰も告げた。
『蒼月皇様の仰せの通りだ。私が覚醒した時も同様であった。私の場合、15歳での目覚めという前例のない遅咲きであったことから、天威師全員に加え天の祖神様からも直々に確認をいただいた』
『天威師全員と……至高神様から……?』
消えそうな声で聞き返す花梨は、もはや息も絶え絶えといった様子だ。そこまで何重もの確認があるとは想定していなかったのだろう。
『そなたも同じだ。宗基家は遡れば太祖の血を引くが、もはや血が薄まり皇家から降りた存在。天威師は皇家あるいは帝家からしか生まれないはずなのだ。これは祖神様が定めた絶対の掟。それに反する事態が起こったとなれば、私の時とは比べ物にならぬほど厳重な見極めが必要になる』
秀峰は異例の遅咲きであったものの、14歳以降で覚醒する者はいないと神が定めたわけではない。珍しい例外だが、そういうことも起こり得るという余地は残っていた。そして実際、その通りであった。
だが花梨の場合は違う。彼女は至高の神が規定した決め事に真っ向から反した存在なのだ。
『そなたが真に天威師ならば、皇帝家の一員となる。橙日帝様の庇護対象となるゆえ、何も怖れることはない。――本当に天威師であるならば』
ありがとうございました。




